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12/31/2006

【演劇】グリング『虹』2006.12.22

Niji


グリング『虹』
2006年12月22日(金)19:00〜 紀伊國屋ホール


大傑作『海賊』から丸一年。この間、青木豪は劇団銅鑼、文学座、シスカンパニーのために脚本を書いて大忙しだったようだが、グリング本体としては久しぶりの公演だ。
これまでスズナリやTHEATER/TOPSなどで見てきたグリングだが、今回は倍以上のキャパを持つ紀伊國屋ホール。僕は今回初めて入ったのだが、いつも通っている紀伊國屋にこんなホールが入っていたのかと思うと、何やら妙な気分だ。言うまでもなくオンボロで古臭いが、さすがにズシンとした歴史の重みが感じられる。

席はまたしても最前列のど真ん中。スズナリやTHEATER/TOPSなら一番の良席だが、紀伊國屋ホールは舞台が高いため、普通に座ると舞台と目線がほぼ同じで少々見にくい。役者の細かな表情がわからない後ろ半分よりは遙かに良いが、もう5列くらい下がった辺りがベストだろう。ただし足を伸ばせるという利点があるので、総合すればやはり良い席ではあった。


舞台は、どこかの地方都市にあるカトリック教会。そこに出入りする人々の人間模様を描いた群像ドラマ。中心となるのはHIVに感染した男と妻の物語だが、多くの登場人物を通じて、「夫婦」「親子」「兄弟」といった基本的な人間関係を見据えている。幽霊まで登場するところは、『カリフォルニア』からの流れを感じさせる。

結論から先に述べると、一般的な見地から言えば傑作だが、グリングの基準から言うと佳作、といったところか。やはり『海賊』のハードルは高すぎた…というのが正直なところだ。

これまでの作品には、複数の人間模様を一つに結びつける核が存在していた。例えば『カリフォルニア』なら柊子の不倫を巡る謎、『海賊』なら少女殺人事件にからむ疑惑。ところがこの『虹』には、核となる要素が希薄なのだ。「HIV」は、明らかに核とはなりえていない。むしろ「子供」の方が核に近いと思うが、前に挙げた例ほどの求心力は持っていない。
また群像ドラマとは言え、ほぼ主役と言っていいキャラクターが、どの作品にも必ず存在する。たとえば『海賊』なら星野茂(中野英樹)がそうだ。そして本作の主役が、高山広志(杉山文雄)と聖美(萩原利映)の夫婦であることは間違いないだろう。しかし『海賊』における茂の物語が、その他の登場人物の孤独や疎外感を集束し、そして解放する役割を果たしていたのに対し、『虹』における広志と聖美の夫婦の物語は、そこに単独で存在しているだけのように見える。梶原育生(中野英樹)と有希(高橋理恵子)という、もうひと組の夫婦は、高山夫婦とかなり違う性格を備えているが、二組の異なる夫婦の存在は、1+1=2の効果しか上げておらず、1+1が5にも10にもなるドラマ的な爆発力を持ちえていない。そこから得られるものは「世の中にはいろいろな夫婦がいて、いろいろな愛の形がある」という程度の感慨であり、「あのような状況に陥っても、何故人は人を愛するのか。何故子供を欲しいと思うのか」といった本質的なテーマには切り込み損ねている。一つ一つのエピソード、一人一人のキャラクターは良いのだが、それを一つの物語にまとめ上げる作業がうまくいっていないのだ。むしろ神父の高山忠通(東憲司)を、物語の集束点に据えた方が良かったのではないだろうか。


