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03/30/2009

【映画】『ウォッチメン』映画の一つの到達点

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見終わって、心と体の震えが止まらなかった。今、自分は歴史的な瞬間に立ち合ったのだという興奮が収まらなかった。

昨年『ダークナイト』を見た時、アメコミ映画があれほどの高みに到達したことに、大きな衝撃と感動を覚えた。しかし1年も経たないうちに、その偉業を過去のものとし、さらなる高みに到達する映画が出現するなどとは夢にも思わなかった。

映画としての完成度から言えば『ダークナイト』の方が上かもしれない。特に画面作りや編集など映画文法の巧みさにおいては、ほぼ確実に『ダークナイト』に軍配が上がる。しかし、そこで描かれるテーマの重厚さやストーリーの壮大さにおいて、『ウォッチメン』は遙かな高みにある。はっきり言えば『ダークナイト』とは別次元の存在だ。

そこで展開されるのは、アメリカを軸とした戦後史に対する批評であり、容赦のないヒーロー論(アンチヒーロー論)であり、冷戦時代を舞台とした政治シミュレーションであり、ついには「神」「平和」「真実」「正義」とは一体何なのかを問う哲学的地平へと到達する。しかもこの作品は一流のミステリーであり、超一流のSFでもある。知的エンタテインメントとしての出来映えは別格だ。

この映画が何に最もよく似ているかと問われれば、躊躇なくアーサー・C・クラークのSFだと答えよう。110年を超える歴史の中で、映画は独自の表現を深め、文学に劣らぬ芸術として成長してきた。しかしクラーク的なSFに関しては文学の独壇場であり、そちら方面で映画がクラークの領域に達したことは、これまでに一度たりともなかった。
確かに『2001年宇宙の旅』という孤高の作品はある。しかしあの映画は、扱っているテーマこそクラーク的だが(と言うかクラーク自身の原案だが)、表現方法に関しては全くの正反対。言葉からなる論理的展開によって壮大な世界を描き出すクラークに対し、キューブリックは言葉や論理を排し、感性を通じて同じような世界を垣間見せようとしたのだ。その手法は大きな成功を収め、映画表現の枠を押し広げることとなったが、意地悪く言えば「論理性では文学に敵わないので、正面勝負を避けて、音楽や美術に通じる感性的な方向に逃げた」と見ることも出来る。
ところが『ウォッチメン』は、巧みなストーリーテリングと最新の映像技術を駆使することで、物語映画の枠を維持しつつ、壮大なヴィジョンと哲学的テーマを真っ向から描き出すことに成功している。その到達点は『幼年期の終わり』や『都市と星』といったクラークの最高傑作にも比肩しうるものだ。

今書いていて気がついたのだが、「幼年期の終わり」というタイトルは、実は『ウォッチメン』のテーマにもピッタリ当てはまるものだ。我々が素朴な形で信じる「無垢」「真実」「正義」といった概念は、この映画において異様な変貌を遂げ、ある意味終息する。この映画は、それを肯定も否定もしない。Dr.マンハッタンが、ある人物の行動を評して言う3つのセンテンスが、その全てを物語る。
その一方で、無垢なる魂を捨てきれない人物もいる。その人物がたどる運命は、我々にこう語りかけてくる。「好き嫌いや認める認めないに関わらず、これが、今我々の生きている世界なのだ」と。


しかしこんな作品を生み出してしまった以上、アメコミヒーローものの役割は終わったも同然だろう。だから『ウォッチメン』は、アメコミヒーローものの最高の到達点であると同時に、終着点でもある。もしこれ以上の地点へ進もうとしたら、罪や倫理の問題をドストエフスキー的な方向に深化させていくくらいしかないが、それをアメコミヒーローものの形でやることに、どれほどの意味があるのか。
おそらく今後のヒーローものは、この極限地点から退歩して、『アイアンマン』のような勧善懲悪的方向に進むことになるだろう。そして『ウォッチメン』は、結果的に、アメコミヒーローものの芸術的発展に一つの終わりをもたらした作品として記録されるに違いない。この作品は「歴史を作り出す」映画であると同時に「歴史を終わらせる」映画なのだ。そしてこの「歴史を作り出す」「歴史を終わらせる」という表現が、作品の内容とぴったりシンクロしているところが不気味だ。


『ダークナイト』と同様と言いたいが、『ダークナイト』以上に、この映画は日本では話題になっていない。
だが断言する。この『ウォッチメン』は、間違いなく映画の一つの到達点だ。そしてこの作品を分水嶺として、アメリカ映画の歴史は流れを変えることになるだろう。それがどのように変わるのか、明確にはわからない。その不気味さもまた、映画の内容とシンクロしているところが怖ろしい。

そんな歴史の証人になりたければ、欺されたと思って、即刻映画館に足を運んで欲しい。

ただし、この映画の歴史的意義は誰の目にも明らかだろうが、それを作品として楽しめるかどうかについては一切保証しない。僕もおそらくもう1回は見ると思うが、決して楽しいから見るのではない。それは一種の苦行ですらある。ある意味、『ダークナイト』に『ミスト』の結末がくっついたような映画だと言えば、その苦しさがわかるだろう。
もちろん先に述べたように、知的エンタテインメントとしては超一流だし、壮絶なVFXもあるし、生々しく残酷ではあるがアクションシーンも多い。娯楽映画としての要素は十分に備えている。それでもこの物語世界にもう一度向き合うのは、多大な精神力を要する。

それでも今、この映画だけは見なくてはならない。

虚構の物語を通して、今我々が生きている現実を知るために。


今年のベストワンは、ほぼこの作品で決まりだ。

年末に選ぶつもりの00年代ベストテンでも、ベスト5には間違いなく入ることだろう。


(2009年3月)

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