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02/07/2007

【演劇】ITOプロジェクト『平太郎化物日記』2007.2.3

Ito


ITOプロジェクト『平太郎化物日記』
2007年2月3日(土) 19:00〜 ザ・スズナリ


「凄いものを見た」…その一言で終わりにしたいような作品である。

その凄さを言葉で伝えることなど、とても不可能だからだ。

「見る」ことによってしか伝わらない、魔法のような時間。

見ることの喜び、ここに極まれりだ。


少年王者舘の主催者 天野天街が脚本・演出を手がけた、糸操り人形芝居。江戸時代中期の1749年7月、備後の国(今の広島県)三次の稲生家に起こった化物騒動を題材にしている。これは『稲生物怪録』という本に記され、泉鏡花や稲垣足穂など、いろいろな人が文学的モチーフとして取り上げてきた有名な話らしい。恥ずかしながら全く知らなかった。オリジナルストーリーに関しては三次市のサイトを参照。
http://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/shoukou_m/kankou/specter.jsp

触れてはならない大木に触れたせいで、一か月の間、家に出没する妖怪たちと対峙することになった稲生平太郎。勇気があるのか鈍感なのか、妖怪をあまり恐れない平太郎と、毎晩手を変え品を換え出没する妖怪たちとのやり取りを、タイトル通り日記風に描いていく。

天野天街の奔放なイマジネーションが、夏の花火大会のように炸裂している。出てくる妖怪は、ユーモラスだったり、グロテスクだったり、綺麗だったり、不気味だったり、優雅だったり、エロティックだったりと、信じられないほど多種多様。和風もあれば西洋風もある。水木しげる風、楳図かずお風、日野日出志風から、『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』に出てきてもおかしくないキャラまでいる。
そこから引き起こされる感情も、驚き・感動・恐怖・嫉妬・愛情・羞恥・欲望・嫌悪・後悔・憎しみ・ノスタルジーなど、並列的ではあるが多種多様。平太郎の一か月間の体験の中に、人が一生の間に味わう ほとんどの感情が凝縮されていると言ってもいいだろう。発展的なストーリーも明確なテーマもないにもかかわらず、この作品が見る者の心をとらえて放さない大きな理由は、そこにあるようだ。

天野天街の演出は、基本的には少年王者舘と同じスタイルで、映像の使用や複数の字が分解・合体して別の言葉になる文字遊びなど、王者舘でお馴染みのネタもたくさん出てくる。しかしそれを人間ではなく人形がやることで、思いがけない新鮮さが出てくる。王者舘の芝居では、見慣れてしまったせいで あまり驚きを感じなくなりつつあった天野演出が、いかに魔術的な代物であるかを再認識させてくれる。毎回毎回人力SFX(?)とでも言うべき演出を涼しい顔でやってのけてしまうので、それが当たり前であるかのように思ってしまうが、この人は本当に信じがたいことをやっているのだ。
しかしそれ以上に信じがたいのは、無責任なまでに奔放な天野天街のイマジネーションを、糸あやつり人形によって具現化してしまう人形遣いたちだろう。ITOプロジェクトというのは、複数の劇団の人形遣いが、単独では出来ない大きな芝居を打つために作られたプロジェクトだそうだ。つまり人形劇界のオールスターチーム。文楽は何度も見ているので、人形劇でもかなりトリッキーなことが出来ることはわかっていたが、この作品のトリッキーさは、それとは桁が違う。驚くような動きや仕掛けが登場するたびに、客席から拍手が湧き起こる。中でも特筆すべきは、白い服の女の子が赤いスカート姿になり、イモムシになり、さらに蝶になる、夢のような3段構えの変身シーンだ。

また、全体的にはユーモラスだったりファンタスティックだったりするシーンが多いだけに、映画『ジェイコブズ・ラダー』を彷彿とさせる不気味なクリーチャーが登場する「痛い痛い」のエピソードには異色の不気味さがある。そして最も恐ろしいのは、外面的な恐怖に動じない平太郎に対し、友人に化けた妖怪が、内面からの揺さぶりで平太郎を死に追いやろうとするエピソードだ。「何が真実かわからない」「他人を信用できない」ことの恐ろしさが存分に描かれていて、全編で最も深い闇を感じさせるエピソードになっている。

