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07/13/2008

【演劇】MODE『心中天網島』2008.7.6

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MODE『心中天網島』
2008年7月6日(日) 15:00~ 笹塚ファクトリー


世田谷パブリックシアター制作による『審判』『失踪者』の連続上演があったものの、MODE名義としては『変身』以来1年4か月ぶりとなる公演。しかも今回は、カフカでもチェーホフでもシェイクスピアでも唐十郎でもなく、何と近松門左衛門。松本修は文学座在籍時代に「ちかまつ芝居」というユニットをやっていて、それがMODEの前身となったそうだが、それも20年以上昔の話だ。1年間にカフカを3本やった後、近松門左衛門に戻るとは、意外な気もするし、原点回帰として妥当な気もする。ともあれどんなものか見に行った。

笹塚ファクトリーに足を踏み入れて、その大胆な空間の使い方にまず驚かされた。『失踪者』の時のように、入り口の反対側と両脇に観客席がコの字型に設けられている。四方にパネルが立てられているものの、作り付けのセットは皆無。電球を主体とした照明がまるで現代美術のようで、始まる前から目を惹きつける。芝居は目と鼻の先で演じられるし、この配置では他のブロックに座った観客の反応が手に取るように分かる。こうなると観客もボケッと見ているわけにはいかない。

主役の紙屋治兵衛は孫高宏。兵庫ピッコロ劇団の役者で、昨年俳優座劇場でやった松本演出『場所と思い出』でも主役の男を務めていた。心中相手の小春と、治兵衛の妻「さん」を山田美佳が二役で演じている。治兵衛の兄をお馴染みの中田春介、恋敵の太兵衛などを得丸伸二、さんの父親を榎本純朗が演じている。それ以外は近畿大学出身の若い役者と、兵庫ピッコロ劇団の役者で占められている。プロフィールを見ると埼玉出身の榎本を除いて、全員関西の出身だ。


驚くほど原典に忠実な『心中天網島』だった。と言っても原典を読んだことはないのだが、6年前に見た文楽の記憶と大きく食い違う部分はないので、まず間違いないだろう。時々、現代の服装をした登場人物が出てきて、義太夫の地に当たる部分を語ったりするが、様々な遊びに満ちたカフカものに比べると、その脚色度は格段に低い。

簡単に言えば、紙屋の若旦那が遊女に惚れて心中するまでの話だが、いろいろな意味で心構えを決めないと、その世界に入り込むことは難しい。たとえばこの物語、二人がすでに心中を約束して証文を交わし、周りもそれを知っているところから始まる。そのような現代ではありえない設定を、素直に「この時代は、そういうものだったのだ」と受け止められないと、何も始まらない。
これは文楽を見るときもまったく同じだ。ただ文楽や歌舞伎を見る場合、基本的な価値観やドラマツルギーが現代と違っていることが最初からわかっているため、事前にプログラムのあらすじを読み込んだり、イヤホンガイドを使ったりするので、頭のチャンネルを切り替えやすい。ところが今回は、現代演劇のユニットであるMODEの上演であり、まさかここまで原典に忠実な上演だとは思っていなかったので、最初のうちは少々戸惑った。途中で事態を理解して頭のチャンネルを古典観賞モードに切り替えたため、かろうじて物語に乗り遅れずに済んだが、あまり古典芸能に関する素養がなく、『失踪者』あたりを見てMODEに興味を持った人がいきなりこれを見たとしたら、置いてきぼりを食う可能性も少なからずあるだろう。

ここまで原典に忠実だったとは意外だが、結論から言うと、非常に気合いの入った優れた舞台だった。

役者が手で持ち運べる座敷のセットや小道具はあるものの、ほぼ素舞台であるため、役者が自由に動き回ることが出来る。これが視覚的に単調になりがちな世話物に生き生きとした躍動感を加えている。しかもその身体表現は、現代演劇のリアルな動きを基本としつつも、文楽の人形を模したような様式美が感じられ、ある種のコンテンポラリーダンスに近い面白さが感じられた。ダンスシーンは無いので、スタッフに「振り付け 井手茂太」の名はないが、その遺伝子はこの作品にも深く刻み込まれているようだ。

事前の予想通り、役者が手を伸ばせば触れるところまで来て演技するため、こちらも気が抜けない。ある意味、こちらもステージの上にいるようなものであり、まさに見る側と演る側の真剣勝負だ。まあ僕の場合、そう言わざるをえないような席に座っていたためで、横サイドの上段にでも座っていれば、そこまでのこともないのだろうが。

役者の中で一番感心したのが、中田春介。MODEのレギュラーと言っていい人だが、2年前に同じ笹塚ファクトリーでやった『秘密の花園』では、何のためにいるのかよくわからない奇妙な浮きっぷりをしていた。この近畿大出身者を中心とするメンバーでは、その二の舞になるのではないかと思ったが、今回は心配無用だった。浮くどころか、彼の存在が作品を引き締める重しのような役割を果たしていた。しかもこれまでの中田とは一味違う、分別に長けた渋いキャラクター。彼の新生面が見られたようで、たいへん嬉しい。作品によって当たり外れの大きい人だが、今回の孫右衛門役は大当たりだった。

