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07/20/2009

【演劇】りゅーとぴあ『テンペスト』2009.7.18

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りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ『テンペスト』
2009年7月18日(土) 19:00~ 銕仙会 能楽研修所


昨年の8月にあうるすぽっとで見た、りゅーとぴあの『冬物語』(再演版)は、自分がこれまでに見た演劇の中でもトップを争う名品だった。年間ベストにも書いたとおり、それは自分が初めて出会った「死ぬ前に見たい演劇」だった。あの、必ずしも出来が良いとは言えない戯曲から、あれほどの舞台が生まれたのは、物語のラスト同様「奇跡」としか言いようがない。

『テンペスト』が、その奇跡的な『冬物語』に及ばないことは最初からわかっていた。しかしこれはこれで実に見事な作品であり、りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズが、今の日本の演劇で最高ランクにあることを証明するものとなっている。

場所は表参道にある「銕仙会 能楽研修所」というところで、本物の能楽堂よりは少し小ぶり。全て桟敷席なのは少々辛いが、空間そのものはとても清潔な雰囲気で気に入った。トイレまでピカピカに磨き上げられているのも印象的だ。ただし上演中、冷房が効きすぎていて、かなり寒かった。途中でトイレに立つ人が多かったのも、それと無縁ではないだろう。この点は改善してもらいたい。


劇場で上演された『冬物語』はもちろん、能楽堂で見た『マクベス』と比べても、今回は能のスタイルが色濃く出た作品になっている。能舞台なので大道具は一切無し。全ての物語は役者の肉体と台詞、若干の音楽によって語られる。音楽は笛と大鼓。『冬物語』はチャイコフスキーのピアノ曲「舟歌」が全面的に使われていたので、その辺りも、本作が能らしさを強く醸し出している一因だろう。

序盤、プロスペローがミランダに延々と過去の説明をするところは少々単調。照明もひたすら薄暗いし、このあたりは先行きの不安を感じるが、後になるほど緊張感と感動が高まってきて、思わず居住まいを正してしまう。この辺りの、言葉では説明しにくい感動の高まりは『冬物語』と同じだ。
物語は、最初の難破シーンこそカットされているものの、おおむね戯曲に忠実。『冬物語』が、オートリカス関連のシーンを全てバッサリと落とし、原作にはないシーンを幾つか付け加えたことで大成功していたのとは対照的だ。
しかしその表現スタイルは、すでに述べたように能の様々なスタイルを利用したもので、他の追随を許さない独特な世界を作り上げている。一番面白かったのは、妖精エアリエルを、女性4人+仮面を付けた能楽師(津村禮次郎)の5人がかりで演じていたこと。キャスト表では女性4人は「妖精」となっているが、戯曲におけるエアリエルの台詞を喋っているのだから(能楽師は台詞を喋らない)「5人がかりでエアリエル」と見て問題ないだろう。能楽師の身体表現が、日本でしか実現できないユニークなエアリエルを描き出していたのはもちろん、4人の女性たちも『マクベス』における「からくり人形風魔女」に通じる面白さだ。それぞれ違った色合いの衣装が幽玄な美しさに満ちていて、それだけで一つの美術品となっていた。
それに比べると、原作ではお気に入りキャラのキャリバンが、ちょっと印象が薄いのが残念。二役の関係もあってか、第五幕第一場の登場シーンがカットされているのが痛い。ただしステファノーとトリンキュローを交えたドタバタは笑えるし、良いタイミングで緊張をほぐす役割を果たしていた。

役者は全員良い。すでに述べた「5人がかりのエアリエル」もさることながら、山賀晴代の少女のような美しさが強く印象に残る。『冬物語』ではハーマイオニ演じていた、りゅーとぴあの看板女優だが、本作の方がさらに魅力的だった。
ともかく全ての役者が、実に緻密に肉体をコントロールしているのに感心する。様式的な動きなのに、それが感情表現を窮屈にしていない。むしろ豊かなイマジネーションを感じさせる。「型にはまることで自由になる」という言葉を体現するような演技だ。この辺りは、先日見たりゅーとぴあのダンスカンパニー「Noism」と大きな共通点がある。やっている人は全く違うのだが、劇場のクリエイティヴィティにそういう色があるのだろう。

そして本作の最も優れた点を一つ上げるなら、日本語台詞の音楽的な美しさに尽きる。これは、今までに見たシェイクスピア劇(日本語上演)の中でも間違いなく最高のもの。この点に関しては『冬物語』をも超えている。翻訳は松岡和子だが、翻訳の問題と言うよりも、役者たちの発声/台詞回しが、とにかく日本語として美しいのだ。言うまでもなくシェイクスピアの英語戯曲の大部分は韻文だが、その美しさは翻訳された時点で失われてしまう。翻訳者は知恵を絞って、その美しさを何とか日本語再現しようと務めるわけだが、この上演の日本語台詞は、英語の台詞とは違う日本語独自の美しさに満ち満ちている。これこそ本当の意味での日本版シェイクスピアだ。


こんな素晴らしい舞台が、比較的ひっそりと上演されているのはもったいない限りだ。来年以降も続くであろう、りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズは、今の日本で何を差し置いても見るべき舞台芸術だ。『冬物語』と同様、本作も永遠に心に残る作品となることだろう。


(2009年7月)

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