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11/08/2006

【映画】『フレディ・マーキュリー 人生と歌を愛した男』女王は死すとも忘れられず

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フレディ・マーキュリーの生誕60年/没後15年を記念して、『ラヴァー・オブ・ライフ、シンガー・オブ・ソングス』というDVDが発売される。この『フレディ・マーキュリー 人生と歌を愛した男』は、同作のタイトルを変えてプロモーション用に劇場公開されたもの。新宿武蔵野館でのレイトショー公開だったが、予想以上のヒットとなり、現在はメインのロードショーに格上げされている。
個人的には「しょせんDVDのプロモーション」とみなしていたので、あまり積極的に見る気はなかった。ましてやこの作品は、CD11枚+DVD1枚のBOXセット『フレディ・マーキュリー ソロ・コレクション』に入っていた『The Untold Story』と基本的に同じものなのだ(したがってここに納められたインタヴューは、どれも2000年以前に収録されたものなので勘違いしないように。ブライアンもロジャーも、今はもっと歳をとっている(笑)。

それを見ることにした理由は幾つかある。まず前述の通り予想外のヒットになっていると聞いて「筋金入りのクイーンファンが見なくていいのか?」という無意味な義務感を覚えたため。またBOXセットに入っている『The Untold Story』は字幕が付いておらず、インタヴュー主体の内容を正確に理解するのはかなり辛い。そのため最初からきちんと通しで見たことがない。さらに、基本的な内容は同じだが、編集が変わり、時間も長いニューヴァージョンになっている(クレジットが2006年になっているのは、このため)。DVDはいずれにせよ買うとしても、一度大画面と大音響で見てみるのも悪くないだろう…そんな幾つかの理由が重なって、見ることにしたわけだ。

しかし見始めてすぐに後悔した。ある程度覚悟はしていたが、ビデオ映像をそのままスクリーンに映写しただけの内容なので、予想以上に画面が汚い。
それはまだ許すとしても、本来スタンダードの画面を少し横長(ヴィスタまではいかない)の画面に映写するため、上下が完全に切れてしまっている。映像はもちろん字幕の下半分まで、わずかながら切れているのだ。普通ならあとで苦情を言うところだが、その事情が張り紙で断り書きされていたため文句も言えない。しかし文句を言えずとも不愉快であることに変わりはない。そもそもそういう断り書きは、チケット売り場や入り口のポスターに貼っておいて欲しい。最初にそれを読んでいたら、見るのをやめたかもしれないのに。
また音響も映画館用に調整されたものではないため、リアルな音像など望むべくもない。ただ単にヴォリュームがでかいだけの大雑把なもの。これなら映像・音響共に、家で見てもあまり変わらない。


内容について言うと「まあまあの出来」といったところ。クイーン/フレディファンの間では絶賛の声が多いようだが、冷静に一本のドキュメンタリーとして評価すると、とても手放しで誉められるものではない。
特に気になったのは、あくまでも「フレディ・マーキュリー」のドキュメンタリー、それもThe Untold Storyを語ろうとするあまり、クイーンの音楽活動に関する話がほとんど出てこないこと。そのためフレディと音楽の関わりを描く部分が、いささか中途半端なものになっている。クイーンの熱心なファンなら、ある程度脳内補完はできるが、逆に言えばそんな上級者向けの作品ということになる。これはあくまでもThe Told Story を熟知した人間がThe Untold Storyを楽しむ、サブテキストのような作品として捉えるべきだ。
また熱心なファンが特に知りたいと思うのは、80年代後半からフレディの死に至るまでのバンドの内部事情ではないだろうか。これについてはブライアン・メイもロジャー・テイラーもあまり詳しいことを語りたがらないので仕方ないのだが、本作でもその部分についてはほとんど触れられていない。フレディがHIVに感染してからの私人としての言動は、ある意味一般的なものである。フレディが他の誰とも違ったのは、そのような状況下でクイーンに新しい活力を吹き込み、残された生命を完全燃焼するかのように『ザ・ミラクル』『イニュエンドゥ』という最後の名作を作り上げてしまったことだ。その時のフレディの姿を、他のメンバーや関係者の目を通して描いて欲しかったと思う。
他にも、前半のカット割りがあまりにせわしなかったり、時間軸が混乱していたり、『バルセロナ』は詳しく語られる一方で、唯一の純粋なソロ・アルバムである『Mr.バッドガイ』は軽く触れられる程度だったり、不満はいろいろとある。