次いで山田美佳。拙い台詞回しがいつも気になるのだが、今回は地のままの(?)関西弁で、しかも劇場が小さいので無理に声を張り上げる必要もない。おかげでカフカものの時とは別人のように滑らかな台詞回しを聞くことが出来た。
第一幕の小春役は可もなく不可もなく程度だが、第二幕のさん役は文句なしに良い。いかにも商家の嫁らしいキビキビとした動き。夫の着物を替えるときの、かすかな艶めかしさが漂う所作。さんを身請けするのはいいが、その後お前はどうするのだと夫に言われ、子守女にでもなろうかなどというところは、その健気さがグッと胸に迫る。父親によって無理矢理離別させられるシーンも心に響く。彼女がさん役をこれほど見事に演じてくれたおかげで、治兵衛が「さんに申し訳が立たないから」と、小春と少し離れた場所で首をくくる行動にも納得がいった。
それに比べると小春役の芝居はインパクトに欠けるのだが、最後の心中シーンでは日本的な死とエロスの様式美をきちんと表現できていた。『唐版 風の又三郎』以降では、間違いなく最高の演技。やはり山田美佳は、演技の幅は決して広くないものの、その幅の中に収まる役柄においては、素晴らしい輝きを放つようだ。

得丸伸二も何気に印象深い演技を見せる。『唐版 俳優修業』では飛び道具的な芝居を見せていたが、こういうシャープな男前の役柄も出来るのだと感心した。

若手では、様々な役を取っ替え引っ替えし、人形を使って治兵衛たちの子供まで演じた山田実沙子が敢闘賞ものだった。多分次の作品では、かなり大きな役に抜擢されることだろう。

主役の治兵衛を演じた孫高宏だが、正直、彼に関してはかなり微妙だ。決して悪いわけではない。少なくとも具体的にどこがダメだと言えるような演技ではない。ところが不思議とこの人の芝居は心に響かない。これは『場所と思い出』の時にも感じたことだ。抽象的な表現だが、この人の感情表現は妙に内向きで、客席にドンと届くことなく、彼の半径1メートル以内にオーラのようにまとわりついているような印象がある。あまりにはまりすぎて予定調和な出来になるかもしれないが、この治兵衛役は中田春介がやった方が良かったのではなかろうか。


これからMODE/松本修がどういう方向に進んでいくのかはわからないが、カフカものを一通り終えた後、まったく違う作風で意外なほどの力作を見せてくれたことで、今後の展開にも大いに期待が持てそうだ。エチュードだけで終わっているシェイクスピアも、ぜひ本格的な公演を望みたい。


…と、ここまではある意味 客観的な評価。この『心中天網島』が見事な力作であることは疑いない。

しかし、それとは別に極めて個人的な感想もあるので、作品評とは別のレヴェルで書いておく。


一応書いておきたい個人的な感想、それを書いておかないと嘘になってしまう個人的な本音とは…


「やはり私は関西弁はようわかりまへん」という身も蓋もないものだ。


もちろんまったくわからないわけではない。当然のことながらわかる部分の方が多い。少なくともそれが原因でストーリーを見失うようなことはない。

しかし肝心なところで感情を込めた台詞を早口で喋られると、そこで大きな断絶を感じてしまうのだ。関西弁の、それも時代劇の台詞が、ストレートに心に入ってこず、いわば外国語を一度脳内で日本語に翻訳して理解するのに近い状態になってしまう。それがせっかくの熱い感情表現を、変な具合に冷ましてしまう。熱々のうどんを一度水にくぐらせて、また汁に戻しているような気持ち悪さがまとわりつく。

これは、決してこの上演に限った問題ではない。以前文楽に熱を上げていたものの、それが少しずつ冷めていった理由の一つは、実はここにあるのだ。あまり動きが無く室内での会話シーンが続く世話物では、関西弁の台詞(浄瑠璃)が占める役割が大きくなるため、どうしてもストレートにその世界に入り込めない。『心中天網島』『冥途の飛脚』『夏祭浪速鑑』といった名作中の名作と言われる作品ですらそうだった。ホームドラマ的な会話が始まると、中途半端な外国語を聞いているような断絶感を覚え、どうしても途中で心が離れてしまうのだ。
では面白かったものは何かというと、『妹背山女庭訓』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』といった、いわゆる時代物。このような作品ならば、数々のアクションに彩られ、台詞ではなく動きによってドラマが進むシーンが多いので、あまり断絶感を覚えることはない。それらは今でも好きだし、機会を見つけてまた見直したいと思っている。しかし近松門左衛門をはじめとする世話物に対しては、今でも拭いがたい苦手感がある。

それを思えば、この作品は、僕の苦手な近松ものを、よくぞここまで面白く見せてくれたものだと感謝したいほどだ。しかし台詞自体は原典に忠実なので、外国語を聞いているような断絶感はやはりつきまとう。したがって、この作品のクオリティの高さは大いに認めるものの、個人的に深く感動したかというと、またもや関西弁に感情移入を邪魔されてしまったというのが正直なところだ。

ただ、それはひょっとすると僕だけの問題ではないのかもしれない。すでに述べたように、この座席配置では他ブロックの観客の顔が丸見えなので、僕はそちらの表情もよく観察していたのだが(嫌な客だな)、皆ふむふむという感じで真剣に見入っていたし、退屈そうにしている客は誰一人いなかったが、その表情には喜怒哀楽のストレートな感情がほとんど浮かんでいなかった。それを証明するかのように、十分に可笑しなシーンがあるにもかかわらず、休憩込みで2時間の上演時間中、一度たりとも笑いが起きなかった。これが大阪での公演なら、まったく雰囲気が違うのではなかろうか。やはり東京の20代の若者中心の観客層にとって、この作品は「感心はするけど、感動はしない芝居」だったのではないか…そんな気もするのだが、どうなのだろう。


(2008年7月)

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