【映画】2011年度日本映画ベストテン
2010年度日本映画ベストテン
1.ヘヴンズストーリー
2.海炭市叙景
3.カラフル
4.ゲキ×シネ 蛮幽鬼
5.カケラ
6.パーマネント野ばら
7.悪人
8.相棒 劇場版II
9.アウトレイジ
10.ノルウェイの森
次点
十三人の刺客
必死剣 鳥刺し
ライブテープ
BANDAGE
悩むまでもなく、今年のベストワンは『ヘヴンズストーリー』。今年どころか2010年代のベストも狙える位置にいるだろう。確かに完成された作品とは言い難く、いろいろと綻びはあるのだが、こんな巨大なテーマに真正面から取り組みながら、観念的な方向に流れず、あくまでもエモーショナルな表現によって骨太な物語を紡ぎ上げた点は、絶賛に値する。演出や脚本もさることながら、役者の真剣さが半端ではない。そしてあの「雲上の楽園」の驚異のロケーションは、今年見た最高の映像美だった。あんな光景をどこかで見たことがある…と思って気づいたのは、ジム・ジャームッシュの『デッドマン』だった。今にも自然に飲み込まれようとしている あの廃墟は、まさしく「魂の帰る場所」なのだろう。志ある映画作家なら誰もが夢見るであろう「総合映画」を、ある程度まで実現させてしまったのだ。文句なしにベストワン。
『海炭市叙景』は今年最後に見た映画で、いきなり2位にランクイン。この作品と『ヘヴンズストーリー』の2本は、キェシロフスキの『デカローグ』を親とする兄弟のような作品に思える。『海炭市叙景』には、『ヘヴンズストーリー』のようなドラマチックな展開こそ無いが、キェシロフスキやアキ・カウリスマキを彷彿とさせる静謐なタッチで、様々な人生模様が描かれていく。テーマと言えるようなテーマは無く、結論と言えるような結論も無く、やりきれない人生を淡々と生きていく人々の姿が映し出されるのだが、その暗さと明るさの入り混じった姿が、深く胸を打つ。佐藤泰志の原作が出たのは1990年代の初めなのに、それが2010年の空気とこれほどシンクロするのが不思議だ。作者はこの作品を完結させぬまま自死したそうだが、ここまで当時の空気とかけ離れた世界を見つめていたのでは、生きるのもさぞかし辛かったことだろう。
3位は、大傑作『河童のクゥと夏休み』に続く原恵一監督のアニメ。ファンタジーの器を借りながら、生きることの辛さと、それに耐えていくためのヒントをリアルに描く。アニメ映画のマーケティングを無視したかのような内容と表現で、完全に大人向けの作品だ。神話的なスケールを持つ『河童のクゥと夏休み』には及ばないものの、原恵一の追究するテーマが、より深化したことを伺わせる傑作。
それにしてもトップ3が、それぞれ違った表現で「生きることの辛さ」を描いた作品とは… これは時代の問題なのか、はたまた自分個人の問題なのか…
『ゲキ×シネ 蛮幽鬼』は、これまでに見たゲキ×シネの中でも『髑髏城の七人(アカドクロ)』と並ぶ最高傑作。舞台を映画として見せる手法もさらに洗練されており、ここまで来たら一個の「映画作品」として評価すべきだろう。シェイクスピアやモンテ・クリスト伯を見事に昇華した一大エンタテインメントで、堺雅人の身体能力の高さには驚かされた。
『カケラ』は、魚喃キリコなどの漫画に一脈通じる空気を持った作品。本人にとっては真剣そのものでも、端から見れば実に無様で馬鹿げた「恋」の様相を、デリケートかつユーモラスなタッチで描いている。自分の中にある乙女心を自覚させられる作品(笑)。満島ひかりと中村映里子の二人が、あまりにも魅力的。
『パーマネント野ばら』は、まったく予備知識無しで見て、見事に一本取られた。それまでの物語を全て覆すような真相が明らかになった時、大きな驚きと感動が一挙に押し寄せてくる。実に見事なストーリーテリング。問題は、何を語ってもネタバレになってしまうため、人に勧めにくい点。
『悪人』は、おそらく今年の各種ベストワンに選ばれることだろう。しかし原作を読んでしまうと、やはり表面を撫でただけという印象が残るし、主人公の最後の行動など脚色にも疑問が残る。また、ここで描かれたテーマの多くは『ヘヴンズストーリー』でも描かれていたものであり、しかも『ヘヴンズストーリー』は、その遙か先へと突き進んでしまっている。
とは言え、原作にも『ヘヴンズストーリー』にも無い魅力もある。その最たるものは役者の演技。主役の二人(深津絵里と妻夫木聡)もさることながら、脇役がことごとく光っている。中でも凄いのは満島ひかりと柄本明。この二人の演じた役は、どらちも原作より遙かに印象深いものとなっている。『カケラ』『悪人』『川の底からこんにちは』の3作品全てが最高の演技で、今年最高の女優は満島ひかりで決まり。そしてもう何年もの間 流した演技しか見せてくれなかった柄本明が、今年は本作と『ヘヴンズストーリー』で本気の演技を披露。とりわけ『悪人』での演技は、今年の各種助演賞に確実にノミネートされるだろう。この二人の演技をが見られるだけでも、本作をベストテンから落とすわけにはいかない。
