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06/30/2008

【映画】『ぐるりのこと。』ゲイは身を助けず

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傑作『ハッシュ!』以来6年ぶりとなる橋口亮輔監督の新作。本作も前評判が非常に高かったので初日に駆けつけたが、その期待は裏切られることになった。

1993年から2001年までの約8年にわたる、夫婦の破局と再生の物語。実はその概容を聞いたときから一抹の危惧は抱いていた。と言うのも、橋口亮輔がゲイであることは誰もが知る事実であり、彼がこれまでに撮った3作品も全て同性愛が重要なモチーフとなっていたからだ。僕は最初の2作『二十歳の微熱』『渚のシンドバッド』を見ていないのだが、これは事実関係として間違いではないはずだ。
その彼が、何故突然男と女の夫婦関係を描こうと思ったのか? これが本作を見るにあたっての一つのテーマだった。もちろん「ゲイが男女の恋愛や結婚など描くな、ゲイはゲイの世界だけ描いていろ」などという暴論を吐く気は毛頭ない。それはいくら何でも表現の自由と人間の想像力に対する冒涜だ。とは言え、これまでの3作品でゲイとしての生き方や愛情を描いて高い評価を得てきた橋口が、突然ゲイ色を排して男と女の愛情を描く以上、そこに何らかの作家的必然を求めるのは横暴な注文ではないだろう。たとえばアン・リーは、ゲイの愛憎を描いた『ブロークバック・マウンテン』が高い評価を得たが、その次の『ラスト、コーション』では一転して、男と女の濃密な性愛を描いてみせた。『ラスト、コーション』で描かれた男女関係の説得力は強力極まりないもので、あれを見て「『ブロークバック・マウンテン』ではゲイの世界を描いたのに、何故次は男と女の話になったんだ」などと言う者はどこにもいまい。そこには、男と女でなければならない必然性が、確かにあった。

では、この『ぐるりのこと。』において、橋口が男と男ではなく、男と女の関係を描いた必然性はあるのか? 無いとは言えない。少なくともこのストーリーをゲイの夫婦(?)で描くことは出来ないだろう。ただ言ってしまうと、それは「ストーリー上、男と男にすることは難しかったから、男と女にした」という消極的な理由であり、「男女の夫婦関係と、その心理を徹底的に描いてやろう」という作家的意欲はあまり感じられない。そのため着慣れないスーツを着てお見合でもしているような窮屈さが漂っている。
冒頭、妻がセックスの日をすっぽかす夫を論理的に糾弾するシーンや、中盤の鼻水垂らしながらのラヴシーンなど、とても生々しい優れたシーンもあるのだが、そういうシーンにもあまり「男と女」の匂いは感じられない。と言うより、あの感性は、むしろゲイ的なもののように思える。そういう微妙な違和感が全編に漂っているため、どうも素直にドラマに入り込めない。


そしてもう一つの問題は、法廷画家である夫(リリー・フランキー)が、法廷で様々な事件を見ていくのに、それらの事件に接して彼がどんな感慨を持ち、どんな風に変化したのかがほとんどわからないことだ。そのため、それらの事件と夫婦関係の復活という物語がうまく絡み合っていないように思える。
描かれる事件は、名前や設定こそ変わっているものの、宮崎勤の幼女連続殺人事件、オウム真理教のサリン事件、宅間守の池田小襲撃事件など、誰が見てもそれとわかる、この時代の有名な事件がほとんどだ。なるほど、確かにそれらの事件に「他者との断絶」という共通項を見いだすことは出来るし、そのテーマによって夫婦の物語と関連性を持っているように見えないこともない。しかしすでに述べたように、夫がそれらの事件にどういう影響を受けたのかがほとんど描かれていないため、未完成の素材だけがゴロリと投げ出されているような印象を受ける。
また、他者との断絶という共通項だけで、オウムも宮崎勤も宅間守もパブのママと外国人ホステスの争いも、全て一緒くたにしてしまうのは、いくら何でも大雑把すぎはしまいか。そういう事件をひとまとめにして もっともらしいコメントを加えるのはワイドショーのコメンテーターがやることであり、芸術家のやるべきことではない。芸術家がなすべき仕事は、そういう大雑把なものの見方、ベルトコンベヤーのような報道からこぼれ落ちていく、人間一人一人の代替不可能な真実にスポットを当てることだろう。そういう視点を示すことなく、あれだけ多くの死者が出た重大事件の数々を、単なる背景のように扱ってしまう無神経さには、どうにも納得がいかない。
そんなものをいちいち描いていたら別の映画になってしまうと言うなら、映画オリジナルで架空の事件を作り出せいいだけのことだ。誰が見てもそれとわかる重大事件を引っ張り出しておきながら、それらに対するきちんとしたスタンスを示さないのでは、単なる客寄せのために事件を利用したのかと非難されても仕方あるまい。


一つ一つのエピソードは面白いので、140分の長尺もさほど退屈はしない。しかし総体として一体何を描きたかったのか、煮え切らない思いが残る作品だ。少なくとも『ハッシュ!』に比べると、だいぶ落ちると言わざるをえない。


P.S.
グリングやTHE SHAMPOO HATをはじめとする小劇場系の役者があちこちに出ているため、その顔ぶれを見ているだけで、知っている人にはけっこう楽しめる。


(2008年6月)

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