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02/05/2008

【走】第6回 新宿シティハーフマラソン 2008.1.27

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新宿シティハーフマラソン
2008年1月27日(日) 9:15〜


初めてハーフマラソンというものに出場してみた。ハーフに限らずランニングレースに参加するのは、まったく初めてだ。

ランニング歴自体はけっこう長い。もう15年くらいになる。ただしフィットネスジムのトレッドミルで走るだけ。完全なジムランナー。それも1回の基本は5kmなので、月50km走ればいい方で、ひと月かけて30km走れないことさえある。ランナーと名乗るのもおこがましいヘナチョコランナーである。走ること自体は好きだが、レースに出る気など毛頭無かったし、このまま一生ジムランナーを続けるつもりでいた。

大体42.195kmを走るフルマラソンというものは、あまりにも不自然だ。生物としてのあり方に反している。なるほど狩猟民族なら獲物を追ってかなりの距離を走ることもあるだろう。しかしそれも普通は5kmか10kmではなかろうか。状況によっては20kmくらい走るかもしれない。しかし42.195kmを4時間前後(一般ランナーの場合)で走るなどということは、獲物を獲るためのカロリーと獲物から得られるカロリーの差から考えて、ほとんどありえないことだろう。42.195kmなどという距離を走ることは、人間の自然な姿に反している。いや、人間だけではない。ネコ科の動物やイヌ、クマ、齧歯類などが、そんな長い距離を4時間もかけて走り続けるという話は聞いたことがない。ウマ類やシカ類を除けば、陸上動物としてのあり方に反している。
つまりフルマラソンというものは、人間の発達しすぎた脳が生み出した妄想の成せる業であり、生物本来の姿から言えば、限りなく反自然的な行為なのだ。わざわざつらい思いをして、そんなものに参加する気など全くなかった。

気が変わったのは、昨年東京マラソンのテレビ中継を見たときだ。
あの寒そうな雨の中、どう見ても優れたランナーとは思えない人々や、かなりの年寄りが、当たり前のように走っている。それも実に楽しそうにだ。被り物をしている人もいれば、走りながら携帯で写真撮影をしている人もいる。それを見て、フルマラソンに対する価値観がガラリと変わった。なるほど、市民ランナー参加のマラソンは、ストイックなスポーツとしてではなく、「お祭り」として楽しめばいいのか、と。
そしてとどめになったのは、あとで放送されたニュースだ。各界の有名人も参加していたのだが、その中に自分の大嫌いな某政治家がいて、「いや〜、マラソンなんて選挙に比べりゃ楽なもんだよ」とコメント。これに切れた。確かにそうかもしれないが、こいつに言われると、むかつく。しかもその男が、しっかり完走しているのだ。「こいつに走れるなら、俺だって絶対走れる!」と思ってしまった次第である。

そこで昨年夏から秋にかけて2つの大会に申し込んだ。一つは東京マラソン。もう一つは世田谷246ハーフマラソン。ところが2つとも抽選で落とされた。倍率5.3倍の東京マラソンは仕方ないとしても、世田谷246まで落とされるとは、どういうことだ。仕方ないので、抽選制ではなく「申し込めば即エントリー」らしい新宿シティハーフマラソンだけ走ることになった。もちろん大会は他にも山ほどあるのだが、大抵は朝早くからスタートなので、荒川だの青梅だの横須賀だの、家から遠いところに行く気が起きない。近場で開催される大会というと、ある程度限られる。とりあえず新宿シティハーフを初の参加レースに決めた。


