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08/27/2006

【ライヴ】Cocco 2006.8.10

Top20062


Coccoライヴ
2006年8月10日(木) 日本武道館


ようやく帰ってきたCocco、6年ぶりのライヴだ。

僕にとっては
1998年9月1日(火) 日本武道館
2000年6月18日(日) 日比谷野外音楽堂(6曲30分の限定ライヴ)
2000年10月6日(金) 日本武道館
…に続く4回目のライヴとなる。

グッズ売り場が混むはずだと思い、会社を速攻で抜け出す。せっかく早めに着いたのに、しばらく武道館に来ていなかったせいか、出口を間違えで逆方向に出てしまった。18時20分頃には橋の所にたどり着いたが、そこで目に飛び込んできたのは長い行列。嫌な予感がしたが、やはりグッズ売り場への行列だった。しばらく並ぶが、この分では開演に間に合わないと判断し、途中で離脱。これだったら、そんなに急いて会社を飛び出す必要もなかった。

座席は1階南西スタンドの最前列。1999年は何とアリーナの最前列。2000年もアリーナのかなりの前の良い席だったので、今回は席が落ちるな〜とガッカリしていたのだが、いざ座ってみると、ステージもそんなに遠くはないし、会場全体の雰囲気を見ることが出来る。Coccoの表情やバンドのプレイを肉眼で細かく見ることはさすがに無理だが、それは双眼鏡で補える。思ったよりもずっと良い席だった。

会場は超満員。ステージの後ろ側1階スタンドにも人を入れている光景は初めて見た。観客は女性がほぼ9割を占めている。昔は7割くらいだったと思うのだが、


19時を5分過ぎた頃、音楽が高鳴る。プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」だ。音楽が終わると、暗闇の中メンバーに続いてCoccoの入場。たくさんの花束を抱えている。事前にファンから差し入れされたものだろうか?

ついに幕を開けた6年ぶりの武道館ライヴ。1曲目はニューアルバム『ザンサイアン』と同じく「音速パンチ」だ。髪を短くした最近のCoccoは、以前よりも遙かに明るく健康的。彼女自身もさることながら、ベースを弾く根岸孝旨の姿を見た時「ああ、本当にCoccoが帰って来たんだなあ」という感慨にとらわれる。

バックを固めるメンバーは以下の通り
根岸孝旨 (b)
長田進(g)
西川弘剛(g)
向山テツ(dr)
柴田俊文(kb)

2曲目はファーストアルバム『ブーゲンビリア』から「首。」。久しぶりにCoccoのヘッドバンギングを見ることが出来た。続けて「眠れる森の王子様〜春・夏・秋・冬〜」。事前にセットリストを知っていたので驚きはしないが、復帰後の彼女が、こういった初期のヘヴィーな曲をやるのは、やはり意外な感じがする。

ただしこの辺りのパフォーマンスは「まあ、こんなものだろう」という程度だった。と言うのも、Coccoはライヴにおいては常にスロースターターで、30分限定ライヴだった日比谷野音を別とすれば、以前2回の武道館でも、最初の30分程度はかなり気の抜けたライヴを展開していたからだ。ところが「ライヴではこんなものなのか…」と油断していると、後半にいくに従って真綿でじわじわと首を絞めるように凄まじいオーラを発散していく。数年の活動休止を経ても、この傾向だけは変わらないようだ。それを理解していなければ、妙にあっさり風味で演奏される初期のナンバーにかなり失望したことだろう。何しろ2000年のライヴでは、あの「けもの道」ですら?が付く出来だったのだ。前半に演奏される曲は、捨て曲として諦める他ないようだ。

スウィングジャズ風味の「Swinging Night」と爽やかな「夏色」は『ザンサイアン』から。雄大なバラード「blue bird」は映画『ヴィタール』のテーマ曲。どれも美しい曲だが毒気は薄く、聞き手をねじ伏せるような力強さはない。シングル「羽根」収録曲の「Drive you crazy」は可愛らしいロックだが、それほど盛り上がるナンバーではない。
「夏色」以外の3曲がすべて英語詞というのもインパクトを弱いものにしている。日本語ほどダイレクトに言葉の意味が伝わらないという問題以上に、今のところ英語詞の曲で彼女の歌唱力が遺憾なく発揮された作品がないからだ。やはり彼女は日本語詞の曲でこそ、ヴォーカリストとしての力を最大限に発揮する。ちなみに僕が英語詞の曲で一番好きなのは「Sweet Berry Kiss」。


