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01/05/2009

【本】2008年の5冊

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2008年の5冊

『シンベリン』シェイクスピア(小田島雄志 訳)
『冬物語』シェイクスピア(小田島雄志 訳)
『幼年期の終わり』アーサー・Cクラーク(池田真紀子 訳)
『20世紀の幽霊たち』ジョー・ヒル
『白痴』坂口安吾


2008年に読んだ本は延べ79冊。2007年とまったく同じ数だが、密度はだいぶ落ちる。他のいわゆる「読書家」と呼ばれる人々と違って、小説などのフィクションは、僕の読書において必ずしも中心に位置しない。何しろ去年見た映画は133本、演劇は85本。その大部分が「フィクション/物語」なのだから、もう物語はトゥーマッチ。せめて本の世界では、物語という形式、映画や演劇というメディアでは伝えられない情報を読みたいというのが正直な気分である。
ところが5冊選んでみると3冊が小説で、2冊が戯曲。これは小説/戯曲以外の分野で、あまり良い本を読めなかったことの証であり、昨年の読書が低調なものだったことを如実に現している。

その中で最も印象に残っているのは、シェイクスピア晩年の「ロマンス劇」の面白さを発見したことだ。『テンペスト』だけはだいぶ前に読んだことがあったが、さほど面白いとは思わなかった。ところが春に『シンベリン』を読んだら、その面白さに驚天動地。こんな面白い作品が、なぜ一般的にあまり有名ではないのかと首をひねったものだ。続いて『冬物語』を読んだら、これもかなり面白い。さらに『ペリクリーズ』を読んだら、前2作ほどではないが、これもそれなりに面白い(後半がちょいと尻すぼみ)。そして数年ぶりに『テンペスト』を読み直したら、やはりこれはイマイチで、僕のロマンス劇に対する評価は、世間一般のそれとはちょうど正反対になっているようだ。
ともあれ『シンベリン』の破天荒な面白さは、これまでに呼んだシェイクスピア劇の中でも屈指のものだ。そして『冬物語』は、戯曲を読んだときも面白いと思ったが、その後りゅーとぴあの舞台を見て感動し、この物語に秘められた新たな魅力を発見。『シンベリン』『冬物語』の2作に関しては、文句なしに「2008年の5冊」入りだ。

クラークの『幼年期の終わり』は、高校時代に読んだ最も思い出深い小説の一つ。だがもう20年ほど読み返しておらず、新訳である上に、1989年に書き直された第1部第1章とクラークのまえがきが付いているので、新作扱いとした。
第1章が書き直されているとは言え、それ以降は1953年に書かれた作品のままなので、細部の古臭さは如何ともしがたい。はっきり言って、第2部などは今読むと少々つらいものがある。しかし物語が桁違いに巨大なスケールへと拡大する第3部の輝きは不朽のものだ。この第3部を「完全無欠のSF」と讃えても、異議を唱える者はあまりいないだろう。だが僕が最も人間的な感情を揺さぶられたのは、第一部におけるストルムグレンとカレランのエピソードであり、この部分には高校時代よりも強い感動を受けた。
クラークでは、他に『都市と星』という作品に大感動し、「これは『幼年期の終わり』以上だ」と思った記憶がある。しかし調べてみると、今は絶版状態。ぜひこちらの新訳・復刊もお願いしたい。当時読んだ本をまだ持ってはいるのだが、昔の文庫の小さな字を読むのは非常に辛い。

『20世紀の幽霊たち』は秀逸なホラー短編集。中盤にイマイチな作品が幾つかあるものの、全体的には歴史に残る名短編集と言っていいだろう。特に好きなのは「年間ホラー傑作選」「20世紀の幽霊たち」「ポップ・アート」「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」といったあたり。ホラー的な設定や題材を利用してはいるが、純然たるホラーはごく少数で、ファンタジーや純文学など様々なタイプの作品が並んでいる。その作風には、ブラッドベリ、スタインベック、ポー、O・ヘンリーなどの影がちらつき、ある意味アメリカ文学の博覧会のようでもある。ホラーは苦手と言う方も、ぜひ一読あれ。

唯一の日本文学となるのが坂口安吾の『白痴』。実は高校の教科書で読んだものを除けば、これが初安吾になる。
非常に研ぎ澄まされた文章に魅了された。一つ一つの文章が、それぞれに脈打つ生き物のようだ。表題作もいいが、白眉となるのは「青鬼の褌を洗う女」。次の一節など、あらゆる小説家が「こんな文章を書きたい」と嫉妬する代物ではなかろうか。


彼は恋に盲いる先に孤独に盲いている。だから恋に盲いることなど、できやしない。彼は年老い涙腺までネジがゆるんで、よく涙をこぼす。笑っても涙をこぼす。然し彼がある感動によって涙をこぼすとき、彼は私のためでなしに、人間の定めのために涙をこぼす。彼のような魂の孤独な人は人生を観念の上で見ており、自分の今いる現実すらも、観念的にしか把握できず、私を愛しながらも、私をではなく、何か最愛の女、そういう観念を立てて、それから私を現実をとらえているようなものであった。
私はだから知っている。彼の魂は孤独だから、彼の魂は冷酷なのだ。彼はもし私よりも可愛い愛人ができれば、私を冷たく忘れるだろう。そういう魂は、然し、人を冷たく見放す先に、自分が見放されているもので、彼は地獄の罰を受けている、ただ彼は地獄を憎まず、地獄を愛しているから、彼は私の幸福のために、私を人と結婚させ、自分が孤独に立ち去ることを、それもよかろう、元々人間はそんなものだというぐらいに考えられる鬼であった。

今年は『堕落論』も読んでみる予定だ。


小説/戯曲以外では、『ダライ・ラマ自伝』(ダライ・ラマ)、映画『イントゥ・ザ・ワイルド』の原作である『荒野へ』(ジョン・クラカワー)、曾我蕭白関連で読んだ『奇想の系譜』(辻惟雄)などか印象に残った。また、塩野七生の本を『ローマ人の物語/終わりの始まり』(全3冊)『ローマ人の物語/迷走する帝国』(全3冊)『ローマから日本が見える』『ルネサンスとは何であったか』と、計8冊読んでいる。『ローマ人の物語』を入れようかとも思ったが、ここ何年も文庫版が出るたびに読み続けているので、今さら「今年の5冊」に数えるのも変な感じがして、外すことにした。

予定では『カラマーゾフの兄弟』を亀山訳で読み返すはずだったが、これはまだ果たせていない。最近『罪と罰』が刊行され始めたので、そちらを先に読み直すことになるだろう。

2009年は、もっと充実した内容で年間100冊を目指したい。ちなみに今年最初に読み出した本は、ルソーの『社会契約論』。こういうご時世ゆえ、今年は経済や政治をはじめとする社会システムについて根本的な部分から考え直すための本を重点的に読んでいきたい。


(2009年1月)

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