【演劇】2007年度演劇ベストテン
風邪を引いたり、その他いろいろとあって、2007年度各種ベストテンの執筆が大幅に遅れてしまった。これからポチポチと書いていこう。まずは演劇部門から。
2007年度演劇ベストテン
1.文学座『かどで』『華々しき一族』
2.世田谷パブリックシアター制作『失踪者』
3.新国立劇場制作『夏の夜の夢』
4.ITOプロジェクト『平太郎化物日記』
5.TPT『スペインの芝居』
6.東京ノーヴィレパートリーシアター『ワーニャ伯父さん』
7.文学座『ぬけがら』
8.グリング『Get Back !』
9.劇団桟敷童子『しゃんしゃん影法師』
10.劇団東京乾電池『眠レ、巴里』
★脚本賞
森本薫『かどで』『華々しき一族』
★演出賞
松本修『失踪者』『審判』『変身』
天野天街『平太郎化物日記』『シフォン』
★主演男優賞
菅沢晃『ワーニャ伯父さん』
★主演女優賞
毬谷友子『スペインの芝居』
★助演男優賞
若松武史『ニュータウン入口』
★助演女優賞
三浦尚子『ワーニャ伯父さん』
★舞台美術賞
新国立劇場制作『夏の夜の夢』
2007年に見た芝居は、同じ作品を2回見た場合も2回と数える述べ本数で69本。
なお、再演作品である劇団桟敷童子『博多湾岸台風小僧』は、上記ベストの選考対象からはずしてある。対象に入っていれば、当然1,2を争うポジションに入ったはずだが、演出その他が初演とほとんど同じなので、同じ作品をまたベストに選ぶわけにもいくまいということで対象外とした。世田谷パブリックシアターの『失踪者』も、『AMERIKA』の3度目の再演であるが、タイトルだけでなく、演出もそれなりに変わっており、出演者もかなり入れ替わっているため、新作扱いとして選考対象に含めた。また劇団桟敷童子のもう1本の再演作品『しゃんしゃん影法師』は「初演を見ていないので新作と同じ」ということで対象に含めた。
良質な作品をたくさん見ることが出来た、充実した1年だった。ここから漏れたものでも、三条会『ひかりごけ』、熱帯倶楽部『デンキ島』、MODE『変身』『審判』、俳優座劇場『壊れた風景』、東京乾電池『授業』および月末劇場の全作品、グリング『ヒトガタ』、ジェットラグプロデュース『夢顔』、THE ガジラ『ヘル』などなど、興味深い作品がたくさんある。むしろ「見るに値しなかった作品」を探す方が難しいくらいだ。自分の好みにあった、非常に効率の良い作品選びが出来たようだ。
一応順位を付けたものの、最初の6本はほぼ同格と言っていい。別に『平太郎化物日記』や『ワーニャ伯父さん』が1位に来ても何の問題もない。こんな作品を1年に6本見られただけでも、芝居を日常的に見てきた甲斐があったというものだ。
衝撃度の高さで、とりあえず1位に置いたのは、文学座の『かどで』『華々しき一族』。2007年は自分にとって「日本の劇作家発見の年」だったのだが、その頂点に位置するのが森本薫。この天才との出会いは、僕にとって2007年最大の演劇的事件だった。
『失踪者』は3回目の上演だが、前回の2003年版に勝るとも劣らぬ出来で、演劇らしい楽しさが満載の素晴らしい作品だ。ぜひとも4回目の再演を望みたい。
『夏の夜の夢』は、今年最高のエンタテインメント作。これほど豪華絢爛で楽しい芝居は滅多にない。シェイクスピア喜劇に対するアレルギーを一挙に打ち砕いてくれたことに感謝する。
『平太郎化物日記』は、その唯一無オリジナリティにおいて2007年最高の作品。天野天街の才能が余すところなく発揮された名作中だ。これも何度でも再演して欲しい。今度再演されたら、最低でも2回は見に行かなくては。