その後始まったのがアコースティックコーナー、別名「あっちゃんの野放しコーナー」。これが凄い。本来ならくじ引きでやる曲を選んでいたコーナーだが、武道館公演ではその段取りを無視。まさに野放しあっちゃんの暴走が続いて爆笑ものだった。
最初はCoccoがギターを弾きながら歌う曲。床に座らせたメンバーたちに向けて歌う。客席には背中を向ける形になるが、ステージ後ろにいる観客にとっては、まるで自分たちに向けて歌われているかのようで、至福の時間だったことだろう。「多くを期待するな」と言っていただけあって、ギターの演奏はたどたどしいものだが、可愛らしい歌と演奏に心が和む。その後客の一人が「ギター上手かったよ!」と声を掛けると、Coccoが「上手い? お前馬鹿だなー」と応え、会場爆笑。まさに野放し状態。
続く温泉をテーマにした歌がまた凄い。何しろCoccoが即興的に思いついたメロディーに、メンバーがその場でコードを付け、演奏を重ねていくのだ。つまり普段スタジオ内で行っているであろう曲作りの過程を武道館のライヴ中に披露してしまったのだ。小さなライヴハウスならともかく、武道館でこんなことをやってしまったアーティストは、おそらく今までにいないだろう。恐るべしCocco。正真正銘の野放し状態。
続く神戸で出来た曲は、前の2曲に比べると遙かに完成型に近いもので、なかなか良い曲だった。おそらく次のアルバムかシングルで聞くことが出来るだろう。


あっちゃんの野放しコーナーが終了し、いよいよ後半戦。11曲目は『クムイウタ』から「強く儚い者たち」。JALのCMに使われ、Coccoの名を一般的に高めたヒット曲だが、Coccoとしては中の下くらいの曲だと思う。懐かしくはあるが、さほど大きな感慨は湧かない。ただしこの辺りから、Coccoのヴォーカルにいよいよエンジンがかかり始めたのが感じられた。

12曲目は『ザンサイアン』の中で最も好きな曲「愛うらら」。Coccoの歌のみならず、僕の心にもやっと火がつき始める。『ラプンツェル』や『クムイウタ』に比べると印象の薄い曲が並ぶ『ザンサイアン』だが、武道館で歌われた「愛うらら」には、活動中止前と変わらぬ、魂を揺さぶる力がみなぎっていた。

それに続くのは、最初のシングルにして初期の代表曲である「カウントダウン」。スタジオヴァージョンの方は特別好きというわけでもないのだが、ライヴでは毎回有無を言わせぬ力で聞く者をねじ伏せる。この辺りで、Coccoの喉は完全に本来の力を出し切るようになる。普通なら途中で疲れて声が出なくなりそうなものなのに、むしろ彼女は後半になるほど声が出てくるし、オーラもどんどん強くなっていく。本当に信じられない女だ。

続いて『ザンサイアン』からのナンバーが3極連続で続く。
「インディゴブルー」はアルバム随一のハードドライヴィングなナンバーで、「愛うらら」に続くお気に入り。「けもの道」や「水鏡」のような強烈な情念こそ感じないが、やはりライヴでは盛り上がる。
「暗黙情事」では久々にCoccoの絶叫が聞ける。「けもの道」や「裸体」ほどの悲痛さはないものの、ポーズとして絶叫しているわけではないリアルさが感じられる。どんなに健康的になっても、彼女の中には決して消すことが出来ない猛々しい感情があるのだろう。
そして「陽の照りながら雨の降る」。これまで音楽的に沖縄色を強く出したことがなかったCoccoが、自らのルーツを前面に押し出したような島唄風ナンバー。楽曲的には少しゆるい感じがして、CDで聞くと特別良い曲だとは思わないのだが、ライヴでは予想以上に感動的な高まりを見せてくれた。

続いて演奏されたのはシングル「音速パンチ」の3曲目に収録されている「流星群」。Coccoには、「あなたへの月 NEW MIX」「寓話」「Rainbow」「Sweet Berry Kiss」などオリジナルアルバム未収録の素晴らしいナンバーがたくさんあるが、「流星群」もその一つ。『ザンサイアン』収録のナンバーと比べても「愛うらら」とトップを争う名曲だろう。それをライヴのクライマックスに持ってくるとは、さすがに曲の価値をわかっていると言うべきか、何故アルバムに入れなかったんだと言うべきか… 歌メロは「セレストブルー」に似ているが、こちらの方がアレンジや演奏がアイディアに富んでいる。活動中止前のドラマチックさと復帰後の爽やかさを兼ね備えた、素晴らしいナンバーだ。

