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05/10/2008

【映画】『相棒』に関する補足の追記(ネタバレ注意!)

002023


昨日書いた「『相棒』に関して若干の補足(ネタバレ注意)」の追記。当然のこちらもネタバレ全開なので、未見者は絶対に読んではいけません。


未見の人、もういませんね? ここから先は立ち入り禁止ですよ。


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前回、ラストシーンで、やよい(本仮屋ユイカ)は兄の遺志を継ぐためボランティアに出かけたのだと思うと書いたところ、「彼女の住所は北海道だから、ただ単に家に帰っただけなんじゃないの?」という意見があり、「あれ? そう言われてみれば、確かに。でも、そんな単純なことだったのか?」とずっこけてしまった。

しかしどうも気になるので、元々買うつもりでいた『シナリオ』誌をようやく購入。真っ先にその部分を読んでみたところ、脚本のシーン設定が「成田空港」となっていてホッとした(笑)。そう、映画を見た時もパッと成田空港だと認識したので、国内線ではなく国外線、すなわち海外への旅立ちだと思ったのだ。成田−札幌という便も無くはないようだが、東京都心に滞在しているのだから、羽田から帰る方が普通だろう。

そして脚本には、本編でカットされている台詞があって、それによれば彼女は「兄への報告から帰って来たら…」と言っている。つまり兄が殺された国へ出向き、お線香でも立てて、日本で起きたことを語ってくるための旅行。それがこの脚本における、やよいの旅である。
もちろん映画では、この台詞がカットされているので、必ずしもそれが正解だとは限らない。単に家に帰るというのも含め、いろいろな可能性は考えられるだろう。その後には「兄がしようとしたこと、父がしてしまったこと、すべてを受け入れなきゃって…うまく出来るかどうかは判りませんけど…」という台詞もある。彼女が、亡き兄のやろうとしたことに目を向けていることが感じられる台詞である。
そんなわけで、やはり本編ラストの彼女は、兄の遺志を継ぐためボランティアに旅立ったのだと、僕は信じたい。


まあ、それはいい。本当に書きたいのは、別のことだ。


映画版の脚本をザッと斜め読みしたところ、やはり最終完成台本ではなく、おそらくは撮影開始前の決定稿で、完成した映画とはけっこう違う部分があった。毎度のことだが、この『シナリオ』誌に載る脚本は、一体どの段階での脚本なのか明確にわからないのが歯がゆい。以前黒沢清の『CURE』を読んだときなど、脚本にある説明的な描写が映画本編でほとんどカットされていることを知って驚いたものだ。常識的に考えれば、あの雑誌に載るのは撮影開始直前の決定稿だろうと思うが、映画と脚本で大きな違いがある場合は、その脚本がどの段階での完成稿なのかを、はっきり示して欲しいものだ。


ともかく、その脚本を読んだところ、前回の文章に関係する、驚くような発見が二つあった。

一つ目。片山雛子がSファイルを公表したのは、ひとえに政治上の駒として利用価値があったからに過ぎないと前回述べたが、脚本を読むと、何と彼女が記者会見の前に亀山薫に電話を掛けてきて「この前助けていただいたお礼です。これで貸し借りなしですから」と言うシーンがあるのだ。
しかし本編では、このシーンは全てバッサリとカットされている。

二つ目。この脚本では、右京が集中治療室で手紙を読むという行為がなく、テレビで片山が子どもたちの手紙を読み上げるだけになっている。
しかし本編では、前回詳しく書いたように、片山の記者会見は途中で強引にスイッチを切られ、代わりに右京がボランティア仲間の手紙を読み始める。

つまり前回の主要な論点が、どちらも映画本編と脚本で食い違っていたのだ。

脚本では、片山雛子はそうとう良い人として描かれている。彼女のSファイル公表の動機は、外務省改革の手段もさることながら、薫に命を助けてもらったことへの恩返しという意味あいが強い。だからこそ、治療室のシーンは彼女の手紙の朗読だけで終わっていたのだろう。
ところが完成した映画本編では、片山の人間的な優しさを表すシーンがカットされ、小野田と瀬戸内の台詞だけが残されることで、彼女の目的が政治的なものであることが強調される。そして治療室で、死に逝く木佐原への手向けとなるのは、片山による手紙の朗読ではなく、右京が読み上げるボランティア仲間からの手紙である。

つまり映画では、脚本を改変して、片山雛子という政治権力者に花を持たせることを拒否しているのだ。それによって、僕が前回書いたような「忘れる人々」と「忘れない人々」の対比が、より鮮明になっている。

他に、こんな違いも見られる。

・右京と小野田が回転寿司を食べながら話をするシーンで、小野田が皿をベルトに返すのは、脚本では1回だけだが、映画では2回(2回目は未遂)になっていて、「忘れる/忘れない」という伏線が、視覚的により強調されている。

・木佐原の取調で右京は「それでも、あなたの選んだ方法は間違っています」と言うが、映画ではその前に「あなたの気持ちはわかります」というような一言が付け加えられ、右京の木佐原に対する密かな共感が示されている。

このように映画では、脚本に比べて、「忘れる人々」への嫌悪と「忘れない人々」への共感が強調されている。特に片岡雛子に花を持たせまいという意図は、かなり明白だ。

となると、それは脚本の戸田山雅司ではなく、監督 和泉聖治のアイデアによるものなのだろうか。どうもそうとしか考えられない。


『シナリオ』誌には、戸田山雅司のインタビューも載っているが、長い割りには、僕が知りたいと思うことはほとんど書かれていない。

この映画の完成までの内幕を知りたいという思いは、ますすま募るばかりだ。


(2008年5月)

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