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08/06/2006

【CD】伊吹留香『課外授業』

Kagaijyugyu


伊吹留香『課外授業』
Infinity Records/FINSP-0002/2000円(税込)


以前から紹介している伊吹留香のファーストアルバムがようやく到着した。既発表曲をリマスタリングしたものばかりで、純粋な新曲はないが、全13曲中6曲は『反面教師』『MonDai児』というデモ音源に収録されていたもの。正式に発売された『序の口』『二の舞』には入っていない曲なので、あまり物足りなさは感じない。シングルを持っていない人には全て新曲と同じだし、さしたる問題はないだろう。


以下、全13曲を簡単に解説。


1.境界線
オープニングを飾るのは、本作中の上位にランクされる優れたナンバー。美しくも奇妙なメロディーライン、レディオヘッドあたりを彷彿とさせる凝ったアレンジ、ダークで重いグルーヴに満ちた演奏…すべて上出来だ。高音域に弱い伊吹も、中〜低音域中心のうねうねとした歌メロを無理なく歌うことで、優れた表現力を発揮している。

2.死角
『二の舞』収録曲。ミックスは、シングルヴァージョンよりもリヴァーブが深くなっていて、空間的な広がりを感じさせる。一つ一つの楽器の音も、よりダイナミックになっているようだ。それ以上にはっきりした違いは、イントロの「殴りたい 切りつけたい 刺したい/撃ちたい 絞めたい/巻き上げたい 閉じ込めたい/とにかく抜きんでていたい」というアカペラ部分で、ここは明らかにヴォーカルの音量が上がっていて、一つ一つの言葉が最初からはっきり聞き取れる。あらゆる点で、このミックスの方が優れていると思う。
そのアカペラに続いて炸裂する轟音リフは、何十回聞いてもゾクゾクする。バイクの排気音を思わせるブリブリのベースを中心に、ギターもドラムスも最高の演奏を繰りひろげている。「これぞロック」と言いたくなる、強力でしなやかなサウンドだ。やはりこの曲が、現時点における伊吹留香の最高傑作であることを再確認した。

3.生まれたての喪失感
ジャズのテイストを感じさせる異色ナンバー。歌メロには昭和歌謡の匂いもほんのり漂う。THE BLANKEY JET CITYのアルバムにたまにこんな雰囲気のナンバーがあったし、UAももっと本格的にジャズ寄りの演奏をやっているが、そのどちらにもなりきれないことで、逆に奇妙な個性を獲得してしまっている。アルバム中最も異色だが、聞けば聞くほど不思議な味が出てくる。もっと音質が良くて、目の前で演奏しているような雰囲気が出ていれば、さらに良かっただろう。その点は惜しい。

4.迷子の瞳
『二の舞』収録曲。シングルヴァージョンよりもエンディングパートが30秒ほど短くなっているが、印象はほとんど変わらない。アルバムの4曲目としては、こちらの方が正解。「死角」のように、はっきりとしたミックスの違いは感じられない。
彼女の作品中、最も人気のあるバラードで、確かに美しい曲だが、個人的には「死角」のような轟音ナンバーの方が好みだ。歌メロが素朴すぎるところが若干の物足りなさを感じさせる。また、ライヴの後でスタジオヴァージョンを聞くと、どこかよそ行きっぽい感じも受けてしまう。この曲はライヴで聞いた方が魅力的だ。

5.36.5℃
『二の舞』収録曲。ミックスはあまり変わらないが、多少空間的な広がりが強調され、ベースをはじめ楽器の音が少しクリアになったような気がする。
「死角」に次ぐ傑作。伊吹のヴォーカリストとしての表現力が最大限に発揮されたナンバーだ(それをライヴで十全に再現できないのは残念だが)。静と動が交錯する演奏には、プログレの薫りがほのかに漂う。次々と吐き出される攻撃的な歌詞も刺激に満ちている。

6.その兆候(inst)
ライヴではいつもバンド入場時に使われるインストゥルメンタルナンバー。クレジット上は「All Songs Written by 伊吹留香」となっているが、この曲に関してはベースの渡部大介とギターの梶原健生が実質的な作曲者だそうだ。アルバムの中間にこの曲を入れるアイディアは秀逸で、良いメリハリを出している。

7.胼胝 album ver.
『序の口』収録曲。シングルヴァージョンとかなり違うアレンジが施されていて、ほとんど別物。再レコーディングは行われなかったと聞いているが、これは以前に録音された別ヴァージョンということだろうか?
曲自体は、実に奇妙な魅力に溢れていて、最も好きなナンバーの一つだ。しかしシングルヴァージョンも、このアルバムヴァージョンも、アレンジが今ひとつ好きになれない。最も魅力的な「胼胝」は、今のバンドで演奏している、よりヘヴィーなライヴヴァージョンだ。ジミ・ヘンドリックス風味漂う、あの理想的な「胼胝」を聞いてしまった後では、スタジオヴァージョンはどうにも物足りない。もちろん曲自体の魅力はスタジオヴァージョンからも聞き取れるが、この曲はもっと大きなポテンシャルを秘めているはずだ。
なお「胼胝」というのは、ずっと生き物のタコ(蛸)だと思っていたが、実はそちらのタコではなく、「ペンだこ」など、よく使う部分の皮膚が硬くなる、あのたこであることを、つい最近知った。