『スペインの芝居』は、知的エンタテインメントとして、「演劇に関する演劇」として、役者、とりわけ宝塚出身の二人の女優(毬谷友子/月船さらら)の演技を思う存分味わえる芝居として、大いに楽しめる。これこそ演劇好きのための演劇だろう。優れた戯曲と優れた役者がいれば、それだけで優れた演劇は成立しうるのだということを証明したような作品だ。
東京ノーヴィレパートリーシアターによる『ワーニャ伯父さん』は、チェーホフの戯曲の魅力を見事に舞台上に再現した作品。お見事です。
最初に書いたように、以上の6本はほぼ同格。「とりあえず付けた順位」にたいした意味はなく、『スペインの芝居』や『夏の夜の夢』や『失踪者』が1位でもまったく何も問題はない。
その6本よりは少し落ちるが、文学座の『ぬけがら』も、万人に勧めたい傑作だ。大林宣彦の映画を彷彿とさせるファンタジーでありながら、最後は人生の苦みを味あわせてくれる。
グリングの『Get Back !』は、『ストリップ』『海賊』の二大名作には及ばないものの、その次くらいには位置するかもしれない傑作。ただ、「今の青木豪なら、これくらいの作品は当然作れるだろう」と思わせてしまうところで、若干ランクが低くなった。再演の『ヒトガタ』も、いかにもグリングらしい佳作。
『しゃんしゃん影法師』は、これまでに見た桟敷童子の本公演としては一番の異色作。『博多湾岸台風小僧』などとは打って変わった静かな叙情性に満ちている。かなり好きなのだが、今年は他にインパクトの強い作品が多すぎて、ちょっと影に埋もれてしまったのが残念。
『眠レ、巴里』は、竹内銃一郎という劇作家を初めて知った記念すべき作品であり、この年の最多観劇劇団(述べ10本)となった東京乾電池の作品であり、ご贔屓の石村みか出演作品であるという3つの理由からランクイン。後に同じ月末劇場で、竹内銃一郎の短編集を見たことで、この作品の価値がますます上がったという面もある。
次点は、やはり三条会の『ひかりごけ』か。本当ならランクインさせなくてはならないクオリティを持った作品なのだが、どこに入れても収まりが悪いという面があって、今回は外してしまった。次点と言うよりは番外と言う方が正しいかも。
なお巷の演劇賞は、軒並みNODA・MAP番外公演『THE BEE』が獲得しているようだが、僕は英語版のみ見ている。しかしこれは観賞時のコンディションが悪すぎた。席は一番前の一番端の方。その位置からだと舞台と日本語字幕を同時に見ることが不可能で、「役者の演技を見るか、字幕を読むか」の二者択一になってしまう。そのため良い席の人に比べたら、同じ芝居から受け取った情報量は半分程度になってしまったはずだ。英語はとても早口で、ヒヤリングで対応するのは困難。せめて先に日本語版を見ていれば、ストーリーや台詞はわかっているので演技を中心に見られたのだが、それも叶わず。さらに、隣の人がずっと喉に痰を絡ませていて、その音がうるさくてうるさくて…(笑)。
もし日本語版と英語版を両方見ていたら、あるいは英語版をもっと良い席で見ることが出来ていたら、僕も高い評価を与えたかもしれないが、これでは評価のしようがない。残念ながら今回は選外とした。まあ、これだけ賞も獲得したのだから、その内再演されることだろう。なおNODA・MAPの『キル』は今週見る。つまり2008年度扱い。
野田と共に評価が高い蜷川作品は、チケット代が高い上に、ほとんどが埼玉での上演なので、歌舞伎座の『NINAGAWA十二夜』以外はまったく見ていない。『エレンディラ』は見たかったのだがなあ…
次に部門賞。