しかしトレーニングは遅々として進まない。11月から12月にかけては、いろいろと忙しかったので、11月の走行距離は40km、12月に至ってはわずか33km。もちろん全てジムのトレッドミル上でのランニング。マラソン出場を舐めてるのかと言われそうな数字である。
1月に入って、ようやく本格的にトレーニング開始。1月の2日、4日、6日にそれぞれ10kmを走り、少なくとも10kmなら、いつも通りの時速11kmペースで問題なく走れることが分かった。問題はそれを21km維持できるかどうかだ。それを知るためには、実際に走ってみるしかない…というところで、風邪を引いた(笑)。そのため1月7日から16日までまったく走れず。このブランクは痛かった。
ようやく17日に復帰して5km、20日に10km、21日に7km。一度くらいはジムではなく外を走ってみなくてはならないが、土日はその時間がなかった、そこで23日にわざわざ代休を取って、朝から走るつもりでいたら…雪が降った(笑)。さすがはTOHOシネマズ、至れり尽くせりですね、総統。
しかもこの週は、異常なほど芝居観劇がつまっていて、22日(火)NODA・MAP『キル』、23日(水)reset-N『繭』、25日(金)劇団桟敷童子『泥花』、26日(土)THE ガジラ『新・雨月物語』といった具合。その合間を縫うようにして、24日に5km、前日の26日は足馴らしで3km走ったが、ついに外では1回も走ることが出来なかったし、ジム内でも21kmを走ってみる時間がなかった。外を走るためのウェアをあれこれ買いそろえたが、その着心地を実際に走って確認することも出来なかった。1月に入ってからの合計走行距離は60km。泥縄で金哲彦の本など読んで、ランニングの基礎知識を仕入れる。何から何まで、準備不足と未経験と泥縄の嵐である。


かくして、20年以上の間10kmを超える距離を走ったことも、屋外で走ったこともない男が、いきなり21kmちょいのハーフマラソンを走ることになった。


とりあえずタイムに関する三段階の目標は以下の通り。
1.1時間50分を切る
2.2時間を切る
3.ともかく完走する

そして走る上での、自分なりのポイントは以下の3つ。
1.深い呼吸を持続すること
2.丹田を意識し、体を常に安定させること
3.自分のペースを超えた走りをしないこと

総じて言えば「いつも走っているスピード=時速11kmを維持したまま、無理せずに21kmを走ること」が最大の目標となった。


新宿シティハーフマラソンは、都心の交通を制限するためか、やたらに朝が早い。9時15分出走。初めてで勝手がわからないので、少なくとも1時間以上前には到着したい。しかし日曜の朝だから、電車で千駄ヶ谷まで行くのに、意外と時間がかかる。その他、朝食の消化の具合とかいろいろ考えて、当日の起床は5時半に決定。早起きが苦手の自分には、これだけで一苦労だ。

26日(土)に前日受付があったので、少しでも当日に精神的余裕を持たせるため、昼前に行って受け付けを済ませる。その後、せっかくここまで来たのだからと御茶ノ水に足を伸ばして神田明神にお参り。「明日はちゃんと走れますように」とお願いする。その後三軒茶屋に向かい14時から16時過ぎまでTHE ガジラの『新・雨月物語』を観賞。終演後、地元のジムで足慣らしの3kmを走り…と前日から過密スケジュールだ。22時半には就寝するつもりだったが、結局23時頃になった。寝る前に軽いストレッチと、15分ほどの坐禅を行う。

午前2時半頃にトイレに行きたくなって起きたら、その後眠れなくなってしまった。寒さのせいか、右の鼻だけがグズグズして、真夜中に何度も鼻をかんだりしていたら、ますます眠れなくなった。少しは寝たのかもしれないが、合計4時間くらいの睡眠だろうか。

そのため朝は寝坊することもなく、目覚ましが鳴る前に起きた。朝食は、クロワッサン2つ、SOY JOY1つ、ウィダーinゼリー エネルギーイン1つ、紅茶(マリアージュフレールのボレロ)をマグカップ一杯。とりあえず体調は良い。

思ったほど寒くはなかったのだが、駅まで自転車を使ったら体が冷え切ってしまった。やはり寒い時期の自転車は鬼門だ。電車に乗ってもずっと寒気が消えず、ガタガタ震えていた。乗客が少ないため、この時間の電車は、中の熱気よりも外部から侵入してくる冷気の方が勝っている。座席に座っていたら、首の後ろ辺りが寒くて仕方なかった。


7時42分頃千駄ヶ谷駅に到着。貴重品は預けないでくださいと書かれていたので、財布などをコインロッカーに入れる。ところがマヌケなことに、PASMOの入った定期入れも一緒に入れてしまった。それでは改札を出られない。仕方ないので一度開けて、また施錠。万が一のための保険に600円は高かった。


