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09/15/2008

【演劇】劇団東京乾電池『トイレはこちら』2008.9.13

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劇団東京乾電池『トイレはこちら』
2008年9月13日(土) 20:00~ ゴールデン街劇場


おなじみ月末劇場…ならぬ中旬劇場。こんな日取りになったのは、スズナリでの本公演『愛とその他』が9月30日から始まるので、裏方人員の確保や集客に問題が生じるためだろう。しかし主催者である柄本明、谷川昭一朗、松元夢子の3人は、9月28日から10月5日まで あうるすぽっとで上演される『瀕死の王』に出演。1か月以内に、主力メンバーが3つの芝居に分散して出演する劇団など、あまり聞いたことがないぞ。そんな何を考えているのか、あるいは何も考えていないのかよくわからんところが、いかにも東京乾電池らしい。

『トイレはこちら』は、別役実の1988年作品。首吊り自殺をしようとする女と、人にトイレへの道を教えて100円もらう仕事を始めようとする男の不条理喜劇。一つ一つの理屈は間違っていないのに、そこから導き出される結論は何故か明らかにおかしなことになっている滑稽さ。二人の噛み合わない会話と飛躍した論理の連続で大いに笑わせてくれる。上演時間はわずか35分だが、役者の安定した力量もあって、十分に楽しめる作品となっている。

しかし逆に言うと、いかにチケット代2000円の、こじんまりとまとまった作品に終わっていることも確かだ。

最大の原因は、別役実の戯曲そのものにある。同じ男女二人芝居の『受付』と比較すると、こちらは「ただ笑えるだけ」で、『受付』にあった怖さが欠けている。『受付』には、後に社会問題として表面化するカルトや自己啓発セミナーの台頭を予言したような鋭さがあったが、『トイレはこちら』には、そのような批評性が希薄である。登場人物の言動や論理が突飛なことを除けば、普通に良くできたシチュエーションコメディだ。『受付』を見ていなければ、もっと素直に楽しめたと思うのだが、あの紛れもない傑作と比較すると、こちらは戯曲として佳作の域を出ていない。

それに輪を掛けたのが、ともさと衣と有山尚宏の安定した演技だ。二人ともきちんとした芝居で、大いに笑わせてくれる。これまでに見た月末劇場の演技者の中でも、普通の意味で最もうまい部類に入るだろう。スズナリあたりで上演される芝居なら、それで何も問題はない。
しかし月末劇場という場においては、そういう安定した演技に物足りなさを覚えてしまうのだ。特に『受付』における、中村真綾と「第三の出演者」柄本明の恐るべき闘いを見てしまった後では、ある意味ウェルメイドなこの芝居に「え? 何もハプニング無しで終わっちゃったの?」という、本末転倒な感想を抱いてしまう。
安定した演技を見せて「ハプニングが起こらないからつまらん」と言われたのでは、役者も浮かばれないだろうが、月末劇場の楽しさは、そんな「無茶が通れば道理が引っ込む」部分にあるのだ。『眠レ、巴里』で初めて足を運んだときはそんな風には思っていなかった。その後の何作かも、戯曲の面白さには感心したが、若い役者の稚拙な演技や内輪受けに少々うんざりした。ところが見続けていく内に、その未完成ぶりと「芝居をミスって役者の素が出てしまった瞬間の面白さ」がだんだん癖になり、『受付』体験によって、ここでの芝居に求めるものが決定的に変わってしまったのだ。

物足りなさのもう一つの大きな原因は、言うまでもなく「柄本明の笑い」の不在だ。先述したように、今は『瀕死の王』の稽古中だし、本公演の方も台本が完成せず困っているようだから、そうそうこちらには顔を出せないのだろう。しかし柄本の不在によって、二人の役者は、よく言えばののびのびとした演技が可能となり、悪く言えばヒリヒリするような緊張感を失ってしまった。もし柄本が、あの狭い劇場で不条理そのものとも言える高笑いを響かせていたら、ともさとと有山の演技、そして劇場全体の雰囲気は、どんな変質を見せていたことだろう。そのスリルをぜひとも味わいたかった。

きっと『愛とその他』では、そんな体験が出来るだろう…と思いきや、『瀕死の王』と完全に重なってるから、そちらでも、あの笑いを聞けないのか!

…って、僕は乾電池の芝居に一体何を求めているのだろう(笑)。


スパゲッティにタバスコを欠けるのは日本だけの風習で、スパゲッティの本場イタリアでもタバスコの生産地アメリカでも、スパゲッティにタバスコなどかけないそうだ。つまりスパゲッティにタバスコをかけるのは、本来邪道なのだ。しかし僕がスパゲッティを食べるときにタバスコは欠かせないもので、たまにタバスコが無い状況でスパゲッティを食べると、何とも言えない物足りなさを覚えてしまう。

月末劇場と柄本明の笑いは、自分の中でスパゲッティとタバスコの関係になってしまったようだ。


一つ余談。開演前、入り口の所で通りがかりのおじさんが「これ何て劇団? 東京乾電池? 昔からある劇団だよね? 高田純次がいたとこだっけ? もう辞めたの?」とかあれこれ尋ねていて、それに対して若い役者(見たことあるけど、誰だっけ?)が妙に生真面目に受け答えしていた。その様子というか、二人の温度差が、何だかお芝居の一場面のようで可笑しかった。


(2008年9月)


【補足】
その後調べたら、タバスコをパスタ類にかける習慣は、フランスやドイツ、オーストリアなどにもあるそうだ。

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