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05/22/2008

【ライヴ】キース・ジャレット ソロ 2008.5.17

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キース・ジャレット ソロ
2008年5月17日(土) 19:00〜 Bunkamuraオーチャードホール


キース・ジャレットのライヴは、2005年10月21日のソロ(東京芸術劇場)、2007年4月30日のトリオ(東京文化会館)に続いて3回目になる。

今回はソロなので、全編即興演奏だ。席はチケットに8列と書かれていたが、実際に行ってみたら3列目だったので驚いた。ただし楽器の音は上に向かうので音響的には前の方が良いというものではないし、少し上手寄りなのでキースの手の動きもよく見えない。しかし2150席もあるでかいホールで、あのポジションに文句をつけたりしたら罰が当たる。まずは素晴らしい席だ。


第一部の開演は19時5分頃。いきなり1曲目から、現代音楽のような抽象的な演奏が延々と続く。楽理に明るい人なら「○○音階」とか指摘できそうな独特のスケールを繰り返しながら、新しい音楽を生みだそうとするキース。だが、この1曲目は明らかな失敗で、キースがもがき苦しんでいる様子がはっきり伝わってきた。キースは何度も何度も執拗にスケールを繰り返し、インスピレーションが湧き起こるのを待つが、いつまでたってもその瞬間は訪れず、紡ぎ出される音は抽象的な像を描くのみ。後半になると時折ゾッとするほど美しいメロディが顔を覗かせる。しかし、それをうまく発展させられないのか、あるいはそこまでの流れと合わなすぎるのか、あくまでも実験的に弾いたという感じで、すぐに姿を消してしまう。僕の耳からしても、流れ的に唐突な感じがしたので、あまり惜しいとは思わなかった。しかしそれに代わる新たな発展もなかなか見られない。
1曲目でいきなりこれをやられて、あちこちで居眠りをする観客が目につく。客層は老若男女様々で、はっきりとした傾向が見えないのだが、「『ケルン・コンサート』が大好き。あんな美しい音楽をぜひ生で聞いてみたい」と言うような客なら、ここで居眠りをしても責めることはできない。
結局この演奏は30分程度続き、ついに実りある展開を見せぬまま、何となく終わる。3年前のライヴでは、一つの曲(演奏)が終わったら、キースが客席の方を向いて、はっきり終わったことを示したはずだ。ところがこの時は、そのような合図もなく、演奏自体も終わりを迎えた感じがしなかったが、しばしのブレイクの後、まったく違う演奏を始めたので、とりあえずそこで1曲目は終わったのだと解釈した。しかし「終わったよ」という合図をしなかったことから考えても、キースとしては「終わった」と言うよりは「放棄した」というニュアンスが強かったのではないか。だから次の演奏までを1曲目と数える人もいるだろうが、あれだけ曲調が変わったら、やはり別々の曲考える方が妥当だろう。

その2曲目は、1曲目とは打って変わってロマンチックな美しい演奏。しかしまだまだ音を模索する様子がうかがえ、悪い意味での緊張感がみなぎっているため、美しいメロディに素直に酔いしれることができない。
その演奏が一旦ブレイクして、次の展開に入ろうとした瞬間、5〜6列目の下手で大きな咳払い。まさに「カクッ」という感じで、キースの緊張感が途切れる。演奏に入るのをやめて、「ああ、いいよ。僕は一休みするから、ほら、今の内に咳をして」と客席にジェスチャーでうながすキース。観客は笑い、拍手も出ていたが、本当につらかった。もがき苦しみながら、なかなか出口を見いだせずにいるキース。そんな苦しみなど知らぬかのごとく居眠りをしたり、咳払いでキースの集中力を乱したりする観客。咳そのものは生理現象だから、ある程度仕方ない面もあるが、キースが両手を広げ、次の演奏に入ろうとしたその瞬間、よりによってまさにその瞬間に、あれだけでかい咳をするか? 状況を読めないのか? キースの絶不調に加え、観客との大きな齟齬…あまりのつらさに帰りたくなった。

キースも水を飲んだりして一服。3曲目の演奏に入る。また1曲目に近い抽象的な演奏だが、こちらは何をやろうとしているのか、それなりに方向性が見える演奏で、まずまず。とは言え、こじんまりとまとまった印象で、それまでの不調を一挙に覆すほどの演奏ではない。19時50分頃にこの演奏を終えて20分間の休憩に入った。


ソロで全編即興となれば、インスピレーションが湧かずイマイチの演奏が続く時もあるのは当然のことだが、その悪戦苦闘を実際に目の当たりにしたのは初めてだ。この第一部は最悪と言っていいもので、3年前とはたいへんな違い。初めてキースを見る友人も連れていたので、よりによってとんでもない時に連れてきてしまったなあ…と暗澹たる気持ちになった。しかし第二部では、何とか盛り返してくれるのではないかと期待し、再び席に着いた。

