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11/05/2007

【演劇】あうるすぽっと制作『海と日傘』2007.11.2

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あうるすぽっと制作『海と日傘』
2007年11月2日(金) 19:00〜 あうるすぽっと


豊島区が東池袋に作った劇場「あうるすぽっと」のこけら落とし公演第3弾。初めてあうるすぽっとに行ったが、当然のことながら新しく、とても綺麗なハコだ。約300席という、大きからず小さからずなキャパ。妙に落ち着いた雰囲気が漂っていて、印象としてはどことなく紀伊國屋サザンシアターに近い。その、時代から半歩遅れた感じが、いかにも池袋らしい。

『海と日傘』は、松田正隆が岸田戯曲賞を受賞した1994年の作品。出演は、平田満、竹下景子、関輝雄、山本道子、藤本喜久子、鴨川てんし、頼経明子、大竹周作。演出は文学座の高瀬久男。九州の片田舎で暮らす小説家(平田満)と、余命3か月を宣告された妻(竹下景子)の最後の日々を、ほぼ居間だけのワンセットで描いた物語。

この作品を見たかった最大の理由は、今年、映画『紙屋悦子の青春』と燐光群の舞台『蝶のやうな私の郷愁』を見て、松田正隆という作家に興味を持ったからだ。最近の戯曲は非常に抽象的で難解なものになっているようだが、『海と日傘』は初期の作品で、内容的にも『紙屋悦子の青春』とつながるものがありそうに思われた。

果たせるかな、あうるすぽっとの舞台上に現れたものは、『紙屋悦子の青春』に相通じる劇空間であり、『蝶のやうな私の郷愁』につながる夫婦の静かな愛憎の物語だった。

この作品の最大の見所は、圧倒的な行間の豊かさだ。その点に関しては、『蝶のやうな私の郷愁』も、映画版『紙屋悦子の青春』も、この作品に遠く及ばない。舞台上で目に見えるもの、表面に現れたストーリーの全てが、目に見えぬ行間に奉仕しているかのようだ。
表面的には夫婦の愛情を淡々としたタッチで描いた物語だが、その裏側にドロドロとしたドラマが見え隠れする。最大のクライマックスとなるのは、夫と深い関係にあったらしい女性編集者が家を訪れるシーンだ。それまでじっと抑えていた感情を、初めて爆発させる妻。と言っても、泣いたり叫んだりするわけではない。台詞らしい台詞さえない。自分のお茶を落っことし、そのまま茫然としているだけだ。ただそれだけの行動で、妻が抱えている嫌悪や混乱、それを受け止めた夫と愛人の緊張が強烈に伝わってくる。その前の幕で、かなり太めだが人の良さそうな看護婦に対し「私が亡くなった後は、夫のことを頼みます」とほのめかしていた妻が、自分と同等以上に美しく、自らのあずかり知らぬ所で夫と関係を持った愛人を前にした途端、周りの空気を刃物のように変えてしまう。そのリアルさが恐ろしい。この場面から、妻が見えない日傘を差すまでの下りは圧巻だ。それに続く最終幕、ただ一人残された夫がボソボソと食事をするラストも、単なる悲しみではない、より複雑で苦々しい感情が伝わってきて印象深い。


竹下景子は、五十代半ばという実年齢が到底信じられない可愛らしさ。7年ほど前にテレビドラマを見た時は、かなりおばさんぽくなっていた記憶があるのだが、恐ろしいことに、いつの間にか若返っている。考えてみると、これほど清潔なイメージを維持しながら、うまく歳を取ってきた女優も珍しいのではないか。スケールはもっと小さいものの、吉永小百合の正統な後継者と言って間違いはないだろう。
平田満は、いつも映画などで見る通り。非常に手堅い演技だが、作家らしい雰囲気が希薄なのが惜しい。彼がどのような小説を書いているのか、台詞になくても、雰囲気でわかるくらいの芝居をして欲しかった。
愛人役の藤本喜久子は、台詞上ではだいぶ前から登場するし、極めて重要な役なのだが、実際の登場シーンは5分有るか無しかだったのが残念。濡れた髪をタオルで拭くシーンの妙な艶めかしさは、何故彼女がこの役に選ばれたのかを物語っていたが、基本的に清潔なイメージを漂わせている人なので、この役に最適とは言えない印象も覚えた。


全体的には十分に満足できる作品だが、この戯曲の上演場所として、あうるすぽっとの舞台が広すぎた感は否めない。居間だけでは舞台を持てあましてしまうため、上手に寝室、下手に台所を設置し、かすかに見える程度の紗幕で覆っている。しかしこれはあくまでも舞台の外から声だけが聞こえるようにした方が、想像力を刺激したはずだ。メインの居間も、いくら九州の片田舎とは言え、あまりに広すぎる。そのような間延びした空間が、芝居の濃密さを薄める方向に作用してしまっている。これはやはりスズナリ程度の舞台でこそ真価を発揮する戯曲だろう。とは言え、あうるすぽっとの自主制作企画に対して「あうるすぽっとで上演すべきではない」と言うのも本末転倒。せめて美術セットをもう少し工夫して、空間の無駄を省くことは出来なかったのだろうか。心地良い印象を残す劇場だが、吉祥寺シアターと同様、意外に空間の使い方が難しい場所として、今後、演出家や美術デザイナーを悩ませることになるかもしれない。


(2007年11月)

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