大きな欠点をもう一つ上げると、青木豪の演出は、やはり視覚的なセンスに欠けている。脚本家としての優れた才能は疑うべくもないが、それに比べて演出家としての力量が落ちることは間違いないようだ。『ストリップ』や『海賊』のように、水も漏らさぬ優れた脚本と、それに応える俳優が揃っている場合は、ほとんど問題ない。しかし『カリフォルニア』のように脚本に躓きが見られると、視覚的な単調さが目についてしまう。
今回、特に気になったのは、照明だけで描き出される回想シーンや時間の経過だ。意図はわかるのだが、どうも巧くいない。回想で使われたのとほとんど同じライティングによって時間が経過するシーンが中盤にあり、前と同じく過去の回想だろうと誤解して、少々混乱した部分もあった。
そのような時間経過や回想の見せ方が抜群に上手い劇団が桟敷童子だ。そして面白いことに、その座長/演出家である東憲司が、この舞台に役者として立っている。「演出家」青木豪にとってはプレッシャーもあったのではないかと思うが、それを良い方向には生かしきれなかったようだ。
また、せっかくいつもより大きな紀伊國屋ホールでの上演なのだから、スズナリあたりでは出来ないセット替えに挑戦しても良かったのではないだろうか。やはり大きなハコには大きなハコに見合った語り口が必要だと思う。


…という具合に不満は尽きないのだが、最初に述べたとおり、一般的なレヴェルから言えば十分傑作と呼ぶに値する。そんな作品に対して、このようなことを書かずにいられないのは、グリング/青木豪に対する大きな期待故のことだ。ネット上の他の人の評判を見ても賛否両論のようだが、否定派の文章には必ずと言っていいほど「『海賊』に比べると…」というフレーズが顔を出す。一年前の『海賊』は、それほど文句なしに、多くの人の胸を打った作品だったのだ。それに続く作品で、ある程度叩かれるのはやむを得ないことだろう。


役者で最も印象に残ったのは、意外にも東憲司。桟敷童子の舞台では役者としてほとんど印象に残らない人なので、キャスティングを聞いたときには「池下重大ならわかるが、何故に東憲司?」と首を傾げたものだが、実際に見て大いに納得した。萩原利映との兄妹役も非常にしっくりとくる(長兄が鈴木歩己というのは、ちょっと…)。
これまでは「脇を固める」という印象が強かった萩原利映だが、微妙な心理表現を必要とする役を見事にこなしている。杉山文雄も同様で、二人のラヴシーンには胸を打たれるものがあった。ただし二人とも印象が地味であることは否定しがたく、スズナリならともかく紀伊國屋ホールでの主役を演じる以上、あともう少しだけ華やかな魅力が欲しかった。とは言え、杉山文雄は情けない役を演じさせたら天下一品だ。
高橋理恵子は、どす黒い女の業を内に秘めたように演じ、クレネリゼロファクトリーの『春と爪』に通じる暗い魅力を放っていた。
レギュラーの鈴木歩己と、『カリフォルニア』で素晴らしい魅力を放っていた藤本喜久子は、今回出番が非常に少なかったのが残念。ただし藤本は、出番は少ないながらも、普段とはまるで違う役柄を非常に楽しんでいるようだった。鈴木との二人羽織(?)は笑うところではないのだが、やはりちょっと可笑しかった。
その他の役者も皆それぞれに良く、グリングの芝居は、内容の如何に関わらず、役者の芝居は確実に楽しめるということを再確認した。稽古場の楽しそうな風景が目に見えるようだ。先ほど青木豪の演出家としての力量不足を指摘したが、役者から良い演技を引き出す能力に関しては文句なしだ。
そう言えば今回出演した役者たちは、泉陽二を除いて、この1年半の間に全員何かの芝居で見ている。泉陽二も『旧歌』で見たことがあるので、全員知っている役者ということになる。まるで僕のためにキャスティングしてくれたかのようだ(笑)。


さて、これまでに見たグリングの芝居を評価すると…

『旧歌』心に残る佳作
『ストリップ』完璧な大傑作
『カリフォルニア』少し首をひねる出来
『海賊』文句なしの大傑作
『虹』実験的な佳作

…という具合に、一作ごとに波を打っている。

この法則に従うと、次の『ヒトガタ』は大傑作になるはずだ。

過度な期待は禁物と思いつつも、やはりグリングの公演には期待せずにいられないのである。


(2006年12月)

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