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02/08/2008

【本】2007年の5冊

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こちらは演劇や映画のベストテンよりも早く書き始めて、何故か途中でストップしていたもの。今更映画ベストテンのような簡略版にも出来ないので、そのままの形で書き上げた。


2007年の5冊

『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(原卓也 訳)
『鷲は舞い降りた』ジャック・ヒギンズ(菊池光 訳)
『進化しすぎた脳』池谷裕二
『禅的生活』玄侑宋久
『走ることについて語るときに僕の語ること』村上春樹


2007年に読んだ本は、再読を含めた述べで79冊。その内2007年以前に読んだことがあるものの再読を除外し(そうしないと毎年チェーホフやシェイクスピアが入ってくることになる)、今年初めて読んだ本の中で深く心に刻まれたものを5冊上げておく。順番はつけていない。これだけジャンルも内容も形式も長さも違う書物に順番を付けるのは、さすがに無理だ。


「お前、今頃読んだのか!」と軽蔑の声が飛んできそうな『カラマーゾフの兄弟』。はい、ごめんなさい。この歳になって初めて読みました。中学生の時に『罪と罰』を読んで以来、うん十年ぶりのドストエフスキーです。
…と書くと、古典としては異例の大ベストセラーとなった亀山郁夫の新訳を読んだと思われそうだが、そうではなくてこれが新潮文庫から出ている原卓也の訳。と言うのも、ここ数年来の古典回帰の一環として、2007年の正月に「今年こそ読むぞ!」と初買いで原卓也訳の『カラマーゾフの兄弟』を買っていたのだ。その時点ですでに亀山訳は第1巻と第2巻だけ出ていたが、まだそれほど話題にはなっておらず「光文社の出している古典なんて当てにならんだろう」という偏見で、新潮文庫の方を選んだ。
しかし久しぶりのドストエフスキーは、耐えられないほど冗長だった。もちろん「反逆」と「大審問官」の章を筆頭に、文句なしに圧倒されるところもあるが、「ここまでくどくど書き込む必要があるのか?」と溜息が出る部分の方が遙かに多い。そういう中にもハッとさせられる描写があったりするのだが、決してスラスラと読み進められる代物ではなく、間に他の本を十数冊挟みながら、3か月もかけて読み終えた。そして読み終えたときは、正直「こんな程度か…」という思いの方が強かった。確かに得るものもあったが、世界文学の最高峰と言われるほどの名作には思えなかった。
ところが読み終えてしばらくした後、本を読んでいた時にイメージした映像が、怖いくらい自分の頭の中に焼きついていることに気がついた。最近は、読み終えた時どんなに面白いと思っても、数週間後にはその感動も内容もほとんど忘れてしまうことが多いのに、この本はそれとまったく逆の道を歩んでいたのだ。終いには、ドミートリイの見た「童の夢」が、僕の夢の中にまで登場してくる始末。この時ばかりは、いかに自分がこの本から強い影響を受けたかを思い知った。内容をよく理解したわけでもなければ、文章を味わい尽くしたわけでもない。しかしそのような通常の読書体験とは違う、無意識に近いようなレヴェルで、何かとんでもない体験をしたのだと思わざるをえなかった。
その後、話題の亀山訳を全巻買いそろえた。4月頃から読み始める予定だ。今度は再読なので3か月もかからないだろう。『カラマーゾフの兄弟』との付き合いは、まだここから始まるのだ。

『鷲は舞い降りた』は、内容も作風も『カラマーゾフの兄弟』と全く違うが、小説というもののもう一つの頂点を極めた作品として上げておきたい。こちらも「お前、今頃読んだのか!」と怒られそうだが、いいんだよ。Better late than never. 勉強というものは、息を引き取るその瞬間まで続くものなんだってば。
冒険小説ベストテンのような企画では必ずベスト1,2を争う古典的名作。5年前に買って、ずっと未読のままだったものをようやく読んでみたのだが、噂に違わぬ面白さに、ただただ感動。ストーリーの面白さはもちろん、陰影に富んだ人間描写は天下一品で、エンタテインメントの鑑と言う他ない。逆らいようもない歴史の大波の中で、自らの信念を全うしようと闘い、その結果あまりにも皮肉な運命をたどっていく人々の姿は、さながらシェイクスピア悲劇の登場人物のようだ。
ジョン・スタージェスが監督した映画は見ていないが、出来はまあまあ程度だと聞いている。マイケル・ケインのシュタイナーと、ドナルド・サザーランドのデヴリンはイメージにピッタリだが、さすがにこの内容を2時間程度に収めるのは無理があったのだろう。大規模なスペクタクルがあるわけではないので、出来ることなら全12時間程度のテレビシリーズとして再映像化して欲しいものだ。

