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03/02/2007

【演劇】トノチョ'『ミセモノ〜偽物にはなりたくない〜』2007.3.1

Misemono


トノチョ'『ミセモノ〜偽物にはなりたくない〜』
2007年3月1日(木) 19:30〜 中野ザ・ポケット


この作品は、ブログまたはmixiなどのSNS上で劇の感想を書いてくれる人を「ブロガーご招待」としてタダで招待するという、恐ろしく太っ腹なことをやっている。もちろん慈善事業でやっているわけではなく、それによってネット上の劇団情報を増やし、次の公演に結びつけたいという考えだろう。その発想自体はまことに正しい。しかし、それは非常に危険な賭けでもある。芝居が面白ければよいが、もしつまらなかったら、悪評が一挙にネット上に広がるはめになるからだ。小さな劇団にとっては、自殺行為にも等しい。
それくらいは、さすがに主催者もわかっているはずだ。その上で賭に出ると言うことは、ある程度の勝算があるに違いない。つまり面白い可能性が高いということ。では見に行こうではないか…と、ブロガー招待を申し込んで出かけていった。もちろん僕は、招待だからといって評を甘くするようなことはしない。


開演前に、上映時間2時間と聞いた時には、夕食を食べていなかったのでげんなりした。ところが始まってみると、意外なほどの面白さで、空腹など忘れて引き込まれてしまった。

ある劇団の作家/演出家が、役者の一人に「あんたの書く芝居は偽物だ。偽物のミセモノだ!」と批判されたことにショックを受け、次の企画として考えていたヤクザの物語をリアルなものにするため、何と実際にヤクザの組に入ってしまう。そこで知り合った人々との間に繰りひろげられる、可笑しくも悲しいドラマを描いた作品。

弱肉強食(本多英一郎)という名の珍妙な殺し屋を筆頭に、大いに笑える要素と、リョウ(竹井シュウイチ)の謎の行動を軸にした、切ないラヴストーリーの要素が交錯する。それだけならありがちかもしれないが、時々時間軸が分解されては、また集合する語り口が、なかなかユニークだ。
また、主人公はリアルなヤクザの物語を芝居というフィクションに置き換えようとするが、そのフィクションをリアルなヤクザの家族が演じることになったり、リアルで実現できなかったハッピーエンドをせめて芝居の中で実現させようとしたり、考えてみれば、この物語全てが芝居というフィクションであったりと、虚実をめぐる二重三重の入れ子構造になっている点も興味深い。序盤で提示される「リアルってどういうこと?」という台詞が、最後まで通奏低音として流れ続け、メタ演劇の様相すら見せている。

コメディとして見ても、屈折したラヴストーリーとして見ても、虚実をめぐる複雑な構造を知的に分析しながら見ても面白い。また、それらの全てを引っくるめて「青春もの」として楽しむことも出来る。そんな青春ドラマ的な内容と言い、群像ドラマに近い構成と言い、時間軸の解体と言い、先日見た熱帯倶楽部の『デンキ島』に奇妙に似通った部分を持っている。

もう一つ特筆すべきは役者たちの好演だ。知っている役者は、インベーダーじじいでお馴染みの若狭ひろみと、映画『ひまわり』が印象強いボブ鈴木だけだが、総勢16名、皆それぞれキャラが立っている。

中でも印象に残るのは、弱肉強食を演じた本多英一郎だ。完全なコメディリリーフなのだが、ここまでのオーバーアクトをしながら、見る者を白けさせることなく笑わせてしまうのは凄い。ポイントは傑出した身体能力にある。様々なアクションをすんなりと自然にこなしてしまうため、見る者に「馬鹿馬鹿しい」という醒めた思いを抱かせないのだ。これは、実はなかなか出来ることではない。他の芝居でこの手の演技を見ていると、役者がアクションをしくじって気まずい顔をしたり、自分で自分のジョークににやけたり、ジョークが受けないため戸惑ったり、何らかの形で「演技をしている」という空気が伝わってしまう瞬間がある。見る方は、そこで芝居の世界から醒めてしまうわけだが、この人はあれだけのオーバーアクトを続けながら、そんな演技のほころびがまったく見えない。おふざけを完璧に演じるには、おふざけの対極にあるシリアスさが必要なことを、雄弁に物語っている演技だ。