その感動も冷めやらぬ中始まったのは「焼け野が原」。数あるCoccoの名曲の中でも「けもの道」「ポロメリア」「あなたへの月 NEW MIX」「雲路の果て」と共に最高峰に位置する名曲中の名曲だ。
今名前を挙げた曲を「日本のロックの最高傑作」と言うのは間違いだ。これらはビートルズ、クイーン、レッド・ツェッペリン、キング・クリムゾン、ビーチ・ボーイズなどの最高の名曲と互角に張り合える「ロックの最高傑作」なのだ。初めて「けもの道」を聞いたとき、「アメリカで生まれ、イギリスで大きく成長したロックという音楽は、最終的には極東の島国 日本で、Coccoという歌い手を生み出すために存在したのではないか」…そう思ったものだ。この日武道館に響き渡った「焼け野が原」は、6年前に抱いた思いが決して間違いではなかったことを証明してくれた。
先に名前を挙げた4曲は聞くことが出来なかったが、「焼け野が原」1曲の感動は、それを補って余りあるものだった。Coccoが「焼け野が原」を歌う現場に立ち会えた感動で、涙が溢れそうになった。この瞬間こそライヴの最大のクライマックスであったことは言うまでもない。

それまでは曲と曲の間に観客がCoccoに様々な声を掛けていたのに、「焼け野が原」の後は誰一人声を立てようとしなかった。みんな「焼け野が原」に圧倒されたのだろうか。それともこの曲を最後に彼女が姿を消した、あの日の心の痛みを思い出していたのだろうか。

でも大丈夫。
MCで本人も語っていたように、もうCoccoは消えたりしない。
確かにCoccoは帰ってきたのだ。

「Happy Ending」が始まる。曲のクオリティはそれほどでもないが、「焼け野が原」の圧倒的感動をクールダウンし、「もう皆の前から姿を消したりしないから安心して」と語りかけるかのような選曲は、十分に納得できるものだった。

タイトル通り、これで終わりと思いきや、最後にもう一曲新曲が演奏される。後半部分がまだ練り込まれていない感じがするが、前半のメロディは素晴らしいもので、しっかりアレンジすればかなりの名曲になる可能性がある。正式に発表される日が楽しみだ。


いつも通りアンコールは無し。最後にメンバーと一人一人抱き合うCocco。以前には考えられなかったほど晴れやかな笑顔で、ステージを降りていく。その笑顔は、確かに「Cocco第二章」の到来を印象づけるものだった。

終演は21時15分頃。あの細い体で2時間以上のライヴをこなして、ほとんど疲れを見せないのには、毎度のことながら驚かされる。


総合的に見れば、幾つかの不満はある。「けもの道」など大好きな曲が演奏されなかったのはやはり残念だが、それは良しとしよう。ツアーが始まる前は、活動中止前の曲は一切やらないのではないかと思っていたほどだから、「焼け野が原」や「首。」や「カウントダウン」をやってくれただけでも感動ものだ。
最大の不満は、バンドの演奏が活動中止前に比べて少し散漫な感じがしたこと。以前のライヴで大活躍をしていたエレキヴァイオリンがいなかったのが、特に痛い。そのせいで昔の曲の雄大さやドラマチックさが薄れたことは間違いなさそうだ。
それに輪を掛けたのがPAのしょぼさ。席の関係もあったかもしれないが、ステージ上に並んだアンプは見るからに数が少なかった。武道館であんな小規模なPAシステムを見たのは初めてかもしれない。後半はだいぶ改善されたが、前半は明らかな音圧不足を感じた。特に「首。」や「眠れる森の王子様」のような曲では、この音圧の無さがかなり足を引っ張っていた。

そのような不満はあれども、Coccoの復帰ライヴとしては十分すぎるほどの内容だった。最近の明るく爽やかな曲が中心の選曲で、ここまで感動させられるとは正直思っていなかった。


