【映画】『河童のクゥと夏休み』21世紀日本映画の最高傑作
原恵一が脚本・監督を手がけたアニメーション『河童のクゥと夏休み』。
この映画の内容について、具体的なことを書く気は、まったくない。
いや、それは嘘だ。
書く気がないのではなく、書くことが出来ないのだ。
具体的なことを細かく説明しながら、この映画の素晴らしさを満足いくように表現するなど、自分の筆力の及ぶところではない。どんなに苦労して書き上げたところで、実際に映画を見れば、その何百倍にも及ぶ感動が得られるのだ。この暑いのに、そんな無駄な努力をしても仕方がないではないか。
この作品は、公開前から「本年度ベストワン級の名作」「E.T.を超える感動作」という評判を耳にしていた。その形容は必ずしも間違いとは言えない。
だが、僕にとって、この映画は本年度ベストワンどころの騒ぎではない。少なくとも21世紀に入って作られた日本映画のベストワン、これまでに見た全ての日本映画においても間違いなくベストテンにランクされる。
一見子供向けアニメの装いをまとっているが故に、多くの人が、リアルタイムでは作品としての価値を正確に位置づけられないことだろう。しかしこれから20年30年経ったとき、この映画は『七人の侍』『東京物語』『西鶴一代女』といった古典的名作に連なる日本映画のマイルストーンとして語られることになるに違いない。いや、そうならなくてはいけない。
一口に良い映画と言っても、様々な基準がある。主なものは実験性(前衛性)、映像表現、そして物語といったところか。それぞれの基準において、それぞれに優れた映画がある。では『河童のクゥと夏休み』は、一体どのような点において優れているのだろう。
まず実験性について言えば、さほど語るべきものはない。内容もテーマも語り口も、どちらかと言えばオーソドックスだ。子供にはわからないであろう暗喩も見受けられるが、大げさに誉め称えるほどではない。強いて言うなら、これほど作家性の強い内容と、子供向けアニメにしか見えない装いとのミスマッチが、もっともアヴァンギャルドな点だ。
映像表現について言うと、構図や編集など、映画としての基本的なクオリティは極めて高い。息を呑むほど美しい絵柄もしばしば見られる。しかし基本となるセルアニメと、川の水などに使われているCGがうまくマッチしていないなど、気になる点も見受けられた。そのような技術面に関しては、さすがにピクサーやスタジオジブリの作品に及ばない。非常に優れてはいるが、最高級とまでは言えないといったころだ。
『河童のクゥと夏休み』が絶賛に値する最大の理由、それは実験性でも映像表現でもなく、物語の豊かさにある。
たまに「良い映画とは、人間の真の姿を描いた映画だ」というような言葉を聞く(「映画」が「文学」になることもある)。それだけが絶対的な価値基準だとは思わないが、十分条件としてなら的確なフレーズだろう。
その点、「人間」というものの姿を、これほど豊かに、繊細に、そして多角的に描ききった映画は滅多にない。
人間という存在が持つ、美しさと醜さ、優しさと残酷さ、勇気と臆病さ… それらの要素が同じ人間の中に同居し、年齢や状況に応じて、時にはその場のちょっとした気分によって、どんな風にも変化してしまう危うさ。多くの罪悪は、決してどす黒い悪から生まれるのではなく、羞恥心や虚栄心や好奇心、あるいは孤独感や想像力の欠如など、ほんのささいな心の動きから生まれるものであり、それが結果的に、他者の心や体を深く傷つけてしまうのだという事実。
それら全ての人間描写が、痛いほどリアルだった。時には自分がそんな人間の一人であることが恥ずかしくなり、時にはそんな人間でも他者に優しい心を抱けるのだという感動に心を揺さぶられた。
特に注目すべきは、河童という異物が日常にやってきた時の人々の反応と、それによって引き起こされる状況の、異様なまでのリアルさだ。この手のお話は、『E.T.』をはじめ洋画邦画を問わずしばしば作られているが、本作のリアリティは革命的という言葉に値するものだ。少なくとも日本映画で今後この手の話を作る場合、『河童のクゥと夏休み』が達成したリアリティに意識を払わなかったら、その映画は子供だましのそしりを免れまい。似たようなことは、かつて金子修介/伊東和典/樋口真嗣による平成ガメラが登場したときにも起きたが、本作の革命度はそれを遙かに超え、ガメラシリーズさえ一挙に古臭いものにしてしまう力を持っている。
冗談でも何でもなしに、その人間描写の鋭さとリアリティは、先述した黒澤、小津、溝口らの最高の映画に比肩しうるものだ。
前評判で引き合いに出されていた『E.T.』は、確かにストーリー面でよく似た部分がある。しかしそれだけに、この映画と比較してしまうと、その人間描写がいかに単純なもので、物語に奥行きが欠けていたかが、残酷なほど露わになってしまう。『E.T.』は決して嫌いな映画ではない。と言うよりけっこう好きな映画なのだが、『河童のクゥと夏休み』を見たら、『E.T.』が急に子供だましの映画に思えてきたから恐ろしい。
もしこの映画に最も近い作品を1本上げろと言われれば、僕は『E.T.』ではなく、テレンス・マリックの『ニュー・ワールド』を上げる。あの作品から超絶的な映像美を取り除き、その代わり誰にでも理解しやすい物語性と細やかな人間描写を加えると、ちょうどこんな作品になるのではないか。詳述はしないが、物語やテーマの面で共通する要素は極めて多い。