『相棒 劇場版II』は、シリーズ2作目の今回も快調。警察(警視庁/警察庁)内部での謀略と権力闘争を題材にした分、内輪揉めに終始した印象も無いではないが、ミステリーとしての完成度は前作よりも上だ。HD撮影のギラギラした硬質の映像が作品の内容に合っている。それと目立たないことだが特筆しておきたいのは、音声の良さ。これほど台詞の全てがクリアに聞き取れる日本映画は滅多にない。ある意味当たり前のことなのだが、大部分の映画で、その当たり前のことが成されていないので、声を大にして誉めたい。
『アウトレイジ』は、北野武版「仁義なき戦い」。『ソナチネ』のような哲学性も『HANABI』のような叙情性も無いが、北野映画の中では、エンタテインメントとして最も完成された作品ではなかろうか。同じく暴力を題材にした『十三人の刺客』とどちらを取るか悩んだが、テーマが生煮えになってしまった『十三人の刺客』に対し、暴力を笑えるエンタテインメントとして描くことで、逆に暴力に対する批評性を保持した『アウトレイジ』の方が一枚上と見た。
『ノルウェイの森』は、賛否が激しく分かれるだろうし、否定的な意見の方が多いのも当然だと思う。お世辞にもよく出来た映画とは言い難いし、なぜあの原作をこう脚色する?と首を傾げる部分ばかり。にも関わらず、印象の強さは抜群で、どうしてもベストテンの末尾(あくまでも末尾)に置いておきたくなる作品なのだ。「喪失と回復」という最重要テーマをほぼ欠落させたこの映画は、少なくとも「自分にとっての『ノルウェイの森』」ではない。しかし「『ノルウェイの森』を素材とした、トラン・アン・ユン独自の変奏曲」と割り切れば、忘れ去るには惜しい美点をたくさん見いだすことが出来る。とりわけ映像の絵画的な美しさは、脚色に対する不満を超えて印象に残る。
次点の『十三人の刺客』は、上で述べたとおり、平和と暴力の問題や武士という存在に対する批評的視点など、テーマ的な部分が中途半端なのが残念。後半の戦いは長すぎてだれるし、ストーリー上の不満は幾つもある。とは言え娯楽時代劇として見れば、かなりの迫力とヴォリューム感があるので、一定の評価は与えなくてはならない。
『必死剣 鳥刺し』は、とても端正な時代劇。地味でインパクトに欠ける嫌いはあるが、完成度は非常に高い。『十三人の刺客』と違い、殺陣に派手さはないが、「本当の達人同士が戦ったら、確かにこれくらい隙のない戦いになるだろう」と思わせる説得力がある。
『ライブテープ』は、吉祥寺の街を縦断しながら行われる路上ライヴを74分1カットで撮ったドキュメンタリー作品。手法は実験的だが頭でっかちなところは無く、その74分1カットが、前野健太というミュージシャンの青春の記録として成立しているところが秀逸。
『BANDAGE』も音楽を題材にした青春映画。世評は芳しくなかったようだが、個人的には大好き。ミュージシャン自身ではなく、その世界に惹かれてマネージャーになった女の子を主人公とし、表現の世界に残る者と残らなかった者の姿を描き分けた点は、とても新鮮で面白かった。
なお、各種ベストテンで上位に入るであろう『告白』はあまり評価していない。先に原作を読んでいると、原作の最大の魅力であった「同じ人間、同じ出来事が、立場を変えると、まったく真逆に見える」という怖さと哀しさ、そして皮肉と悪意に満ちた作者の視点が、ほとんど欠落しているからだ。『ノルウェイの森』と違い、原作から離れた映画独自の美点も、あまり見られない。よく出来てはいるものの、原作を読んでいれば、あえて映画として見る必要はない作品。それが何故こんなに評価されるのか、正直言って分からない。
主な見逃し作品は『春との旅』『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』『さんかく』『おまえうまそうだな』『ヌードの夜』『ゲゲゲの女房』『玄牝』『行きずりの街』『最後の忠臣蔵』『ばかもの』など。
それと、本当なら確実にベストテン入りの『川の底からこんにちは』をはずした理由はただ一つ、この監督が満島ひかりと結婚したのが悔しいから(笑)。もしこれを入れていれば、ベストテンの内、実に3本が満島ひかり出演作になったわけだ(内2本は主役)。やはり2010年は満島ひかりの年であった。それだけに悔しい(笑)。
助演賞は『ヘヴンズストーリー』『悪人』の2作に加え、『孤高のメス』と『死刑台のエレベーター』も印象深かった柄本明で決まり。その息子の柄本時男も、ちょい役とは言え、『アウトレイジ』『ノルウェイの森』の2作品に出ているのだから面白い。
…という具合に、今年も日本映画はかなりの豊作だった。ここに上げた以外の作品もほぼ全て面白く、あえてワーストに上げたいような作品はない。現在の日本映画隆盛を様々な観点から批判することは容易だが、1950年代がそうであつたように「量が質を生み出す」というのも確かなのである。
(2011年1月)
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