実は2007年に一番興味を持っていたテーマは「脳科学」で、関連の書籍を何冊も読んだが、その中でも特に面白かったのが、池谷裕二の『進化しすぎた脳』だ。最先端の自然科学が、「人間とは何か」「認識とは何か」「世界とは何か」という根源的な問いにぶつかり、哲学の領域に踏み込んでいく様は、悶絶するほど面白い。この世界の広大さと不可解さ、そして人間の知のちっぽけさに、溜息が出る。今後何十回でも読み直し、その「情報」を覚えるのではなく、世界や人間に対する「視野」を徹底的に吸収し、我がものとしたくなる本だ。

そして2007年にもう一つ大きな興味を持っていたのが「禅」で、寺で実際の坐禅も経験したし、関連書籍も何冊か読んだ。その中で特にわかりやすく面白かったのが、玄侑宋久の『禅的生活』。著者は、臨済宗の現役の僧侶でありつつ芥川賞作家でもある人なので、文章がとても平易で読みやすい。しかも実存主義哲学や自然科学の成果も持ち出して、現代人の視点から禅の思想にアプローチしやすいように書かれている。初心者にはもってこいの入門書だ。
前に坐禅に行ったある寺で「仏教とは、いわゆる宗教と言うよりも、武道や茶道に近い、いわば仏道なのです」という印象的な言葉を聞いた。この本もいわゆる抹香臭さは薄めで、著者の意図はどうあれ、結果的には「仏道」に近い世界が示されている。全能の神など存在せず、地上における個人の悟りを目的とした本来の仏教が、「宗教」よりも「道」に近いものになるのは当然のことだろう。心身をコントロールし、人間の生命力を正しく引き出すメソッドとしての禅について、今後もさらに学んでいくつもりだ。

そして2007年の、さらにもう一つ大きな興味はランニングだったこともあり、村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を上げた。ランニングに関する本としてはもちろん、村上春樹という作家の本としても、最高に面白い。
村上春樹の著書は、翻訳やエッセイの一部を除き全て読んでいるが、これほど彼の素顔がよくわかる本は他にない。そこで驚いたのは、これまで村上春樹のことを「書くものは面白いが、性格や思想など、人間的には自分とかなり違う人」と思っていたのに、この本からかいま見える彼の素顔には、驚くほど自分とよく似た部分があったことだ。「え? これは僕の書いた文章?」などとデジャヴのごとき感覚に襲われることもしばしば。村上春樹という人物に対する見方が大きく変化した点でも、貴重な本だ。
ただ一つだけ言っておくと、村上は例の調子で自分のことを「凡庸なランナー」と書いているが、それははっきり言って大嘘。もちろん彼より速い市民ランナーはたくさんいるだろうが、その記録は十分すぎるほど立派なものであり、あれを凡庸と表現したら、真に凡庸なランナーの立つ瀬がない。彼の言う「凡庸」は、せいぜいが「超一流ではない」程度の意味に取るのが正しい。


ここに上げた5冊以外で特に記憶に残ったものとしては、塩野七海『ローマ人の物語/賢帝の世紀』、池谷裕二『海馬』、梨木花穂『西の魔女が死んだ』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、栗山民也『演出家の仕事』、ブロンソンズの『ブロンソンならこう言うね』(笑)などがある。


2008年の目標は、古典ではない現代の戯曲をもっと読むこと。引き続き脳科学と禅の勉強を続けること。上にも書いたように『カラマーゾフの兄弟』を亀山訳でもう一度読むこと。ゲーテの『ファウスト』とガルシア・マルケスの『百年の孤独』を読み直すこと。チェーホフの小説をもっと読み返すこと。シェイクスピア、夏目漱石、三島由紀夫の、まだ読んでいない作品を何冊かずつ読むこと。経済関係の本をもっと読むこと。大体そんなところか。そんなところかと言うより、とても全部は果たせそうにない目標だな。


(2008年2月)

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