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02/18/2007

【映画】『紙屋悦子の青春』あの食卓に人魚の肉はないようだが…

Kamiya


黒木和雄監督の遺作だが、実は黒木作品は『美しい夏キリシマ』(傑作)しか見たことがない。この映画に興味を持った大きな理由は、原作者が、昨年燐光群の公演で見た『蝶のやうな私の郷愁』の松田正隆だったからだ。奇妙な組み合わせに思ったが、実は『美しい夏キリシマ』は松田と黒木和雄の共同脚本だったそうだ。晩年の2作品(この間に『父と暮らせば』がはさまる)が松田絡みなのだから、黒木監督もよほど彼の才能に惚れ込んでいたのだろう。

1945年春、敗戦まであと少しという時期の鹿児島。父母を戦災で亡くし、兄(小林薫)と、同い年の親友である兄嫁(本上まなみ)と共に暮らす悦子(原田知世)。彼女に栄与少尉(永瀬正敏)との縁談が持ち上がる。縁談を持ってきたのは明石少佐(松岡俊介)だが、彼は悦子に思いを寄せているし、悦子も同様である。しかし特攻隊として間もなく沖縄に向かうことにっなている明石は、その思いを断ち切り、悦子を親友である栄与に託そうとしていたのだ。それを理解した悦子は明石への思いをそっと胸に秘め、栄与もまた、そんな二人の思いを静かに受け止める…

出演者は以上の5人のみ。舞台はほとんどが紙屋家の居間に限定されている。悦子の両親も見えざる重要な出演者だが、台詞の中に登場するのみで、回想シーンなどは描かれない。予備知識無しでも、元は舞台劇だろうとわかる内容だ。
前半は、それがマイナスになっている部分もある。特に冒頭の病院屋上シーンは、中途半端な長回しがいきなり眠気を誘うし、原田と長瀬の老け作りがあまりにも不自然でガッカリした。舞台よりもリアリズムが重視される映画で、あれはないだろう。
他にも「映画としてはつなぎ上どうしても必要だが、舞台ならば不要だし、その方がテンポがいいはずだ」と思えるカットが散見された。明石と栄与のユーモラスなやり取りも、客席の笑いがそのまま場の空気に反映される舞台の方が面白いに違いない。

しかし中盤からは映画ならではのテンポが確立され、素直に物語に引き込まれていく。過剰な要素は何一つ無い。最近で言えば山田洋次の『武士の一分』と同じように、これ以上切り詰められないところまで切り詰めた上で、核心にある最上のものだけを差し出す、まるで水墨画や精進料理のような表現だ。どちらの作品でも、人と人とのつながりを表すモチーフとして、「食事」が極めて重要なポジションを占めている点が興味深い。
特筆すべきは川上皓一の撮影だ。何しろ舞台はほとんど居間に限定されているので、一つ間違えば居眠り確実の作品になってしまう。それを構図の変化やカメラの移動によって、画面にさり気ない変化を付けることで救っている。まさしく匠の技。

二人の男が紙屋家を訪れ、途中で明石が姿を消し、栄与が不器用ながら悦子への思いに伝え、悦子もそれを受け入れるまでの展開は、感情の流れが実に自然で、松田正隆による台詞の素晴らしさが冴えわたっている。その後に続くのは、沖縄に向かう前夜の明石の再訪と、明石からの手紙を携えて来た栄与の再訪…全てわかり切った展開であり、似たような物語はこれまでに何百何千と作られてきたはずだ。しかし磨き抜かれた表現技術によって、手垢のついた物語が、今生まれたばかりのような新鮮さで輝いている。

この映画を見れば、誰しも戦争の理不尽さに憤りを覚えるだろうが、決して声高に反戦のメッセージが語られているわけではない。その物静かさ故に、戦争は「個人の力ではどうにもならない巨大な力」の象徴となり、それがこの物語を、より普遍的なものに高めている。

大声で叫ぶよりも、静かに囁く方が、人の心に深く届くこともある。その典型のような傑作だ。


最後に、驚いたことを二つ。

いつの間にか、本上まなみの芝居がうまくなっている(笑)。かつての台詞棒読みは、どこへ行ってしまったのだ。肌の艶が良すぎる点だけは興醒めだが、ちょっと別嬪な田舎の主婦を当たり前のように演じていて、その馴染みっぷりには驚かされた。特にご飯の用意をする仕草や食べる仕草が、実に自然だ。思いを内に秘めるタイプの悦子に対し、思いをストレートに外に出す割りに柔らかな雰囲気を失わない個性が、絶妙なバランスを醸し出している。このままいけば、彼女は何気に名脇役として成長するかもしれない。

そしてもう一つは、実年齢で8歳若い本上まなみ(1975年生まれ)よりも、さらに年下に見える原田知世(1967年生まれ)。一体何なんだ、この人は。20年以上前と何も変わっていないではないか。最近はお母さん役で人気復活の薬師丸ひろ子と比べてみれば、その変わらなさがいかに異常なものかわかるだろう。人魚の肉でも食べているのか? ぜひとも見習いたいものだ。


(2007年2月)

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Comments

初めまして。kuronekoと申します。
トラックバックありがとうございます。
こちらもTBさせて頂きました。
私は「紙屋悦子の青春」で初めて黒木和雄氏
の存在を知りました。「美しい夏キリシマ」
も最近見ましたが、個人的には「紙屋~」
の方が私はグッときました。また「竜馬暗殺」
には心底打ちのめされました。
それではまたお邪魔させて頂きます。

Posted by: kuroneko | 02/19/2007 00:14

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