到着すると、すでに大勢の人がいた。まずスタンドに入って、計測チップのついたゼッケンをTシャツに付ける。ついでに携帯で何枚か写真を撮る。それが終わってから、着替え用のテント(混雑していてうんざりした)で着替え。その後荷物を預けたのだが、これが「預ける」と言うよりも、自分のゼッケンナンバーを書いて、決まった場所に「置く」だけの代物。確かにこれでは貴重品を入れておくのは危なかろう。

すでに走る格好になったので、ウェアの微調整。特にシューズはしっかりと足にフィットさせないといけない。
ウェアは、上は「長袖Tシャツの上に半袖Tシャツの重ね着」、下は「下着(ブリーフ)とランニングパンツの上にナイロンのトレーニングパンツ」、腰には「ウェストポーチ」、そして日差し除け+寒さ除けの「帽子」と「手袋」、手首には「ランニングウォッチ」。とりあえずは防寒優先の格好だ。しかしこのようなランニングウェアを着ても、ほとんど黒一色になってしまう自分のファッションセンスが悲しい。シューズはミズノのウェーブエリクサー。これだけが白だ。

用意が出来たら、その辺で軽く準備体操。脚の筋肉をよく伸ばす。左脚に若干の痛みを感じるのが不安だ。気温は、やはりそれほど寒くはない。特に陽の当たるところに入れば、暖かいと言っていいほどだ。ただしスタンドの影に入ると、陽が射さない上に強い風が吹いていて、ゾッとするほど寒い。出来る限り、そういう場所に行かないようにする。

8時30分から開会式が始まっているが、そんなものは多くの人と同様無視。8時50分頃、国立競技場のトラックに降りる。別にアスリートを目指したことなどないが、そういう人たちにとっては聖地のような場所だけに、実際に立ってみると、他では味わえない「気」が満ちている。心身が凛とする。確かに、ここには他の場所には無い何かがある。

スタートは、自分の目標タイム別に大体のブロックに分かれて出発する。もちろん速い人の方が前だ。僕は1時間40分〜50分くらいのところに入った。

スタートが近づき、iPod shuffleをセットする。中身はジムでも使っているランニング用の音楽。ハードロックを中心としたノリのいい音楽だ。


9時15分、号砲が鳴る。いよいよスタートだ。先頭集団が走り出すのが見えるが、遠目に見ても呆れるほどの速さ。とてもついていけん。無視無視。今日の目的は、人のペースに惑わされず、自分のペースで走ることにあるのだ。

そのようにして4700人近い人間が走り出すので、後ろの方のランナーは、号砲が鳴ってからスタートラインを超えるまでに少々タイムラグがある。完走証を見たところ、僕の場合はピッタリ1分30秒のタイムラグがあった。スタートラインとなるアーチをくぐったところでストップウォッチを動かす。

iPodから最初に流れて来た曲(shuffleなので流れる順番は自分にもわからない)は、地球上で最も好きな歌の一つ、R.E.M.の「イミテーション・オブ・ライフ」(ライヴ ヴァージョン)だった。この曲が流れ、青く晴れた空を見上げながら走り始めたとき、勝った!と思った。何に勝ったのか自分でもよくわからんが、とにかく今日は確実に良い走りが出来ると確信した。澄み渡った青空の下、国立競技場のトラックで聞く「イミテーション・オブ・ライフ」は、それほどまでに美しかったのだ。

しかし競技場を出るゲートのところで、いきなり大渋滞。歩くどころか、ほとんど止まるようなはめに。事前の情報で聞いてはいたが、何だかなあ… それにこういう混んでいるところは、人に肘を当てられないよう気をつけて走らなくてはならない。

競技場から外に飛び出し、やっと本格的に走り出す。まだ1周目なので、かなり混みあっている。外苑西通りを走り出したら、いきなりホープ軒の豚骨の匂いが漂ってきたのには苦笑。その上ホープ軒の向かい当たりの道路は、全てのコース中最悪のコンディション。アスファルトがでこぼこしていて、うっかりしていると足をくじいたり転んだりしかねない。その後の青年館前の道は上り坂だし、この一帯はレースの後半、本当に辛い場所となった。

スタートから数kmの間、大きな力になったのは、iPodから流れてくる音楽だ。クイーンにツェッペリン、ポール・ロジャースにfra-foa…まるで自分を励ますかのように、とりわけ好きな曲ばかりが流れる。しかも全てライヴ ヴァージョン。極めて快調だ。