他ではボブ鈴木が、実年齢36歳とは思えぬ貫禄で、組長役を見事にこなしていた。台詞にもあったが、深くて通りの良い声が魅力的だ。
春生役の服部紘平、リョウ役の竹井シュウイチも、シリアスとコメディの二つの側面を自然に演じきっている。
幸子役の西川綾乃は、とてもスタイルが良く、立ち居振る舞いの美しさに魅了される。
弱肉強食と並ぶキレたキャラクター阿久津を演じたYOHも、かなりの迫力。大柄で手脚の長い肉体を隅々まで狂気で満たし、見る者に強い威圧感を与えている。
インベーダーじじいの若狭ひろみは、見せ場が少なめなのが残念だったが、彼女独特のかったるそうな台詞回しが、面白いアクセントになっていた。しかしこの人、インベーダーじじいのHPでなるせゆうせいが書いていたとおり、見れば見るほどラマとかアルパカとか、その手の動物を想起させるのだが、何故だろう?

全員は書ききれないが、他の役者もすべて魅力的。16名の役者が出てきて複数の役を演じながら、無能な役者も不要な役も見あたらない。そんな芝居としての基本的な部分が、しっかりと出来ている。そして何よりも脚本の完成度が高い。強いて言うなら、視覚的に惹きつけられる部分が少ないのが残念だが、これならちゃんと料金を払って見ても十分に満足できる内容だ。それをタダで見せてもらったのだから、感謝しなくては。


というわけで、先日の『デンキ島』に続く、思いがけぬ拾い物だった。


しかしこういう拾い物的芝居を見るたびに、これが世の中の圧倒的大多数の人にとっては存在すら知られぬもの、そして二度と再現されることなく、この世から消えていくものであるという事実に、軽い目眩を覚えてしまう。映画なら、一度作られてしまえば、どんなにつまらない作品でも、大抵はレンタルビデオ屋に並び、テレビで放送され、延々と使い回される。その過程で、たまたま見た人に何らかの感慨を催させることもある。しかし芝居は一度公演が終わったら、もうそれっきりだ。二度と同じものは生まれてこない。
「この芝居は、あの映画より面白いのに、このまま消えていくのはけしからん」といったレヴェルの話ではない。映画と芝居は、一見似通った外見を持ちながら、再生が可能/不可能という観点からすると、決定的に違う芸術であることに、時々慄然とさせられるのだ。それは輪廻転生が約束されている人生と、二度と再生できぬ一度きりの人生が、どれほど違うものかを考えてみれば分かるとおり、不条理なまでに大きな違いだ。
もちろん、やっている方も見ている方も、そんな一期一会故の緊張感と宴の後の悲しさがあるからこそ、泡のようにはかなく消えていく芝居なんぞを愛しているのだろうけれど。


(余談)

終演後、食事をするため中野の北口に向かったのだが、何通りと言うのだろう? ブロードウェイ通りよりも一つ東寄りの、飲食店が建ち並ぶ通りに足を踏み入れたら…いるわいるわ、リアルヤクザ(^^;)。まだ中野武蔵野ホールがあった時分、あの通りを夜に通ったことなら何度もあるのだが、未だかつてあんなに大勢のリアルヤクザがたむろしているのは見たことがない。六本木の抗争をきっかけに、今そちらの世界は何かと騒々しいのだろうか? 一般人に害を及ぼしそうな気配はまったくなかったが、それでも6〜7人が通りの両側に立って、何故かこちらを見ていたときは、さすがに焦った(^^;)。視線をそらすため、思わず携帯を取りだして、それをいじりながら通り過ぎてしまったよ(笑)。そういう方々のリアルな姿(?)を見るのは、芝居の中だけでいいです(^^;)


(2007年3月)

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