だが良い部分も少なからずある。あまり詳しく語られることのなかったフレディの幼少期を、再現映像で詳しく見せたのは正解だと思う。前述のとおりカット割りがせわしなくて未消化な部分も多いが、一般的なロックストーリーとは対極にあるザンジバルやムンバイの風景を映像として見せられると、フレディという人物が英国ロック界においていかにアウトサイダー的な存在であったか、そして彼の作品に秘められた虚無感や孤独感がどこから来たものなのかが、実感として理解できる。
またゲイとしての側面も意外なほど詳しく描かれている。幼少期の話や、ゲイとしての生活など、これまであまりスポットが当てられなかった部分を描いている点は『The Untold Story』と言う原題にふさわしいものだ。
「バルセロナ」を唯一の例外として、ライヴシーンを長く見せず、あくまでも音楽をBGMとして扱ったのもいい。中途半場に長く見せられると「もっと見せろ」という話になるのは確実だからだ。ライヴ映像自体は、もうたくさん出ているので、見たければそちらをじっくり見ればいい。 すでに述べたように、この作品は、そのような映像を見尽くした人間のために作られているのだ。

フレディがHIVに感染して以降のエピソードでは、場内のあちこちからすすり泣きが聞こえてきた。しかしこれは、最期までHIVと闘って倒れた偉人フレディ偲ぶ映画ではなく、むしろフレディの豪快な道化っぷり、過剰なまでの生の輝きを楽しむべき映画だろう。彼も、きっとそれを望んでいるに違いない。
したがって本作のクライマックスは、ミュンヘンで開かれた、フレディ39歳のバースデイパーティーということになる。フェリーニやホドロフスキーの映画を彷彿とさせる断片的映像から、それがどんなに凄まじい乱痴気騒ぎだったかがわかる。「思い出すだけで笑いがこみ上げてくる」と言わんばかりの関係者の話っぷりが、実に可笑しい。

そんな風に、行くとなればどこまでも行ってしまうフレデイの姿を見ていると、「天才と狂人は紙一重」という言葉をあらためて思い出す。もちろん何事かを成し遂げるには不断の努力や克己心も必要だが、努力によって「ボヘミアン・ラプソディ」のような曲が書けるわけではあるまい。フレディの場合、根本的な発想が、常人はもちろん、他の才能あるミュージシャンと比べても違いすぎる。その特異な才能の発露は、この作品のあちこちで見ることが出来る。むしろ直接音楽に関係のないエピソードの中に、彼の音楽の秘密が隠されているように感じられた。


この作品を、あえて映画館で見る理由はないと思う。しかしクイーン/フレディの熱心なファンであれば、何らかの形で一度見ておいて損はないだろう。 DVDでじっくり鑑賞することをお薦めする。ただし他の映像作品を見ていないのであれば、先にそちらを見てからだ。


最後に、特に感動したシーンを上げると、元恋人のメアリー・オースティンが、ゲイとして生き始めたフレディを受け入れ、「愛する人が、本当の自分らしい生き方を選び、成長していく姿を見られるのが嬉しかった」と言うところだ。僕はHIV関連のエピソードよりも、あの時のメアリーの表情に涙が出そうになった。


P.S.
フレディはゾロアスター教の信者だったわけだが、そのわりには「クリスマスカードが送られてきた」という話が出てくるし、クイーンとして「サンク・ゴッド・イッツ・クリスマス」という曲もレコーディングしている。キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うのは、日本人だけじゃなかったのね(笑)。

P.S. II
映画を見る前に、発売されたばかりのCDを2枚買った。ザ・フーの24年ぶりの新譜『エンドレス・ワイヤー』と、フリーの身震いがするほど素晴らしい発掘音源『ライヴ・アット・ザ・BBC』だ。
ザ・フーの前作『イッツ・ハード』が出た1982年は、『ザ・ゲーム』『グレイテスト・ヒッツ』の大ヒットにより、クイーンが第二の頂点にあった時期で、西武球場での来日公演も行っている。と同時に『ホット・スペース』の商業的失敗によって、クイーン暗黒期が幕を開けた年でもある。クイーンにとって様々な意味で節目となった1982年。フレディの死は、それから9年後のことだ。『イッツ・ハード』で解散したはずのザ・フーが、それから24年後に新譜を出そうとは… そう言えばジョン・ディーコンがザ・フーの大ファンで、解散を頑なに信じようとしなかったインタヴューも雑誌に載っていたっけ…
そしてフリー。ヴォーカルのポール・ロジャースが、このライヴからおよそ35年後にクイーンと合体し、フレディに代わってクイーン・ナンバーの数々を歌い上げることになろうとは… ちなみに新生ザ・フーにキーボードとして参加しているラビットは、『ハートブレイカー』を出した第2期フリーにも在籍していた人物である。
意識して買ったつもりは全くないのだが、3つのバンドの数奇な運命に、感慨深いものを覚えずにはいられなかった。

あらゆるものは失われていくが、受け継がれていくもの、再生するものも、わずかながらに存在する。

それが最も美しい形で結晶しているが故に、フレディを愛する僕は、同時にクイーン+ポール・ロジャースも愛するのだ。

残された者の生を祝福することは、死者を蔑ろにすることでは、絶対にない。


(2006年11月)

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