最初の1周だけは大回りで、一度外苑西通りに出てから、神宮外苑・絵画館前を回り、外苑東通りへ。そのまま信濃町を抜け、四谷三丁目を左折して四谷四丁目に向かい、御苑トンネルを抜けて明治通りへと至るコース。御苑トンネルの中は、黄色っぽい照明で、何だか幻想的な気分。トンネルの途中に5km地点があるのだが、時計を見ると、すでに29分を過ぎている。目標は27分だが、競技場を出る辺りであれだけのロスがあったのだから、2分程度の遅れは仕方ない。後で何とか取り戻そうと思いながら走る。
トンネルを抜けると、右手に見えてきたのは新宿バルト9。今何を上映しているんだっけと思いながら、通りの向かい側を通り過ぎる。その後高島屋の裏手を通り、代々木駅の横を通り、千駄ヶ谷駅の前を通り、再び競技場の周辺に戻ってくる。その辺りで左足のふくらはぎが痛くなってくるが、何とか騙し騙し走るしかないと腹をくくる。それにしても青山通り手前の折り返し地点は、急な角度でUターンするため足首に負担がかかり、後になるほどたいへんな苦痛になった。

給水所があるのは絵画館前。初めて実際に目にした給水所の光景にビックリ。みんなカップを掴んで、少し飲んでは、まだ水の入ったカップ投げ捨てていく。もちろんそれで問題ないのだが、その結果山のようなカップが辺りにゴロゴロ散乱している。寒風吹きすさぶ中、それを片付けていくボランティアの人たち。こういう人たちがいなければ、大規模なレースなどとても開催出来るものではない。この人たちがいてくれるから、今こうやって走ることが出来るのだ。走りながら、その姿に無条件に感動した。

2週目からは御苑トンネルをくぐらず、四谷四丁目の交差点を左折して、外苑西通りを下り、神宮外苑へと向かい、絵画館前を抜けてまた外苑東通りへと抜ける周回コース。給水所の手前あたりが10kmになるのだが、タイムは56分数十秒で、やはり目標の54分より2分以上の遅れが生じている。5kmから10kmにかけて遅れをカヴァー出来ずに、後半ペースを上げられるのだろうかと不安になる。
ランニングウォッチは、未だにちゃんとした使い方を覚えていないため、正確なラップタイムはわからない。しかし目標タイムさえ自分でわかっていれば、5kmごとのトータルタイムが分かるだけで十分だ。

10kmを過ぎたところで初めて給水所の水を手にする。喉が渇いていたわけではないのだが、できるだけ水を補給するようにという本の助言に従って、この時点で飲むことにした。少しスピードを落として取るのはうまく取れたのだが、飲む方はそう簡単にはいかない。飲もうとすると水が暴れて、口だけでなく鼻にも入ってくる。走りながらカップの水を飲むのは、こんなにもたいへんなことだったのか。水にしておいて良かった。スポーツ飲料が鼻に入ったり、顔を濡らしたりしたら、ベタベタしてえらいことになる。慣れるまでは水だけにしておこう。

少し行って右折すると、沿道で小学校低学年くらいの子どもたちがランナーを応援をしている。手を出しているので、全員とパタパタと手を合わせていく。子どもたちから勇気をもらう。

とうとう10kmを超えた。すでに書いたように、20年以上の間、10kmを超える距離など走ったことがないのだ。それほどのブランクが空けば「10km以上の距離を走るのは初めて」と言った方が正確だろう。今、自分がまったく未知の領域に足を踏み込んでいることを、ひしひしと実感した。

その未知の領域は、少しずつ牙をむき始めた。外苑東通りに入る頃から、ジムでのランニングでは経験したことのない苦しみが襲いかかってきたのだ。太腿前部の筋肉の痛みだ。ふくらはぎの痛みはいつの間にか無くなっていた。足首も痛くない。足の裏も大丈夫。深い呼吸も維持できている。ところが太腿前部の筋肉だけが悲鳴を上げ始め、脚がどんどん重くなってきた。思うように足が動かない。どんどんペースが落ちてくるのがわかる。前半は抜かれた数より抜いた数の方が多かったと思うが、この辺りから、明らかに抜かれる数の方が多くなっていく。

