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04/24/2008

【演劇】シアターΧ制作『犬婿入り』2008.4.19

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シアターΧ制作『犬婿入り』
2008年4月19日(土) 19:00〜 シアターΧ


この芝居を見た理由は主に3つある。

・多和田洋子の原作小説が面白かった
・ご贔屓俳優の ともさと衣と立川三貴が出ている
・その日の昼間、別件でシアターΧに行く用事がある

しかし期待値はあまり高くなかった。最大の理由は、多和田洋子の原作小説の面白さを、演劇というスタイルで表現できるとは思えなかったからだ。もちろんそれを基にして、まったく別のテーマとスタイルを持った作品を作ることは考えられるが、それが原作と同等以上のものになるとは思えなかったのだ。
案の定、事前にチェックしたネット上の評判は「居眠りした」「話がわからない」等、ほぼ否定的なものばかり。しかも『犬婿入り』の物語をワイドショー形式で描くスタイルだという。やはりパスしようかと思ったが、その日の昼、いずれにせよシアターXにいるわけだし、割引を見つけて安く見られることにもなったので、やはり見ることにした。


意外にも、これがかなり面白かった。ただし「個人的に いろいろな意味で非常に興味深かった」ということで、決して誰にでも勧められる作品ではない。概して評判が悪いのも無理はないと思った。

驚いたことに、この作品、台詞の9割方が多和田洋子の原作のテキストそのままなのだ。原作上の台詞だけでなく地の文まで、全て台詞として舞台で喋っている。そのため通常の演劇と言うよりは、ある意味リーディング公演に近いものになっている。台詞だけに着目すれば、小説の朗読劇ですらある。しかし一応演劇という形を取っているため、そこに生身の役者たちの様々な身体表現が加わってくる。台詞は原作そのままの小説言葉なのに、身体表現は紛れもない演劇…その奇妙なずれが、原作を黙読したときとは違う新たな印象を生みだし、平面の絵を3D化したような摩訶不思議な面白さを醸し出していく。
ただしそれは原作を読んだ人だけにわかる面白さであり、原作を読まずに、何かファンタジー的なお話だろうと思って見に来た人に評判が悪いのは当然だと思った。原作からして「言葉で書かれたメタ物語」的な企みを持つ、一筋縄ではいかない代物なのだ。そのテキストをそのまま使用しつつ、「25年前に起きた事件をワイドショーで再検証する」という設定や、役者の身体表現によって、メタ物語をさらに相対化していくという実験的な試み。いきなりこの舞台で『犬婿入り』に触れた人が、ストーリーさえよく理解できなかったというのも無理はない。

とは言うものの、途中から少し不安を感じ始めた。確かに面白いけれど、このまま最後まで行ってしまったら、オチがない落語を聞かされたような気分になりはしまいか。最後には、このような実験的な試みに対する、何か一応の結論は示してくれるのだろうか…そんな風に思ったのだ。

皮肉にも、そのような不安が具現化するより前に、後半に入ると、作品全体が急に失速していった。それまでは、僕が読み切れていない原作の新たな可能性を示してくれていた演出や演技が、突然ネタが切れたかのように、凡庸な小説の再現になったり、テキストから遊離した意味不明なものになったりしていったのだ。
具体的には、飯沼太郎の過去を再現するあたりは、テキストに書かれていることをただなぞっているだけで、悪い意味でリアル。ファンタジーと純文学とエロ小説が混ざり合ったような『犬婿入り』の世界が、凡庸なリアリズムへと矮小化されている。その後に続く良子絡みのエピソードは、「このテキストに対して、何故この演出と身体表現?」と理解できないことばかりで、前半の面白さが嘘のように失われてしまう。その不調は最後まで回復することなく、尻すぼみのまま終演を迎えることになる。
最後に、原作にはない不思議なエピローグが追加されている。意味はよくわからないものの、それまでどんどん矮小化されてきたイメージが、ここで一挙に解放され、再び新たな物語が始まるかのような面白さがあった。このエピローグについては、一応の評価は出来る。
ただし後半つまらなくなるもう一つの理由は、最初に提示された「ワイドショーによる犬婿入り事件の再検証」という枠組みが、どこかへ消えてしまうためだ。最初にあのような設定をしたら、また最後にはワイドショーに戻ってくるべきだろう。そうでなかったら、何のためにあんな設定をして、前半その枠組みに則って進行してきたのか、わからないではないか。そこに一度戻ってきた上で、さらにその枠組みを破壊して、あのエピローグに到達すれば、格段に面白くなったはずなのに…


