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08/03/2008

【映画】『ダークナイト』911が生み出した現代の神話

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アメリカで現在史上最高の大ヒットを驀進中。それだけならともかく、IMDBのユーザーレイティングで歴代第1位という驚愕の数字を叩き出した話題作。日本ではバットマン人気が低いのでそれほど大きな話題になっていないが、バットマン好きで、前作『バットマン・ビギンズ』を非常に高く評価している自分としては、元々この夏最大の期待作だった。そこにアメリカでのこの絶大な評価だ。高まる期待と共に、先行上映初日の劇場に駆けつけた。


まだ本公開も始まっていない時点ではネタバレもできないので、具体的なことは一切書かない。

ただ、これだけは確実に言える。アメリカでの異常な評判の高さは当然のことだ。


映画『ダークナイト』はまさしく現代の神話である。中心となるテーマは、神話の多くがそうであるように「光と影」、さらに具体的に言えば「倫理」だ。ハリウッド製娯楽映画という枠を借りて、そのテーマをこれほど深く追究した作品は他にないと言っていい。

美学的に完成され尽くした画面作り(撮影監督 ウォリー・フィスター)、2時間32分もの長丁場を飽きさせない演出(監督 クリストファー・ノーラン)もさることながら、最大の成功要因はジョナサン・ノーランとクリストファー・ノーラン兄弟による練りに練られた脚本だ。「ヒーロー漫画/コミックの、大人の観賞に堪えうる本格的映画化」というのは、多くの映画人が夢見ることだが、それをここまで完璧にやってのけた例は他にない。これを見た後では『スパイダーマン』シリーズも『X-MEN』シリーズも、まだまだ子供騙しだったと思えてくる。この映画が完成に至るまでの経緯は知らないが、よくぞこんな脚本を書き上げ、映画化してくれたものだと感謝する他ない。

すでに述べたように、この作品は倫理的なテーマを扱っているが、そこから必然的に生じてくるもう一つのテーマは「選択」だ。これは『スパイダーマン』シリーズでも取り上げられていたテーマだが、その深さと広がりは比べようもない。
そこで特に注目すべきは、アメリカ映画がこれまで巧妙に避けて通ってきた「民主主義が必ずしも正しいものとは限らない」という姿勢を明確に打ちだしたことだ。それは前半でチラチラと伏線を見せつつ、映画のクライマックスではっきりと描かれている。もちろんそれは単なる「民主主義の否定」ではない。言わば「民主主義を全面肯定することの否定」、さらに言えば「民主主義や多数決、それに準じた世論に頼ることで、自らの倫理的判断を怠る人々に対する糾弾」だ。
そこから導き出されるメッセージは「自らの判断によって善と悪を見分け、行動しろ」ということだ。一見単純に思えるが、この映画は、それがどれほど重く過酷なメッセージであるかを執拗なまでに描いている。
これが映画の肝なので詳しく書けないのだが、実はこの映画にはバットマンとジョーカーの他に、もう一人極めて重要な登場人物が存在する。その人物がいなければ、この作品がここまでの神話的高みに達することは絶対に無かった。その人物が物語の中でどのような変化を遂げていくか、その人物が使う小道具がどれほど深い意味を持っていたか、見終えた後にじっくりと考えて欲しい。それをバットマンが最後に取った「選択」と重ね合わせれば、「自らの判断によって善と悪を見分け、行動しろ」というメッセージが、いかに過酷で困難なものであるかを思い知ることになるだろう。

もう一つあらためて感じたのは、911という出来事が、アメリカという国を完全に変えてしまったという事実だ。このような映画が生まれてきたのは、間違いなく911があっのことだ。映像の端々にもそれが感じられるし、物語に至っては全編が911以後のアメリカの社会状況の暗喩と言っていいほどだ。
ただ誤解しないで欲しいのだが、この作品の優れた点は、明らかに911以後のアメリカを描きながら、50年後に見ても古さを感じさせないであろう芸術的普遍化がなされている点だ。時事的でありつつ古典としての普遍性を兼ね備えるという映画の理想が、ここに実現しているのだ。
同じようなことは『ミスト』を見たときにも思ったものだ。911の傷痕や、その後の社会の変質を何らかの形で描いた作品は多いが、それを生過ぎる形ではなく、芸術として冷静に描けるようになるまでには、6年の歳月が必要だったのだろう。
物語の核心に触れることになるため詳しくは書けないが、僕にはこの『ダークナイト』と『ミスト』が、まさしくコインの表裏に見える。「自らの判断によって善と悪を見分け、行動する」ことは、一つ間違えば怖ろしい独善に陥るし、何を持ってそれを独善と判断するかも難しい。そしてこれが善だと思った行動が、必ずしも良い結果に結びつくとは限らない。人間は神の視点を持つことは出来ず、個人の「選択」は、しょせん、その個人が持つ情報と能力の枠内でしか行われないからだ。『ミスト』は、その「選択」の怖ろしさを、ハリウッド映画としてはありえない残酷さで描ききった作品だった。『ミスト』がコインの裏側だとすれば、『ダークナイト』はコインの表側だ。この映画は「自らの判断によって善と悪を見分け、行動すること」の困難さと残酷さは百も承知の上で、「しかし我々はそうすべきなのだ」と訴えかけてくる。明確に描かれてはいなくとも、そこには「その選択を怠った結果が911以後のアメリカなのだ」という苦汁の声が込められている。

暗闇の中に一筋の希望を見いだそうとするこの作品に、『ダークナイト』=「暗黒の騎士」とは、これ以上ない素晴らしいタイトルだ。実は見る直前まで、ずっとDark KnightではなくDark Night(暗い夜)だと思い込んでいたのだけれど(笑)。


あまり大絶賛ばかりで期待を煽りすぎても何なので、欠点を3つほど上げておく。

・その後どうなったのかよくわからない中途半端な終わり方をしているエピソードが幾つか見られる。それらは明らかに映画的な省略法によるものではないし、終わりをぼかすことで余韻を残すというような類でもない。単なる説明不足/描写不足であり、いささか気持ちが悪い。

・これだけ緊張感に満ちた描写が2時間32分も続くのは、さすがに疲れる。退屈するところがまったくない代わりに、息を抜けるところもない。少なくともあと2回は見たいのだが、それが億劫に感じられるほどハードな観賞体験であるのも事実だ。

・バットマンの捜査能力や戦闘能力を裏付ける科学技術がかなりの比重をもって描かれているのだが、今は大きな説得力を持っていても、10年もすれば古臭く見えることが確実な描写ばかり。物語や絵作りは古典となりうるものだけに、あっという間に古びる描写が細部に数多く入り込んでいるのが残念だ。


しかし、それらの欠点も、この作品が2008年を代表する映画であることを妨げるには至らない。


『ゴッドファーザー』『スター・ウォーズ』『地獄の黙示録』『ロード・オブ・ザ・リング』などの登場が、個人的な好き嫌いの範疇を超えた映画史的事件であったように、この『ダークナイト』の登場も映画史上の事件として記録されることになるだろう。芸術性と娯楽性の2つの要素を等分に評価するなら、これこそ21世紀のアメリカ映画が生んだ最高傑作かもしれない。


映画的に言えば、2008年は間違いなく『ダークナイト』の年なのだ。


(2008年8月)

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