さらにもう一つ問題が発生した。僕は鼻の血管が弱く、朝起き抜けに寒いところに出たり、大きなくしゃみをしたり、強く鼻をかんだりするだけで、簡単に鼻血が出る。鼻血と言ってもドクドク血があふれ出すようなものではなく、多くは毛細血管が切れて鼻水に血が混じる程度のものだが、右の鼻の奥など、ほぼ慢性的に炎症を起こしている。すでに書いたように、この日の夜は鼻の調子が悪かった。そのため10kmを過ぎた辺りから、案の定右の鼻の奥に痛みを感じてきた。毛細血管が切れているのだ。これはジムで走っていても、たまに起きる症状だが、けっこう痛い。鼻なので呼吸にも悪影響を与えかねない。脚の故障に比べればマシだが、非常に気分を萎えさせる。

何とか走り続けるが、かつてない苦しさに少し意識が朦朧としてくる。iPodから流れてくる音楽も、どこか遠くで鳴っているようだ。

しかし本当の地獄は、その後に待っていた。

いつまでたっても、15kmの表示が見えてこないのだ。

時計を見ると、目標の1時間21分はとっくに過ぎている。

もうダメだ。このままでは1時間50分どころか2時間も切れそうにない。太腿前部の痛みはますます激しくなり、脚が鉛のように重くなっていく。まるで夢の中にいるように、体が前に進まない。どんどん人に追い抜かれていく。

相変わらず元気に音楽を鳴らしているiPodが羨ましい。機械になりたいと思った。機械になれば、こんな風に脚が痛むこともない。頼むよメーテル、機械の体をくれる星へ連れて行っておくれ。

しかし次第に、これはおかしいと気づく。いくらペースが落ちているとは言え、56分ほどで10kmを走りながら、1時間40分近くにもなって、まだ15kmに到達しないはずはないのだ。15kmの表示を見落としたのではないかという疑念が、次第にふくらみ、やがて確信に変わる。まだ15kmに到達していないと思いきや、時間から見てすでに18kmかそこらは走っているのだ。あと少し。どんなに長くても、あと30分以内に全て終わるのだ。

12kmから18kmくらいまでの間に、何十回「もうダメだ、歩こう」と思ったことだろう。それでもついに歩かなかったのは、苦しくなるたびに、村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』の最後のフレーズが脳裏をよぎったからだ。


もし僕の墓碑銘なんてものがあるとして、その文句を自分で選ぶことができるのなら、このように刻んでもらいたい。

村上春樹
作家(そしてランナー)
1949-20**
少なくとも最後まで歩かなかった

今のところ、それが僕の望んでいることだ。

そう、少なくとも最後まで歩いてはいけないのだ。寒い中、朝の5時半に起きてこんなところまで来たのは、歩くためではない、走るためだ。太腿の筋肉は痛むが、それは明らかに「このまま走り続けたら、脚に取り返しの付かないダメージを残す」という類の故障ではない。幸い、呼吸の方は信じられないほどよくコントロールできている。
だったら走り続けるんだ。ペースは落ちてもいい。2時間切れなくてもいい。だが歩いちゃダメだ。とにかく走るんだ…そう自分に言い聞かせ、走り続けた。

さすがに3周目になると、歩いている人や、止まってストレッチをしている人がけっこう目立つ。面白いことに、ほとんど全てが若い男性である。自分の体力を過信して、最後までもたなかったのだろう。女性や中年以上の男性は自分のペースを理解しているのか、まず歩いている姿を見かけない。そう、僕も自分のペースを維持して走れば、それでいいのだ。

しかし太腿の痛みが去ったわけではない。ホープ軒前のデコボコが脚に響く。その後ビクタースタジオの前から青年館前にかけての、たかがあの程度のゆるい坂が、地獄の苦しみになる。しかし、もうすぐ終わる。全てが終わるのだ。

神宮外苑前の折り返し地点で、足首によけいな負担がかかり、脚がますます重くなっていく。しかし、あともう少し、もう少し、もう少しのはずだ…

そして給水所手前の角で、ようやく見つけた。20kmの表示だ! 