そんなわけで、前半は極めて面白く、後半は急に退屈になるが、前半の貯金で逃げ切り、全体的にはなかなか面白く興味深い作品だった…という評価に落ち着く。

ただし退屈な後半に一つだけ特筆しておきたいシーンがある。それは「女優 ともさともなか(笑)」を演じていたともさと衣が、ゴミ袋をかぶせられてしばらく横たわっていた後、袋を取ると、それまでとは違う衣装、違う髪型で「少女 扶希子」として姿を現すシーンだ。これには思わず鳥肌が立った。まさかあんな衣装替えが行われているとは思っていなかったので、その外連味溢れる演出にも目を見張ったが、先ほどまで派手な女優を演じていたともさと衣が、本当に「少女 扶希子」そのものに見えたのには、息を呑む他なかった。この作品中、最も演劇らしい驚きと感動に満ちたシーンだ。もしあれが無かったら、後半の印象はもっと悪くなっていただろう。数日たった今となっては、あのシーンの鮮烈な感動が、他のシーンの退屈さ全てに拮抗しているような印象だ。


最後に役者について。見る前は、ともさと衣と立川三貴以外知らないと思っていたのだが、幕が開いてみると、宮島健はカフカ三部作などで何度も見ている人だった。名前を覚えていなくてごめんなさい。ともさと衣と合わせて、昨年見た『審判』『失踪者』の出演者が二人もいたわけだ。『犬婿入り』とカフカの文学的親近性を考えれば、ある意味納得のキャスティング。また、瓜生和成もクレネリゼロファクトリーやヒンドゥー五千回などで、何度も見ている役者だった。つまり7人の内4人までが、よく知っている役者だったことになる。これは少々意外な展開だった。
その中で最も光っていたのは、すでに述べたとおり ともさと衣だ。最初に登場したときの派手で脳味噌足りなそうな女優役からして、これまでの彼女のイメージを覆す快演。他の幾つかの役もそつなくこなし、先ほど述べた扶希子としての登場シーンで鮮烈極まりない印象を残す。あくまでも瞬間風速的なものではあるが、あの扶希子登場の瞬間は、これまでに見た彼女の最高の演技かもしれない。
立川三貴も好きな役者なのだが、このキャスター役は、彼が演じる必然性は特に感じられず生彩を欠いていた。見る前は、少々年を食いすぎだが、いかにも獣っぽい彼が太郎役だろうと思っていたので、その点も残念だ。
前面に出ることは少ないものの、塩野谷正幸が不気味な存在感で全体の重しになっていた。宮島健も同様。
重田千穂子は、中盤からみつこ先生役を演じることが多かったのだが、僕が小説を読んだときのイメージと違いすぎて、最後まで違和感が抜けなかった。
太郎役は、ほとんど三宅右矩が演じていたが、これまたどうにもイメージが違う。確かに人物としての飯沼太郎は小市民的なのだが、やはりもう少し動物らしい体臭を持った人にして欲しかった。
瓜生和成は、後半、飯沼良子を演じていたが、何故あの役を男性が演じる必要があったのかまったく意味不明。これは彼の演技と言うよりも演出上の問題だろう。登場人物を考えれば、男優を一人減らして女優をもう一人増やすべきだったのに。
ただ、これは小説を読んだ上での個人的イメージが評価を左右している部分が大きい。あの小説は、まさしく「正解が無い世界」なので、こういうみつこ先生、こういう太郎、こういう良子もあってもいいのかもしれない。その点を考慮すれば、役者陣は概して好演だった。不可解な物語と役柄に対して変に力むのではなく、不可解さを丸ごと受け止めて戯れているような軽さや遊び心が感じられるのが好印象。こういう作品なら、毎回かなり違った解釈や演技で臨むことも可能だろうし、やっていて楽しかったのではないだろうか。


ちなみにこの作品のチケット代は本来4000円。僕はたまたまアーツカレンダーによる割引を発見したので2500円で見られた。個人的には、このリーディングに近い実験的な公演内容なら、2500円から3000円程度が適切で、4000円は高すぎると思う。しかもこの日の19時の公演は、墨田区民を対象にした招待日で、81人が無料招待だった(100人募集して81人しか申し込みが無かったそうだ)。他の招待も含めれば、300席の劇場で、おそらく1/3以上の客がタダ。その一方で、ごく普通に芝居を見に来た演劇ファンは4000円。この落差は、さすがにいかがなものだろうか。


(2008年4月)

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