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04/20/2007

【演劇】劇団 東京乾電池×ノックアウト『海辺のバカ』2007.4.9&4.11

Umibaka


劇団 東京乾電池×ノックアウト 通年ワークショップ修了公演
『海辺のバカ』キャストB
2007年4月9日(月)19:00〜/4月11日(水)18:00〜 シアターIWATO


上に書いてあるとおり、東京乾電池とノックアウト(主に東京乾電池と宇宙堂の役者をマネージメントしている会社)が開催していたワークショップの修了公演である。普通の公演ではないので、観客のほとんど全ては、出演者の知り合いや関係者で占められていたようだ。
出演者のほとんどは、役者ではなく「役者志望」、または単に演劇に興味があるだけの若い人たち。僕が知っているのは、プロの役者である石村みかだけだ。逆に言うと、10年以上のキャリアを持つ石村が何故ここに参加しているのか、そちらの方が不思議なのだが、あまり詳しい事情は知らない。彼女はノックアウトに所属しているので、そちらの絡みもあったのだろう。

出演者は総勢41人。それがキャストAとキャストBの二つに分かれて公演が行われる。登場人物は21人もいるので、大人数でのワークショップには適した作品だろう。このワークショップのために作られた戯曲かと思いきや、元は東京乾電池が2000年に公演を行った作品で、2005年にもワークショップの題材に使われたことがあるようだ。作・演出は、東京乾電池の団員である加藤一浩。


入場時にもらった案内には、以下のような言葉が書かれている。

「海辺の喫茶店とその隣の土地を舞台に、だらだらと時間がすぎていくようでいて、クライマックスの連続であるような、説明されているようで、何も説明されていないような、21人の登場人物のごった煮の群像悲喜劇が繰り広げられます」

大体、この説明から想像されるとおりの内容だ。特に「説明されているようで、何も説明されていないような」という下りは、まさにその通りで、それぞれのドラマ展開かなり不条理。何が起きているのかはわかっても、何故そうなったのかは見る者が想像するしかないようなエピソードの連続だ。ごく普通のドラマを期待して見にいったら、退屈かつ理解不能だろう。11日には、観客が3人ほど途中退場したが、その気持ちはわからなくもない。

ただ個人的には、決して嫌いな内容ではない。この手の「だらだらと時間がすぎていくようでいて、クライマックスの連続であるような」時間感覚は、小劇場でたまに見かけるものであり、最近見たもので言えばヒンドゥー五千回という劇団の芝居が、ちょっとこれに近い感じだった。最初からそういうものだと納得した上で見ていれば、けっこう面白い戯曲だと思う。最高に良い表現をすれば、ロバート・オルトマンの脚本をデヴィッド・リンチが演出した映画のようだ(まあ、さすがにそこまで凄いものではないが)。
2回見ても理解不能な部分や気がつかなかった部分は山ほどあるが、そもそも物語の因果関係を完全に理解することが重要な芝居だとも思えない。その奇妙な空気感や登場人物のねじれたコミュニケーションを楽しめば、それでいいのではないだろうか。

問題は、その戯曲を具体的な芝居として表現する役者である。これについては「しょせんワークショップの修了公演」と言う他ない。全員がダメなわけではなく、面白い個性や魅力を見せている人もいるのだが、台詞をただ「読んでいる」だけのような人も多く、レヴェルにばらつきがありすぎた。正直言って、下手な人の演技が続く場面を見ているのは、かなりの苦痛だった。

その中で、良かった人、印象に残った人だけ何人か上げておこう。
児玉滝彦を演じた奥山滋樹、ヌボッとした雰囲気がなかなか面白かった。
自主映画の助監督役の白木朋子、ハキハキした台詞の発音が気持ち良い。
塗装屋の矢内文章は、非常に自然でしっかりとした演技。この人は『エンジェルス・イン・アメリカ』などに出ているプロの役者? だったらうまいのも当然か。
経営コンサルタント役の丹羽慎吾、いかにもいそうな内気なキャラを、おそらくは地で演じている。
児玉ツツミの恋人を演じた武市行広、これが演技なのか地なのかよくわからないのだが、あの気色悪い感じは、さすがに印象に残る。


そしてもう一人。言うまでもなく石村みかだ。
彼女の演じた児玉ナナミはキャスト表の一番最初にクレジットされており、中心的なキャラクターという扱いらしい。出番が格別多いわけではないが、滝彦と共に、ナナミが物語の中心部に位置していることは間違いない。
石村の演技は相変わらず素晴らしいもので、他の大多数の人たちとの差が歴然としていた。そのレヴェルの差があからさますぎて、時には若い役者志望たちがかわいそうになるほどだった。ただ姿を現すだけで役者らしいオーラが漂い、舞台をパッと華やかにしてしまうのだから、具体的な演技以前の問題で、端から勝負にならない感じだ。
特に良かったのは、前半いかにもうらぶれた雰囲気だったのが、終盤で見違えるように生気を取り戻す変貌ぶり。最初に現れたときは「いつからこんなにオバサン臭くなったんだ?」とギョッとしたが、それだけに終盤でいつもの明るさと可愛らしさを取り戻した姿は、眩しいほどに輝いていた。

とは言え、そんな姿を素直に喜べないのが残念でもある。石村の実力を考えれば、やはり役不足の感は否めないからだ。
今回のワークショップは仕事としての出演ではないから、公演の規模がマイナーだとか、そんなレヴェルでどうこう言っても意味はない。しかし彼女ほどの優れた才能とキャリアを持った女優が、これ以降舞台出演の予定がないとは、どういうことなのだろう。ネット上で過去の出演作の感想を調べても、石村の演技は常に好評だし、劇団の関係者からも評価が高いようだ。それなのに、なぜ具体的な出演の話がどんどん入ってこないのか、実に不思議だ。様々な事情はあるのだろうが、何かが間違っていると思わずにはいられない。
彼女がこの1年間に仕事として出た舞台は『書く女』と『デンキ島』の2本。『書く女』は、作品の格や公演の規模については文句なしだが、出番は決して多くないので、彼女の演技力がフルに発揮された作品とは言い難い。『デンキ島』は彼女の魅力が十分に生かされていたし、内容的にも良かったが、いかんせん公演の規模が小さい。小さな芝居でも年に5〜6本ペースで出るなら話は別だが、年に2本の内の1本としては少し寂しいものがある。
MODEと石村の決別はやむを得ないことだったとしても、それが現在のところ、どちらにとっても最良の結果に結びついていないのが残念だ。石村を失ったMODEが大きな魅力を失ったのは当然だが、MODEから離れた石村が、その実力に見合った役を得られずにいるのは歯がゆいかぎりだ。

何とか時間の都合をつけて最終日にもう一度見に行ったのも、石村の芝居が当分の間見られそうにないためだ。しっかり目に焼き付けてはきたが、もっと本格的な舞台で、彼女の魅力を存分に味わえる日が来ることを願ってやまない。

なお最終日は、9日の公演よりも全体に歯車が噛み合った感じで、良い意味で見やすい舞台になっていた。


(2007年4月)

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