だが「芝居」としての最大の衝撃は、クライマックスで登場する人間(人形遣い)だ。1時間以上に渡って人形が主役の舞台を見続けた後、舞台に突然生身の人間が登場したとき、ごく普通の人間が恐ろしい巨人に見えたのだ。それは、これまでに見てきたどんな芝居どんな映画でも味わったことがない、初めての衝撃だった。
先日『海馬』という本で、人間の脳が目の前の現実をいかに都合のいいように解釈してしまうかという話を読んだばかりだ。この場合、僕の脳は身長50cmにも満たない小さな人形を、いつの間にか等身大の人間のように見ていたのだ。それをあのように暴力的な形で一瞬にして引っ繰り返されたとき、目の前の現実がぐにゃりとねじ曲がって溶けていくようなセンス・オブ・ワンダーを覚えたというわけだ。

会場ではヴィデオカメラが回っていたので、いずれ映像ソフトになるかもしれない。多くの部分は、映像でも十分魅力が伝わるだろう。僕は段差がある席の最前方中央というベストの席で見ることが出来たが、後ろの方で見た人は細かい部分がよく見えなかったのではないだろうか。それを考えれば、映像で細かい部分までアップで見られるのは非常にありがたいことだ。
だがカメラの目を通したのでは、クライマックスに人間が登場することで、それまでの価値基準が瞬時に崩壊する、あの視覚的衝撃は失われてしまう。あれだけは、どんな映像や言葉をもってしても伝えようがない。伝えられるのは生の舞台だけだ。

その驚きを味わうだけでも、この芝居は確実に見る価値がある。


「見ないと一生の損」久々にそう言い切れる作品だ。


しかし高齢な人形遣いの体力的問題など様々な理由から、今後再演が行われるかどうかもわからないらしい。ようやく実現した、この東京公演ですら、2日で3回だけの公演なのだ。
人形劇なので、あまり大きな会場でやることは不可能だろう(やっても見えない)。経済的に困難なこともよくわかる。しかしこの歴史的名作を、何とかもう少し多くの人に見てもらうことは出来ないものだろうか。


もし運良く再演が行われたら、何を差し置いても絶対に見るべし。


もう一度繰り返すが、これは「見ないと一生の損」と言い切れる作品なのだ。


http://members.aol.com/itoayaturi/


終演後、1時間近くにわたってアフタートークが行われた。出演者は、司会者の他に天野天街と人形遣いの一人、そしてゲストに緒川たまき。緒川たまきには何の興味もなく、昼の回のゲストはク・ナウカの宮城聰だったので、そちらに変更しようかとかなり悩んだ。しかし結果的には、こちらで正解だったようだ。
緒川たまきは実は筋金入りの天野天街ファンで、前にも『アジサイ光線』で一緒だったことがある。途中から彼女が司会のようになって、天野に質問をしたり、自分の感想を語ったりしたのだが、それが非常に筋の通った聡明な内容で、「観客」として聞きたいこと言いたいことを、的確に代弁してくれていた。噂通りとても頭のいい人らしい。個人的に好きなタイプの顔立ちではないのだが、独特のたおやかな美しさを持っていることも否定できない(近くで見ると肌が恐ろしいほど綺麗。「陶磁器のような」という形容がピッタリ)。
そして彼女のたっての希望で、蝶の化け物が再登場。それが妖精のように腕に乗った時の彼女の嬉しそうな顔ときたら…見ている人間まで幸せにする笑顔とは、ああいうものを言うのだろう。
そんなわけで、このアフタートークによって、僕はそれまで全く興味のなかった緒川たまきのファンになってしまった。芝居を見てファンになるならともかく、アフタートークのゲストを見てファンになるというのは、さすがに初めての経験だ。

本編だけでも一生ものの語りぐさなのに、それに加えて、このアフタートーク。間違いなく、今年最も充実した時間だった。


(2007年2月)

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Comments

トラックバックありがとうございます。
私は日曜日の回で観ました。
やはりライブはいいですね。
もっともっと観たいと思いました。

アフタートークで撮影した映像は、スカイパーフェクTV(だったかな)
で放映すると言っていましたよ。

Posted by: starblog | 02/08/2007 00:02

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