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05/10/2008

【映画】『相棒』に関して若干の補足(ネタバレ注意!)

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映画『相棒』に関するネット評を読むと、さすがに物語上の不備が気になる人が多いようで、否定的な意見もかなり見受けられる。その点に関しては、僕も何ら擁護する気はないというか、擁護のしようもないので(笑)、それはそれで構わない。その破綻した物語構造を超えて何らかの感動を得られるかどうかは、個人の資質や関心にかかっているということだ。


ただ、あの結末について「え?」と気になる感想や評価を幾つか目にした。その引っかかりもあって本日再見してきたので、完全ネタバレでその部分について少し語ってみたい。


と言うわけで、まだ『相棒』を見ていない人は、絶対にこの文章を読んではいけない。ネタバレにあまり敏感になるのは馬鹿げていると思うが、この作品に関しては、極力予備知識無しで見た方が良いので、未見者へのネタバレは厳禁にしておきたい。


未見の人、もういませんね? ここから先は立ち入り禁止ですよ。


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気になったのは、公開不可能と思われたSファイルを片山雛子(木村佳乃)が公表する結末を「甘い」「動機がわからない」「実はこの人いい人だったんだ」といった言葉で表現している文章が幾つか目についたことだ。これは僕の感じ方とあまりに違っていたので、再見するに当たって、その点をもう一度注意深く見てきた。

結論から言えば、片山雛子がSファイルを公表した理由は、それほど明確に語られているわけではない。だから上のような感想、すなわち片山が社会正義の観点からSファイルを公表してハッピーエンド…という見方を100%否定する材料は存在しない。

だが僕は最初に見たときから、まったくそのようには受け取らなかった。

なぜ片山は、亡き父親の不名誉につながるSファイルを公表したのか? それは単に「自らの政治的手段として利用できるから」に過ぎない。劇中で語られているように、彼女にとって外務省の改革は議員当選時からの公約だった。そしてSファイルは、外務省にとっては爆弾テロ同然の破壊力があり、有効な武器として利用が可能だったのだ。もちろん迂闊なタイミングで出せば、伏魔殿からの反撃を受けかねない。ところが木佐原芳信(西田敏行)があのような事件を起こしたおかげで、5年前の事件が世間で再び話題になっている(この辺の描き方はうまくないが、台詞ではそういうことになっている)。爆弾を爆発させるのに、これ以上の好機はなかったのだ。Sファイルを入手した記者(←この安直な描き方もどうかとは思うが)に「これも立派な経費よ」と言うところからも、彼女がSファイルを政治上の道具として見ていることが伺える。

つまり彼女にとって、父親の名誉などは二の次であり、自分の政治的野心の達成、そして結果的には社会正義を行使することで国民的人気を獲得できるというメリットの方が大切だったのだ。それを見抜いているからこそ、瀬戸内(津川雅彦)は「おいおい、自分の父親の不名誉を公表するつもりかよ。大した成仏のさせ方もあったもんだな」と苦笑いするのである。「この娘は、自分が思っていた以上の"政治家"だ」と…

映画のクライマックスにおいて、木佐原が望んだSファイルの公表は行われた。だがそれは木佐原の計画とは違う形であり、政治上の駆け引きで「たまたま」駒として利用価値があったから公表されたに過ぎない。片山が情に厚い人で、父親を犠牲にしてまでも社会正義を貫いたわけではないのだ。

もちろん、誰が見てもそうだと思えるような描き方はされていない。しかし片山雛子というキャラクターの言動、とりわけ周囲の人間の彼女に対する評価を注意深くチェックしていけば、こちらの解釈の方が妥当であろうと思う。