脚本賞は、本来なら新作だけを対象とすべきだが(そうでないと、毎年チェーホフやシェイクスピアが受賞してしまう)、森本薫との出会いだけは特別扱いせざるをえない。彼に加え、今年は竹内銃一郎、松田正隆という三人の劇作家との出会いが、自分の中で非常に重要な出来事だった。彼らの名前は、今後芝居を見る時の大きな指針となるだろう。
純粋な新作(=初演)で言うと、翻訳劇だが、『スペインの芝居』のヤスミナ・レザが筆頭に来る。彼女の戯曲も今後上演されれば必ず見ることになるだろう。
演出賞は、様々なギミックを駆使しつつ、演劇ならではの楽しさを存分に味あわせてくれた松本修と天野天街に。どちらかに絞ろうと思ったのだが、甲乙付けがたかったので仲良く同時受賞。
他に特筆すべきは『スペインの芝居』の天願大介。松本と天野が「足し算」による作品作りで見事な成果を収めたのに対し、彼は「引き算」による作品作りで同じくらい素晴らしい舞台を作り上げている。あの戯曲を上演するにあたり、あんな大胆な舞台配置を行って、観客が否応なしに芝居に参加してしまうような感覚を作り出しただけでも絶賛に値する。
主演男優賞は、文句なしの主演女優賞に比べると際だった人がおらず悩んだが、およそワーニャらしからぬ若々しい風貌で、独特のワーニャを演じきった菅沢晃に。対抗馬は三条会『ひかりごけ』の榊原毅。ただあの人は、演技というよりも、それ以前の「存在感」という言葉の方が適している気がしたので… 『夏の夜の夢』『コペンハーゲン』の村井国夫も凄いものだったが、当たり前すぎてつまらないのでやめた。
主演女優賞は文句なしに毬谷友子。対抗馬は同じく『スペインの芝居』で、大先輩を相手に一歩も引かぬ魅力を魅せた月船さらら。しかしあえて比較すれば、毬谷姉さんの貫禄勝ち。あの歳で、あの可愛らしさは異常だ。同世代の他の女性に申し訳ないと思わないのだろうか。
他に特筆しておきたいのは、『夏の夜の夢』の麻実れい(またもや元宝塚!)、『しゃんしゃん影法師』の板垣桃子、『夢顔』の桑原裕子あたりか。今年は「元宝塚」の年でもあったようだ。
助演男優賞は、半ば反則という気もするのだが、若松武史に。榊原毅同様、あれは演技なのかどうなのかという疑問もあるのだが「今後、彼の出る作品は極力見るようにしよう」と思うほど魅了されてしまった事実を否定することは出来ない。
助演女優賞は、実に見事なソーニャ像を見せてくれた三浦尚子に。
美術賞は、ゴージャスなエンタテインメントを彩った『夏の夜の夢』に。他に目立った作品としては、役者たちの手動で動かす様々な大道具と「透けるドア」を駆使して見事な場面転換を見せてくれた世田谷パブリックシアターの『審判』、手作りのセットで劇場を異空間にしてしまう桟敷童子の『しゃんしゃん影法師』、最小限のセットで最大限の効果を上げていた『スペインの芝居』などが上げられる。
2007年は、どちらかと言うと戯曲中心的な作品に優れたものが多く、僕の方でもかなり文学的なアプローチで演劇に接していた。今年は、もう少し非文学的な側面から演劇というものを楽しんでみたい。
それはそうと、演劇の世界(特に小劇場の世界)は狭いものなので、最近演劇好きの友人も増えてきたのだが、そういう人たちは本当によく見ている。僕は映画と掛け持ち(?)なので足下にも及ばない。年間69本ぽっちの観賞でベストテンを選んでいいのかという気もするが、逆に年間240本も見ているとか言われると「お前、本当にちゃんと働いておるのか」と問い詰めたくなってくる(笑)。演じる方にせよ、見る方にせよ、芝居の世界は様々な意味でディープだということを思い知らされた1年でもあった。
(2008年1月)
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