20時10分から第二部。前半で抽象的な方向に走ってうまくいかなかったので、後半はロマンチックな方向に行くのではという予想通り、1曲目は精巧なガラス細工を思わせる美しい演奏。その極端さが、ちょっと微笑ましかった。ただしそれは比較的短い時間で終わり、それほど大きな発展を見せることはなかった。
そして2曲目。ここでまた曲調が少し抽象的なものになる。ただし第一部1曲目よりは、ノリもあってわかりやすい。最初の内こそ方向性を模索している感じがあったが、途中からどんどんインスピレーションが湧き出したようで、後半は非常に聞き応えのあるものになった。終盤になると、ほとんど立った状態でピアノを弾き、いつにもましてでかい声でうなり声を上げ(歌を歌い?)、踊るように足でリズムを取るキース。ピアノを弾いていると言うよりも、ピアノと肉体が一体となって音を奏でているかのようだ。ようやく真のキース・ジャレットが出現した。この1曲で、ようやく前半のマイナスは埋められた。
よし次!…と思ったら、もう第二部終了。20時45分。いくらアンコールがあるとは言え、何もここで引っ込まなくても…


アンコールは全部で5曲、45分という長丁場。3年前も4曲やってくれたが、その時の4曲目は、客電が点いて2〜3割の客が帰ってもスタンディングオベーションが執拗に続くため、特別サーヴィスとして演奏したもの。それに対して今回は、キースの方で積極的にやろうと思ってやった感じだ。これは「第一部がうまくいかなかったから、その穴埋めで、アンコールを第二部のつもりでやろう」という気持ちだったのではないか。それほど第一部の不調ぶりと、第二部後半〜アンコールの素晴らしさには大きな差があったし、キースの態度も客の盛り上がりもまるで別物だった。終了は21時30分。予定では21時だから30分のオーバー。第一部の1曲目とほぼ同じ時間だ。

演奏された5曲はそれぞれ6〜8分程度。1曲目、4曲目、5曲目はロマンチックなバラード系の演奏で、2曲目はブルースを基にした演奏。3曲目はスイング感のある最もジャズらしい演奏(3曲目と4曲目は逆だったかもしれない)。聞いたことのあるようなフレーズをちらほら耳にしたので、何曲かはスタンダード、もしくはキースの過去のナンバーをモチーフにしているのかもしれない。どの曲もわかりやすいロマンチシズムやリリシズムに満たされていて、第一部のあの抽象的な演奏は何だったんだという気分になる。地獄から天国へ引き上げられたかのような気分だ。

とは言うものの、この構成はちょっと極端すぎはしまいか。もちろんキースは最初からこんな風にするつもりではなく、本当なら第一部でもっと聞き応えのある演奏をするはずだったのがうまく行かず、本編とアンコールで演奏内容が極端に変わったような印象になってしまったのだろう。3年前も「前半 現代音楽風の前衛的演奏→後半 ロマンチックで美しい演奏」という流れではあったが、1曲ごとの演奏があまり長くないこともあり(前半6曲/後半4曲/アンコール4曲)、前半から後半にかけての変化には、納得できるグラデーションがついていた。しかし今回は前半3曲/後半2曲/アンコール5曲と、本編の曲がかなり長めだったため、曲調の極端な違いがデコボコした印象を生み出している。第二部の2曲目以降は本当に素晴らしかったが、そこだけを取り上げて誉めるのは、何か違うように思う。やはり第一部の1曲目こそ、この夜キースが最も挑戦的な気持ちで臨んだ演奏ではないのか。だが、それは残念ながら失敗に終わり、観客サーヴィスを視野に入れたであろう、若干保守的なアンコール演奏ばかりが熱狂的に受けてしまった。そのバランスの悪さを考えれば、3年前のライヴに比べて、今回は少々落ちると言わざるをえない。

しかし、純音楽的な視点からは最高と言えないライヴでも、ドキュメント的な視点に立てば、実に興味深い一夜だった。あのキースでも、やはり即興をうまく発展させられないことがあるのだ。当たり前と言えば当たり前の話だが、一番良い演奏が詰め込まれたCDばかりを聞いていると、そんなことは現実に起こらないような錯覚に陥ってしまう。むしろこの失敗を通じて、「全編即興によるピアノのソロ演奏」というフォーマットが、どれほど怖ろしく、どれほど巨大な才能を必要とする作業なのかを思い知らされた気分だ。
決して完璧とは言えない出来だっだが、むしろ今回のライヴを通じて、僕はキース・ジャレットというアーティストのことを、より深く理解できたような気がする。


(2008年5月)

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