それに関連して、今回あらためて気がついたことがある。

木佐原の治療室で、杉下右京(水谷豊)と亀山薫(寺脇康文)、そして木佐原やよい(本仮屋ユイカ)が、片山の緊急記者会見を見ている(←このシチュエーションも少々無理があるな)。ところが片山が難民の子どもたちからの手紙を読み始めたところで、薫はテレビのスイッチを切ってしまう。リアリズムの観点からすれば、これは明らかにおかしい。どう考えても、彼らがこの状況で放送を最後まで見ないはずはないのだ。普通なら「木佐原さん、聞こえますか。あなたの望み通りSファイルが公表されたんですよ」くらいの台詞があっていいシーンだ。
しかもこの後、右京が手紙を読むシーンが続く。これは意味的には片山が手紙を読む行為とダブっている。本来なら、片山が子どもたちの手紙を読み続け、そのまま観客の涙をしぼり取っても良さそうなものだ。
だが2回見て、はっきりとわかった。脚本家も監督も、そしておそらくは状況を理解している右京も薫も、木佐原渡(細山田隆人)の生と死をチェスの駒のように扱っている片山の政治的パフォーマンスによって、木佐原芳信を見送ることに耐えられなかったのだ。
代わりにクライマックスを締めくくるのは、木佐原の真情を理解し、その行為を否定しながらも共感を隠せない右京が手紙を読むシーンだ。手紙を書いたのは、渡のボランティア仲間。彼は自分の身の安全を考え、すぐ村に連絡に行けなかったことを後悔している。その罪の意識は、実行犯の塩谷和範(柏原崇)に通じるものであり、一言も台詞がない塩谷の真情も代弁していると見ていいだろう。
ここにおいて、かなり明白な2極構造が見えてくる。渡の死を政治的な駒としてとらえる人々と、一人の人間の死として心の痛みを持ってとらえている人々。この二者は「忘れる人々」と「忘れない人々」という風に分けることも出来る。前者は社会的に大きな権力を持ち、後者は権力に利用され翻弄される立場だ。脚本家や監督は、明らかに後者に共感を示しており、だからこそ前者を不自然な形で無理矢理断ち切り、それを押しのけるようにして後者の言葉で締めくくったのだろう。


ただ、ここでくれぐれも言っておきたいことがある。この作品は「忘れないこと」が大きなテーマになっているが、単純に「忘れる人々」=悪/「忘れない人々」=善という構図で世の中を割り切っていないことだ。
確かに忘れてはならないことはある。だが、この映画においては「忘れない人々」だけが苦しみ、のたうち回り、ある者は殺人さえ犯している。世間的な幸福を享受し、社会的な成功を収めているのは「忘れる人々」の方なのである。それが世の中の否定できない事実であり、作者はそれに嫌悪感を表明するものの、その構造が今後も変わらないだろうことを理解している。
息子を忘れられなかった木佐原(及び後輩を忘れられなかった塩谷)は、Sファイルを公表するために犯罪者となり、自分ではその目的を達することが出来ないまま死んでいった。一方父親を切り捨てた片山は、Sファイルの公表に成功し、自らの政治的野心を達するのみか、結果的には社会正義を示すことにもなった。この二者を比べた場合、むしろ「忘れない人々」が悪であり、「忘れる人々」が善であることは明白だ。それは何と言う皮肉だろう。

だから、この映画の作者たちは「忘れない人々」が善だから共感を示しているわけではない。より人間的であるが故に苦しみ、ついには犯罪さえ犯してしまう、その愚かさと不器用さ故に、共感を示さずにいられないのだ。


再見して、もう一つ「あれ?」と気がついたことがある。それは続くラストシーンだ。ここは、やよいが亡き兄の遺志を継いでボランティアとして海外に出て行くシーンだと思っていたのだが、今回見直してみると、はっきりそうだとわかる描写はどこにもなかった。したがって理屈の上では、彼女はただの海外旅行に出かけたのかもしれないし、あまりにいろいろなことがあったので、海外にいる親戚の所にしばらく身を寄せるために旅立ったのかもしれない。
だが、僕はやはり彼女はボランティアとして海外に出かけたのだと思う。それは「解釈」と言うよりも、「そう信じる」ということだ。「世界を変えようとした、あなたのお兄さんのような人がいたことを忘れません」という右京の言葉を思えば、やはり彼女は兄の遺志を継ぐことにしたのだと思えて仕方ないのだ。
そんなやよいの生き方は、もう一人のヒロイン片山雛子に代表される政治の世界とは対極にある。「実際に世の中を動かしているのが片山のような人々だろう。だがそこからこぼれ落ちてしまう人間性を、自分たちは捨て去ることが出来ない。それがどんなに苦しく、世間的な幸福に恵まれぬ道であったとしても、より人間的な道を歩む愚かで心優しい人々と手をつないでいたい」…あのラストには、そんな作者の思いが込められているように思う。


しかし2回見ると、この作品の構造的な破綻が、もはや犯罪の域に達していることが、さらに明白になった(笑)。

そこでさすがに疑念が湧いてきた。ひょっとすると、この作品は、本来もっとゲーム的な娯楽ミステリーとして製作される予定だったのではないか。それが、誰の意図か知らないが途中から社会的メッセージを重視した作品に変貌し、両者の整合性が取れないまま、構造的には破綻した作品として完成してしまったのではないだろうか。少なくとも自分がプロデューサーなら、「もう撮影を始めないとプロジェクトそのものがが御破算になる」という状況に追い詰められない限り、これほど明白な問題を持った脚本にゴーサインを出すことはありえない。その辺の事情は一体どういうことになっているのやら…映画と同じくらい壮絶なドラマが隠されているように思えてならない。


(2008年5月)

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