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09/22/2009

【演劇】劇団サスペンデッズ『夜と森のミュンヒハウゼン』2009.9.11&9.20

Topphoto


劇団サスペンデッズ『夜と森のミュンヒハウゼン』
2009年9月11日(金) 19:30~ 三鷹文化芸術センター星のホール
2009年9月20日(日) 15:00~ 三鷹文化芸術センター星のホール


サスペンデッズは、今年初めにシアタートラムで上演された『片手の鳴る音』という作品が非常に好評だったのを聞いていた。それに続く新作で、しかも石村みかが出演するので見に行くことに。三鷹芸術文化センターは、やはりたいへん行きにくい場所で時間がかかったが、それに見合うだけの作品だった。

ホールに一歩足を踏み入れて、まず息を呑む。入り口からいきなり森が広がっていて、その向こうに客席があるのだ。木自体は必ずしもリアルとは言えない作り物だが、地面に敷き詰められた木片などが踏むと柔らかく、本当の山道のようだ。まず触感で「ここは森の中なのだ」と納得させてしまう。ステージを挟み込むようにV字型に配置された客席は、かなり少なめの数に抑えられ、ホールの大部分が、室内用の舞台と、背景となる森で占められている。実に贅沢なセットだ。観客をいきなり「森」に連れ込んでしまう、この見事な美術セットで、まず勝負あったという感じだ。


不思議な森の中に迷い込んだアユミ(石村みか)。そこで出会った兄妹クロ(佐藤銀平)/サキ(高畑こと美)と、彼らを取り巻く不思議な人々。なぜ彼らはこの不思議な森に住んでいるのか? アユミにはどんな過去があるのか? その謎が明らかになった時、別離と救済の時が訪れる…

見始めてすぐに連想したのは、村上春樹の諸作、とりわけ『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だ。「森」という舞台設定、「森」と「外の社会」という二つの世界の存在、森に住む不思議な生き物たちと森の外に出られない登場人物、森に存在する強烈な悪意といった要素は、まるで『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」パートのリメイクのようだ。何しろ一角獣まで出てくるんだから(笑)。


先に気になる点を二つ。
まず、この作品は全体にファンタジーの枠組みを利用しているわけだが、その世界観は必ずしも緻密に構築されておらず、曖昧でご都合主義的な部分が目立つ。はっきり言えば、「ファンタジーなのだから論理的な展開は必要ない」という理屈を言い訳にして、ストーリーを無理矢理進めている節がある。なぜアユミは、あのような形であの森に出入りすることが出来たのか? 中盤アユミはどこに行っていたのか? 「森」と現実を行き来している金田は、どんな存在なのか? 2回見てもよく分からない点はたくさんある。謎解きものではないので全てを明確にする必要はないけれど、これはあえて明確にしていないと言うよりは、作者自身がファンタジー世界をきちんと設定しきれていない、あるいは設定しているけれど、それをうまく描けていないだけのように思える。
そしてこの作品は、大まかに言ってしまえば、二人の女性アユミとサキと魂の救済の物語だ。しかし冷静に考えれば、「回復可能」なアユミの瑕と「回復不可能」なサキの瑕を、クライマックスでまとめて昇華しようとするのは、いささか強引ではなかろうか。また、一番最後の部分は、人物無しの空舞台でやった方が良かったと思う。あれが空舞台だったら様々なイメージが広がり、深い余韻が得られたはずなのに、そこに役者がいることで、イメージが物語の枠に絡め取られてしまうのだ。実に惜しい。
そのような点を考えると、この作品の構成はあまり優れたものと言えない。『片手の鳴る音』は「ドラマとして緻密に良くできている」という評判を聞いていたのだが、その点については少々肩すかしを食った気分だ。


しかし、そのようなマイナス点を考慮しても、この作品は十分な見応えがある。語り口に多少の難はあれども、すでに述べたような美術セットの見事さと役者の演技がそれを補っているからだ。そして何よりも、痛みと哀しみに満ちた愛の物語そのものが胸を打つ。逆に言えば、その軸になる部分だけで十分に感動的であり、ファンタジックなお膳立ては、さほど重要ではないということだ。
特に心に残るのは、アユミが語る「心の穴」にまつわる台詞で、そのキーワードの積み重ねと発展のさせ方は実に巧みだ。だからこそ、最後に彼女が言う「いつか私に好きな人が出来たら、私の子どもとして生まれてきて」という台詞が、激しく胸を打つ。そこにはアユミの未来に対する希望の芽が生まれている。あの感動的な台詞の前には、多少の欠点など物の数ではない。

役者では、やはり石村みかが圧倒的に良い。決して出ずっぱりではないものの、ドラマを前に進める原動力となり、絶望と救済のテーマを最も体現している役柄はアユミであり、彼女が実質的な主役と言っていいだろう。石村がこういうストレートプレイでシリアスな役を演じることは意外と少ないのだが、とてもそうは思えない堂々たる演技。かつては男の子役を演じる方が多かったというくらいボーイッシュな魅力に満ちていた彼女も、今回はかつて見たことがないほど髪が長くなっていて、すっかり大人の女性らしい雰囲気に包まれている。こういうシリアスな演技を、さらに深めていったら、より一層素敵な女優となることだろう。
もう一人のヒロインである高畑こと美も魅力的な演技を見せていた。舞台ではほとんど新人だが、物怖じすることなく、天然のキラキラとした輝きを振りまいていた。順調に育っていけば、きっと良い役者になることだろう。前にどこかで見たことがあるような気がしたので帰って調べてみたら、以前に見たことはなかったものの、高畑淳子の娘だとわかった。なるほど、確かに似ている。ただ2回目に見たら、母親もさることながら、口をはじめとする顔の下半分や全体の骨格が、どうも内田慈に似ている気が… 
男優陣では、クロを演じた佐藤銀平の愛嬌が特に印象的。「ほっぺたをペロペロさせてくれ」には笑った。他の役者も皆、それぞれに安定した好演だった。

なお、タイトルの「ミュンヒハウゼン」とは耳慣れない言葉だが、調べてみると「ほら吹き男爵」の原型となった人物のことで、そこから派生した「ミュンヒハウゼン症候群」という言葉が存在する。これは、自分に周囲の関心を引き寄せるため嘘をついたり病気を装ったりすること。しかしその定義は、この物語と一見噛み合っているようでいて噛み合っていない。これはあまり良いタイトルとは言えないのではないか。せめてプログラムに何らかの説明は欲しかった。


この作品は、従来のサスペンデッズの作風からするとかなり異色のものらしい。だがいずれにせよストレートプレイとして面白いものを見せてくれる劇団のようだし、作家である早船聡の作風ともウマが合いそうだ。来年5月の新作公演も、ぜひ見てみたい。


作品とは直接関係ないが、この三鷹文化芸術センターのすぐ側にある禅林寺というお寺に森鷗外と太宰治の墓があることを知り、2回目の観賞前に見学に行ってみた。すると鴎外と太宰の墓が、本当にすぐ斜向かいに並んでいる。尊敬する鴎外の近くに眠りたいという太宰の希望によるものだと言うことだが、文学的にあまり似通っているとは言い難いこの二人、死後、こんな風に四六時中顔をつきあわせて、一体どんな文学談義を交わしているのかと思うと、ちょっと可笑しかった。またこのホールに来ることがあれば、ついでに訪ねてみたい。


(2009年9月)

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