そこで時計を見たとき、我が目を疑った。頭が朦朧として、何か勘違いしているのではないかと思ったが、どう計算しても間違っていない。
タイムは1時間48分を少し過ぎたくらい。つまり「時速11km/5km=約27分」という目標どおりなのだ。しかし10km地点で2分以上遅れていたのに、20kmで予定通りのタイムになっているなんて、そんな馬鹿な。こんな状態で、後半ペースが上がっているはずがない。多くの人に抜かれたのも幻ではないだろう。
だが何度時計を見ても、どう計算しても、予定通りのタイムだ。信じがたいことに、後半太腿の痛みに苦しめられながら、いつの間にか前半以上のペースで走っていたのだ。それを知った時、疲れ果てた体に突然エネルギーがみなぎってきた。

あと1km。時速11kmなら5分30秒程度だ。呼吸は極めて正常。呼吸に関しては、まだかなりの余力がある。腿の痛みは消えないが、あとは平地なので、何とかなる。給水所の辺りから、ペースを上げた。大丈夫、まだ走れる。平地だから、腿の痛みもそれほど鋭いものにはならない。大丈夫、走れる。走れる。まだ走れる。さらにペースを上げる。どんどん人を追い抜かしていく。

ついに国立競技場の中に入っていく。空が大きく開ける。戻ってきた。戻ってきたのだ。しかしゴールのアーチは、ずっと先で、トラックを1周近く回らなくてはならない。思わず「まだ1周あるのかよ!」と声を出してしまう。しかしそれは声を出せるほど、まだ呼吸に余裕があるということだ。もうゴールは視界に入っている。さらにペースを上げる。残りの力を全部使い切るようにして走り始める。
競技場に入る辺りで、音楽はジョン・レノンの「スタンド・バイ・ミー」になった。ラストスパート向きの音楽ではないが、まあいいやと思う。
そこからは誰にも抜かれることなく、少なくとも十数人を追い抜いたはずだ。まだそこまでの余力があったのか。だったら、もっと前から少しずつペースを上げろよと思う。国立競技場のトラックが、たまらなく心地良い。足の裏にしっかりと大地が感じられる。やはり硬い道路とは走り心地がまるで違う。おかげで腿の痛みも、あまり気にならない。まるで競技場のトラックに抱かれているような幸福感。あのラストスパートの快感は何にも例えようがない。

ついに青いアーチをくぐる。ところが先方にもう一つ白いアーチがあって、スピードを緩めずに、そちらへ走っていく人もいる。今の青いアーチがゴールだと思うが、万が一のことがあるので、一度落としたスピードを再び速め、白のアーチまで突っ走る。
白のアーチをくぐったところでストップウォッチを止める。後でそのタイムと完走証のタイムを比べた結果、やはりゴールは手前の青いアーチだったことがわかった。つまり青から白までの間は、ゴール後のクールダウン区間だったのだ。全力で走って損した。ゆっくり走って、国立競技場との一体感をもっと長く味わえば良かった。

最後に予定外の疾走までしたせいで、思いきり呼吸が乱れ、白いゴールを過ぎたところではさすがに肩で息をしている状態。結果的にクールダウン区間がなくなってしまったせいで、呼吸も脚もかなり辛い。脚がつらないようストレッチした後、皆の後について退場する。ゼッケンに付いたチップをちぎって渡し、参加賞のリュックサックをもらう。他の大会が大抵Tシャツ程度なのに、ここの大会はいつもリュック。しかも普通に買ったら最低でも5000円はしそうな、しっかりしたもの。参加賞としては破格の豪華さだ。ただし今年は色が悪い。去年か一昨年の、オレンジのやつは良かったのになあ。

完走証引替所に行くと、ゼッケンのバーコードをピッと読み取り、プリンターで完走証が印刷される。見た目はそれほどハイテクな感じはしないが、一昔なら考えられないほどの便利さだ。素晴らしい!
完走証のタイムは、号砲から数えた記録で1時間55分26秒。ネットタイムと呼ばれる、スタート地点からゴールまでの実際のタイムで1時間53分56秒。最初の方で書いたように、号砲が鳴ってからスタート地点をくぐるまでにピッタリ1分30秒のロスがあるわけだ。
公式記録としては前者が使われるようだが、それを言い始めると、自分の実力よりも前のゾーンに行った方が得だという話になり、あまり感心しない。アマチュアの実力を測るには、ネットタイムの方を重視すべきだろう。そのネットタイムが1時間53分56秒。時速11kmを維持した場合の目標タイム=1時間54分をほんのわずかながらに上回っている。大いに満足だ。タイムの第1目標は1時間50分以内としたが、時速11kmのペースでは、そんなタイムは実現できない。1時間50分以内はあくまでも「あわよくば」の目標。より大きな目標である「時速11kmのペースを21kmの間維持する」という目標は果たせたのだから文句はない。

