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09/11/2006

【演劇】俳優座劇場プロデュース『夜の来訪者』2006.9.9

0906haiyuzagekijou


俳優座劇場プロデュース『夜の来訪者』
2006年9月9日(土) 14:00〜 俳優座劇場


普通ならまず見ないタイプの芝居だが、出演者の一人から招待していただいたので、たまにはこういうものもいいだろうと見ることにした。俳優座劇場は「俳優座シネマテン」(後に俳優座トーキーナイトと改称)で様々なカルト映画を見るため何度も足を運んだことがあるが、本業である芝居を見るのは今回が初めてだ。

六本木へ行くのも、ほぼ2年ぶりだ。六本木というと、かつては最先端のディスコやクラブ、飲食店が集まる歓楽街として名高かったわけだが、僕のような一部の人間にとって、80年代〜90年代の六本木は、他のどの街とも違う「サブカルチャーの街」だった。その中核を為すのが「WAVE+シネヴィヴァン」「俳優座劇場で上映されるカルト映画」「青山ブックセンター」この3つだった。と言うより、その3つしかなかったのだが、その3つだけで「六本木はサブカルチャーの街」と断言できるだけの濃さを持っていた。冗談抜きに、この3つを柱とする六本木カルチャーが存在しなかったら、僕の人生はかなり違ったものになったはずだ。
しかし「WAVE+シネヴィヴァン」はすでに姿を消した。同じ場所には、ただでかいばかりで極端に導線が悪く、本当の文化はまだ育っていない六本木ヒルズが立っている。
映画ファンの僕ですらうんざりするほどミニシアターが増えたことで、「俳優座劇場で上映されるカルト映画」も完全に役割を終えた。
「青山ブックセンター」は経営母体のトラブルで一時閉鎖されたものの、その後支店の数を減らして復活。何とか健在な姿を見せてはいるが、以前ほどの突出したパワーや魅力はない。書店が先端文化の発信基地となりうる時代そのものが過ぎ去ってしまった感もある。

そんなわけで最近はすっかり足が遠のいてしまった六本木。久しぶりに足を運ぶ目的地が、ヒルズのような最新の施設ではなく俳優座劇場だというところが我ながら渋い(?)。地下鉄の駅も交差点の周りもかなり変化しているのに、この劇場だけはまったく変わらないようだ。狭苦しい椅子だけは、そろそろ変えてもらいたいところだが。
客席は満員。そして客の年齢層の高さにビックリ。新橋演舞場かと思った。あれが俳優座劇場で普段やっている芝居の平均的な客層なのだろうか。


芝居の内容だが、1940年の日本、ある財閥の応接間を舞台にした一幕もの。我が世の春を謳歌する家族が、謎の警部の来訪によって崩壊していく姿を描く。原作はJ・B・ブリーストリィ、翻訳は内村直也、脚本は八木柊一郎、演出は西川信廣。上演時間約1時間40分。
プログラムを見て初めて知ったのだが、これはかなり古い演目で、イギリスでの初演は1945年。日本では1950年代から上演され、俳優座による上演も1991年から始まって今度で7回目の再演になるそうだ。

いかにも古典的なミステリータッチ。アガサ・クリスティやエラリー・クインの小説を読んでいるような気分になった。また1950年代頃には、アメリカでも日本でも、よくこんな感じの映画が作られたものだ。実は橋本忍が書いた戯曲だと言われても、あまり驚かないだろう。『切腹』を彷彿とさせると言ったら、誉めすぎか。
とても緻密な構成を持つ、よく出来た戯曲だ。次第に暴かれていく家族一人一人の秘密。それが単なる謎解きに終わることなく、社会に対する批評的な視点も含まれている。「人間にとって罪とはどういうことなのか」という問題もチラリと考えさせられる。途中までご都合主義に思えたストーリーを、後半二重の形で裏切っていく展開もお見事。ミステリーだし、今後も再演されるだろうから、あまり詳しく語れないのが残念だ。

ただ一点、どうしても古めかしく思えてしまう部分がある。それは登場人物にこれといった「成長」が見られないことだ。確かに、思いもかけぬ状況を突きつけられて、皆それぞれに狼狽したり、自信を取り戻したりといった感情の変化はある。しかしもっと本質的な部分での成長や変化が見られず、最初に提示された性格の枠を乗り越えることがないのだ。父親は最初から最後まで傲慢な資本家であり、その枠内で右往左往しているに過ぎない。罪の意識に苛まれる娘も、最初から純粋で善良なキャラクターとして描かれているため、彼女が他の人間の無責任さを糾弾しても、当たり前すぎてドラマとしてのダイナミズムに欠ける。ストーリーとしてはどんでん返しがあるのに、本質的な部分では予定調和な勧善懲悪の物語から逃れられていないのだ。そのためドラマとしての強い感動や、人間のモラルに関する深い考察などは望むべくもない。

とは言え、この作品は元々そこまで深遠なテーマを追及しようとした作品ではないだろう。紳士淑女が週末に娯楽として楽しむミステリーに、誰にも身に覚えがありそうなテーマをスパイスとして利かせた作品と考えれば上出来だ。


役者では、父親を演じる鈴木瑞穂が圧倒的に良い。初演から変わらぬ配役だけあって、「自家薬籠中の物」とはこういうことかと思わせる芝居を見せてくれる。特に後半のユーモラスな演技には、誰でも引き込まれずにはいられまい。鈴木と共に初演から出演している稲野和子も同様で、役を完全に自分のものにしている。
藤本喜久子の舞台を見るのはグリングの『カリフォルニア』に続いて二度目だが、深窓の令嬢という役どころが似合いすぎて、微笑ましいほどだった。相変わらず美しいし、少女のように可憐な雰囲気を今も保ち続けているのには感心させられる。しかし彼女の個性からすれば、この程度の演技は朝飯前ではないのか。このような予想の範囲内での好演よりも、もっと彼女のダークサイドを露出した演技が見てみたいものだ。
作品の要である影山警部を演じた外山誠二は、ちょっと弱い感じがした。全ての人物の行いを見抜いているこの役には、悪魔、もしくは神様のように、「この男の目から逃れることは決して出来ない」と思わせる力が欲しい。外山の演技には、そのようなカリスマ性や神秘性が欠けていた。初演は磯部勉だったそうだが、彼の方が悪魔的な個性は強く出ていたのではなかろうか。


いつも見ている芝居とはだいぶ趣が違うが、たまにはこういう作品もいいものだ。


(2006年9月)

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Comments

>ぼのぼのさま
風知草のとみといいます。六本木の俳優座劇場時間が止まったような世界ですね。かつての新劇好きの少年少女たちが形成する異常に高い観客層というのが笑えます。劇団四季の自由劇場では味わえない本物ですね。1995年に一度拝見し,1950年代にタイムスリップしたような興奮を感じました。時制の一致,場所の一致を踏襲した本格ミステリーに酔いました。鈴木瑞穂さん健在のウチは継続して欲しいです。

Posted by: とみ | 09/28/2006 23:21

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