かつてのCoccoは、不幸や哀しみや恨みといったネガティヴな感情を糧に音楽を作り出すタイプのミュージシャンだった。その暗さ、痛み、哀しみが、ハードロックやプログレッシヴロックの手法を駆使したダイナミックなサウンドと相まって、僕の心を強く捉えたのだ。
しかしそのような切迫した表現を長期にわたって続けることは至難の業である。楽曲のクオリティでは群を抜く『ラプンツェル』で音楽的頂点を極めたとき、遅かれ早かれCoccoが燃え尽きてしまうであろう事を、誰もが感じとったはずだ。
その予感は、不幸にも的中した。2001年2月、彼女は音楽活動の中止を朝日新聞で大々的に告知。4月20日にはラストパフォーマンスとしてミュージックステーションに出演し、神懸かり的としか言いようのない「焼け野が原」の絶唱を最後に、音楽シーンから姿を消した。その直前に発売された『サングローズ』は、まさに全編「終わり」という言葉に彩られたアルバムであり、その極端な痛切さ故に、Coccoが復帰した今ですら、僕はあのアルバムを一挙に聞き通すことが出来ない。
だが2004年から、彼女は少しずつ音楽活動を再開する。絵本『南の島の恋の歌』の特典として出た「ガーネット/セレストブルー」を幕開けに、くるりの岸田繁と共演した「Sing A Song」日本語ヴァージョン、その発展型として結成されたバンドSigersonger、映画『ヴィタール』にエンディングテーマとして「blue bird」を提供。そして2006年、ついにCocco名義での音楽活動を本格的に再開し、シングル「音速パンチ」「陽の照りながら雨の降る」を経て5枚目のアルバム『ザンサイアン』を発売する。

復帰後のCoccoは、憑き物が落ちたように明るく健康的になった。もちろん一人の人間がまったく別人になれるはずもなく、活動中止前の音楽に通じる部分も感じられたが、以前とは比較にならないほど暗さや重さが薄れたことは確かだ。それに伴って、かつてのような緊張感やダイナミックさも薄れてきた。『ラプンツェル』の頃の音楽は紛れもないロック、それも世界最高のヘヴィーロックだったが、復帰後の音楽は良くも悪くも「ポップス」という言葉が似合うようになった。今にして思えば最初の復帰作だった「ガーネット/セレストブルー」が全ての原点になっていることがよくわかる。
個人的には、彼女の復帰はもちろん大歓迎だったものの、そんな音楽性の変化に多少の不満を抱いたのも正直なところだ。すでに述べたように以前のような表現活動を長期間続けることは不可能であり、リアルタイムで経過を見ていけば、彼女の変化は十分に納得のいくものだっだが、ニューアルバム『ザンサイアン』が『ラプンツェル』ほど強く僕の心を揺さぶらなかったことも、否定できない事実なのである。

そんな僕のモヤモヤに対して、Coccoは最高の返答を返してくれた。それがこの日のライヴだった。

確かに今のCoccoに、かつてと同じ音楽性を求めることは出来ない。
だがそこにいたのは紛れもなく「5年後のCocco」だった。
この日のライヴで、僕は昔のCoccoと今のCoccoをつなぐ絆を、はっきり見い出すことが出来たのだ。

Coccoの以前の歌は、常に「終わり」を感じさせるものだった。そのような悲痛さや切迫感は、今の彼女には望めない。
だが今のCoccoの歌は、「終わり」ではなく「始まり」を感じさせてくれる。薄闇や暗黒をくぐり抜けてきた彼女は、夜明けの光を歌う時期に差し掛かっているからだ。
大切なものは見えなくなった。だがそれは「失われた」のではない。「変化した」のだ。そんなCoccoの姿を、僕はこの日ようやく理解することが出来た。


「でも大丈夫 あなたはすぐに 私を忘れるから」(「風化風葬」)

それは間違いだよ、Cocco。

僕も、そして武道館に集まった他のみんなも、君のことを忘れはしなかった。

これからも、決して忘れない。


                       *   


セットリスト

1.音速パンチ
2.首。
3.眠れる森の王子様〜春・夏・秋・冬〜
4.Swinging Night
5.夏色
6.blue bird
7.Drive you crazy
8.(ツアーの歌)
9.(温泉の歌)
10.(神戸で出来た歌)
11.強く儚い者たち
12.愛うらら
13.野火
14.カウントダウン
15.インディゴブルー
16.暗黙情事
17.陽の照りながら雨の降る
18.流星群
19.焼け野が原
20.Happy Ending
21.(新曲)


(2006年8月)

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Comments

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CoccoのCD『ザンサイアン』を聴いて今回のライブは自分の期待と違うものかもしれないと不安を抱きつつ武道館へ行ったのですが、見事に打ちのめされました。

Posted by: tatsuya | 08/27/2006 at 23:25

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