念のために言うと、このタイムは記録として特筆するような代物ではまったくない。今年の結果はまだ発表されていないが、このタイムを昨年の結果に放り込んだ場合、「40歳以上男子」の部で完走者961人中649位になる。40歳未満の「一般男子」の部に入れてみると1280人中830位。分かりやすく換算すれば、100人中の65〜66位といったポジションだ。
だがそんな順位は、この際関係ない。今回の最大の目標は、あくまでも「時速11kmのペースを21kmの間維持すること」。それによって、自分がどこまで心と体を正しくコントロールできるかを確かめたかったのだ。レース初出場で、その目的を果たすことが出来たのだ。何も悔いはない。


体のコンディションだが、何度も書くように、腿の前部の痛みに泣かされた。これは多分走るフォームに問題があるのと、下り坂で脚に自重をかけ過ぎたためだろう。やはりこの辺りが、フラットなマシンの上で走っているジムランナーの弱点だ。上り坂はトレッドミルでも再現できるが、下り坂まで再現できるマシンは聞いたことがない。少なくともうちのジムには無い。今後は、坂道の対策と、フォームの矯正が最大の課題になりそうだ。ちなみに腿の痛みは、その後2日間、火曜日まで残って、水曜になったら嘘のように消えた。
しかしそれ以外は自分でも驚くほど好調だった。特に好調だったのは呼吸。高校時代の持久走でハアハア息を切らしながら走っていたのが嘘のようだ。長年のジムランニングで心肺機能が高まったという面もあるだろうが、それ以上に、最近坐禅などの経験を通じて、体が「正しい呼吸の仕方」を会得したのだと思う。この点については大きな自信を持つことができた。呼吸に関してだけなら、今でも十分にフルマラソンを走れる気がする。
鼻の炎症は、最初はかなり辛かったが、途中から慣れてしまって、結果的にはそれほど大きな問題とならなかった。腰や背中も特に痛みはない。アキレス腱やふくらはぎも大丈夫。足にもマメなどはまったく出来ていない。

ウェアについて言うと、上下ともに走りやすく、寒くもなく、特に問題はなかった。ナイロンのトレーニングパンツに不安を感じていたが、まったく問題なかった。
ただし手袋に関しては、「冬場の必需品」ということで使用したが、途中でだんだん暑くなってきて、17〜18kmのところで脱いでポーチに入れた。それ以上の問題は「帽子」で、日差し除けの意味もこめてかぶったのだが、まったく不要だった。頭の回りに汗を掻いて不快になっただけ。しかも手袋と違って、帽子をポーチに入れるのは無理。かと言って手に持って走るのはもっと面倒。仕方なく最後までかぶっていたが、次からは雨風の強い時以外、使わないようにしよう。
そしてシューズ。ミズノのウェーブエリクサーは素晴らしい。以前はナイキのシューズをいろいろ履いていたが、ランニング専用のシューズとしては、エリクサーの足下にも及ばない。これだけ足に優しく、走りやすい靴は滅多にないだろう。ナイキと違い、日常生活で履くにはちょっと…なデザインではあるのはご愛敬。


完走証をもらった後、荷物を探し(膨大な荷物の中から、実質的に自分で荷物を探し出すのだ)、テントで着替え。
そこでシャツを脱ぐと、腹(へその上あたり)が真っ赤になっている。一体何だ?と思って触ったところ、あまりの冷たさにビックリ。自分の肉体とは思えないほど、その部分だけが冷え切っている。おそらく汗が一番たまる部分なので、それがどんどん蒸発して気化熱を奪われ、あんなに冷え切ってしまったのだろう。まるで自覚症状はなかったし実害はなかったが、ハーフならまだしもフルを走った場合、こんな状況では途中で腹をこわしかねない。これも対策の余地ありだ。