その子供向けアニメとしての装いゆえに、鑑賞対象から完全に外している映画ファンも多いことだろう。しかし、どうかパッと見の印象や硬直した価値観にとらわれることなく、何としてでもこの映画を見て欲しい。劇場が無理なら、DVDでもいいから、必ず見て欲しい。
同時期に公開されているピクサーアニメ『レミーのおいしいレストラン』で、料理評論家アントン・イーゴがラタトゥイユを食べた時の驚きと感動を、僕はこの映画を見ることで味わうことが出来たようだ。
イーゴは映画の中で、このような台詞を言う。
「評論家も、時には冒険をする。多くの人々は未知のものに対して保守的で、まったく新しい才能が登場すると、それを拒絶し、時にはつぶしにかかることもある。評論家の重要な使命は、そのような才能を擁護し、育てることだ。誰もが芸術家になれるわけではないが、誰が芸術家になってもおかしくはないのだから…」
僕もイーゴを見習い、冒険をしなくてはなるまい。
その目的は、さしてヒットをしているわけでもない、子供向けアニメの装いをまとった、この映画に正当な評価を与えることだ。
最後にもう一度言おう。
『河童のクゥと夏休み』こそ、21世紀の日本映画が生み出した最高傑作なのである。
(2007年8月)



Comments
もう、嬉しくて涙が出るレビューです。
ほんとうにこの映画は革命的な素晴らしさ。
とりわけ物語の豊かさには言葉を失います。
謙虚にその事実を受け止めたいです。
Posted by: えい | 08/17/2007 at 12:40
えいさん、ありがとうございます。
僕は東久留米もさることながら、遠野を訪れてみたくなりました。
Posted by: ぼのぼの | 08/17/2007 at 15:34
蛇足ながら一筆。
「21世紀の日本映画最高傑作」とブチ上げるにあたって、適当に大言壮語するわけにもいかないので、この10年ほどの日本映画で『河童のクゥと夏休み』と肩を並べうる日本映画をリストアップしてみた。結果は以下のような感じ。
『CURE』(1998)
『ナビィの恋』(2000)
『回路』(2000)
『リリィ・シュシュのすべて』(2001)
『誰も知らない』(2004)
『運命じゃない人』(2005)
もちろんどこに重点を置くかで評価は変わってくる。たとえば映画的な実験性を重視すれば、明らかに黒沢清の2作の方が上だろう。しかし様々な価値を総合して、多くの人の心を強く揺り動かす力、映画の古典として語り継がれる可能性では、『河童のクゥと夏休み』の方が上だろう。また黒沢の2作と『ナビィの恋』は20世紀の映画なので、厳密に21世紀に限れば、躊躇なく『河童のクゥと夏休み』を最高傑作に上げることが出来る。
その過程で、ここ10年ほどの日本映画の主なタイトルをざっと見直したのだが、意外なほど小粒な作品ばかりなのに驚いた。前述の作品群も、決して多くの人に見られたヒット作とは言い難い。強いて言えば『誰も知らない』が興業的にもそれなりに当たったくらいか。
全体としては、興行的なヒット作と芸術的に高いクオリティを持った作品の乖離が激しい10年間だったように思う。その高いクオリティを持った作品の中でも、古典として語り継がれそうなものは極めてわずかだ。キネ旬のベストテンを見ても、たとえば2001年のベストワンである『GO』など、今ではあまり語る人もない映画だ。確かにあの年「最も活きのいい映画」であったことは確かだが、鮮度命の映画ゆえ、賞味期限は意外なほど短かったようだ。
上記以外にも、個人的に愛してやまない映画は何本もあるが、どれも小粒だったりマニアックだったりする印象は免れず、同時代の外国映画や、1970年代までの傑作に比べると、見劣りするのは否めない。日常的に日本映画を見て楽しんでいるので、その鳥瞰図には、いささか意外な感じがした。つまり佳作〜傑作レヴェルは数多く生み出されていて平均点は高いが、歴史的な名作は極めて少ない、とりわけ芸術性と娯楽性のヴァランスが撮れた作品が少ないということか。
そうなると、宮崎駿という人が、いかに希有な存在かがわかるが、個人的には『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』の2作はあまり高く評価していないので、とりあえず横に置いておく。
ともあれ『河童のクゥと夏休み』のように、芸術性と娯楽性を兼ね備え、人間の細やかな感情と歴史の巨大な流れを同時に描ききったような作品が、これからも生まれてくることを願ってやまない。
Posted by: ぼのぼの | 08/17/2007 at 15:35
あ、『花とアリス』(2004)を入れ忘れてた。
Posted by: ぼのぼの | 08/17/2007 at 16:29
はじめまして
私が一番感動したのは「父ちゃん、ごめん 俺人間の友達ができたよ」というシーンです。その後、風が川面を吹きます。これは僕の推測なのですが、この風はきっとクゥのお父さんが吹かせたのではないかと思います(龍を呼んだ時と同じように)。「謝ることなんか無いんだよ。 人間の友達ができてよかったね」という意味を込めて。そう信じたいです。
お父さんを人間に殺されたクゥが「人間の友達ができたよ」と言ってくれて本当に嬉しかったです。
Posted by: 大学生 | 08/19/2008 at 22:14