相変わらず混んでいてうんざりなテントで着替えを済ませ、外に出る。さすがに体が疲れているのがよくわかった。
ふと見ると、すぐそこでゲストの瀬古利彦がサイン会をやっている。自分でハーフを走ってみて、初めてわかるマラソンランナーの偉大さ。レース初参加の記念でもあるので、『マラソンの神髄』という著書を買ってサインしてもらい、握手もしてもらった。でも瀬古さん、握手するときは、そんな風に人の後ろの状況をチェックするのではなく、握手する相手の顔を見ましょうよ。ちょっとガッカリ。


そんなわけで、人生初のハーフマラソンは終了した。


その後「こんな機会でもないと行くことはないだろう」ということで、温泉に入りに行く。目的地は井の頭線の高井戸にある「美しの湯」。ある人に勧められて、ちょっと気になっていた所だ。考えてみると温泉に入るのも十数年ぶりのことだ。温泉というものにほとんど興味がないせいだが、今回は酷使した体をいたわるのにちょうど良いと思ったのだ。
風呂の内容は、1200円の料金としては妥当なところか。スポーツクラブの経営なので、多少洒落た雰囲気が漂っている。主に外の露天風呂に入っていたが、最初からずっぽりと首の下まで浸かっていたせいで、かえって疲れてしまった。途中から半身浴に切り替え、脚だけ湯に浸けていたりしたが、やはり最初の入浴が効きすぎて、1時間程度いるのがやっとだった。最初から半身浴でダラダラと入るべきだった。やはり僕は性格的にも肉体的にも、長風呂というものが苦手なようだ。とは言え、気持ちよかったことも確かなので、1200円の価値はあった。

風呂から出た後、髪を乾かしながら、鏡に映った自分の肉体を見て溜息が出る。

太りすぎ。

絶対に太りすぎ。

凄いデブというわけではないにせよ、この腹回りの贅肉は問題がありすぎる。21kmも走った後で、何故お腹の肉が下着からプヨンとはみ出しているんだ!

これによって、今後の目標がより明確になった。

1.走るフォームを矯正し、脚に負担がかからない走り方を会得する
2.体重を減らす! 最低でも5kg!!

そもそも1990年頃には、今より10kgほど軽かったのだ。身長はそれほど大きく変わっていないのだから(怖ろしいことに3年ほど前に1cm伸びた(笑)、その10kgは明らかに不要な10kgだ。10kgと言えばペットボトル5本分。5本のペットボトルを背負って何十キロも走るなど、誰にとっても悪夢そのものだろう。ということは逆もまた真なりで、それだけのウェイトを体から下ろすことが出来れば、格段に走りやすくなるということだ。もし今の脚力と心肺能力を維持したまま、パッと10kg余計な肉を落とすことが出来たら、すぐにでもフルを完走できるのではないか。さすがにいきなり10kg減は無理としても、計画的に少しずつ体重を落としていくことは出来るはずだ。1年以内に体重を少なくとも5kg減らす、これを今後の大きな目標としよう。


今の実力では、それなりのペース(遅くとも4時間半以内)でフルを完走する自信はない。

しかし何とかハーフを走れる程度の力はあることがわかった。

これからは時々ハーフや10kmに出場しつつ、日常のトレーニングを時速12kmにペースアップ。来シーズンのフルマラソンデビューを目指すとしよう。来年は東京マラソン受かるかなあ… 

新宿シティハーフには、今後も出続けたい。国立競技場のトラックを、どうしてももう一度走ってみたいからだ。これが人生初の参加レースで、本当に良かった。死ぬ直前、僕は初めて国立競技場を走った時の感動を、確実に思い出すことだろう。それほどまでに、国立競技場のトラックを走る快感は、僕の心を深く捉えてしまったのだ。


とりあえず、次は3月16日に開かれる東京シティマラソンに参加することにした。今度は皇居の回りを走ることになる。しかし参加申し込みをしてから、皇居の回りは意外と高低差があることに気がついた。コースとしては、今回よりもかなりきつそうだ。今度こそ、事前に外でのトレーニングをこなしておこう。
そして終了後は、また温泉だな。今度はどこに行こう? そちらも調べておかなくては。


と言うわけで、2008年は自分の中で「マラソンをして、その後温泉に入る」という新しい趣味を始めた年として記憶されることになりそうだ。


(2008年2月)

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