8.能ナシ
『序の口』収録曲。album ver.と銘打たれていないことからもわかるとおり、シングルと同じヴァージョンで、残念なことにカセットテープのような音質の悪さもシングルとほとんど変わらない。曲そのものは大好きで、特にギターのハードエッジな演奏が魅力的なだけに、モコモコとした平板な音が残念で仕方ない。

9.ダイレクト album ver.
『序の口』収録曲。シングルヴァージョンは爽やかなギターポップのようなアレンジだったが、こちらは最近のライヴヴァージョンに近い、もっとヘヴィーなアレンジ。最近レコーディングし直されたもののように聞こえて仕方ないのだが、録音クレジットは2004年になっている。 
アレンジは、シングルよりもこちらの方が遙かにいい。ただしこのヴァージョンも「ダイレクト」という曲の魅力を完全に引き出しているようには思えない。『序の口』の収録曲全てに言えることだが、磨けば光る原石が、きちんと磨きぬかれていないもどかしさを感じる。

10.プラスドライバー
一瞬何が起きたのかとギョッとするほどポップなナンバー。冗談抜きにアイドルが歌ってもおかしくない曲調だ。クレジットを見てみると、誕生年が1990年。つまり彼女が10歳の時の作品。それを知ってようやく納得した。
この曲単独で聞けば決して悪くない。昭和のアイドルポップを思わせる甘酸っぱさがかえって新鮮だ。だがアルバムの流れで聞くと、さすがに浮いている感は否めない。音質の悪さも辛いところ。これだけポップなナンバーが、デモ音源のようなこもった音では魅力半減だ。

11.あすへの助走
ギター一本のバッキングで歌われるバラード。残念ながらこのアルバム中最も魅力に欠けるナンバーだ。メロディは単調だし、歌詞も紋切り方な表現が目立って、彼女らしいストレートな閃きが感じられない。伊吹は基本的に言葉優先/音楽後追い型のアーティストだと思うが、その割に弾き語り系のナンバーよりもサウンド主体のナンバーに良いものが多いのが不思議なところ。そう言えば三上ちさこもそれに近い傾向があるな。

12.ミントドロップ album ver.
『序の口』収録曲。「胼胝」ほどではないが、聞けばすぐにわかるアレンジが施されていて、シングルよりも大人っぽい感じになっている。歌のバッキングをしているときのギターがなかなかの聞き物だ。
THE BLANKEY JET CITYを思わせる曲調だが、「そのまんま」なシングルヴァージョンと違い、より落ち着いたアレンジによって本家とは似て非なる魅力を出すことに成功している。様々な遊び心が感じられる楽器隊に比べ、伊吹のヴォーカルが生彩を欠くのが少々残念だ。

13.ささやかな決意
確認するまでもなく古い曲だろうとわかったが、やはり「プラスドライバー」に次いで古い1993年誕生作品。いかにも思春期的な歌詞や爽やかな曲調は、それなりに魅力的。しかし歌メロがいささか単調すぎる。今このアルバムに収録するのであれば、もっと大幅なリメイクをすべきだったと思う。


アルバム全体として評価すると、幾つもの素晴らしい曲が並ぶ前半と、音楽的に未熟な曲や音質の悪さが目立つ後半との落差が激しい。
クレジットを見ると、9曲目までは「境界線」(1997)と「迷子の瞳」(1996)を除いて皆2000年以降の作品なのに、10〜13曲目はすべて1990年代の作品だということがわかる。つまり伊吹のソングライターとしての才能は、二十代に入ってから真に開花したものなのだ。十代に作られた作品は、本人にどんな思い入れがあるにせよ、歌詞も音楽もまだ未熟さが目立つ。彼女としては、これまでの人生の総決算として古い曲も入れたかったのだろうが、それがアルバムの完成度を下げていることは否定できない。
もちろん、そのような私小説的な部分が伊吹の魅力となっていることも事実だ。そういう点からすれば、古い曲も収録して26年間の総決算とするのは必ずしも悪い発想ではない。しかし「死角」や「36.5℃」のような優れた曲を作り上げてしまった以上、僕が聞きたいのは十代の伊吹留香ではなく、二十代半ばになった彼女のリアルタイムな音楽なのだ。

どうも最近伊吹の話になると、賛辞よりも批判的な物言いが多くなってしまうのだが、これはライヴでもCDでも、全体の30%程度で文句なしに素晴らしい瞬間を味わうことが出来るからだ。何故その30%を70%や80%にできないのか? その歯がゆさから、つい辛口な言葉が出てしまうのだ。

しかしその30%程度の瞬間は本当に素晴らしいものであり、泥まみれの原石からダイヤモンドの輝きが放たれている。もちろんこのアルバムにも、そんな瞬間が封じ込められており、十分に2000円の価値はある。次のアルバムで、その輝きがさらに強く眩しいものとなることを期待しよう。


http://www5d.biglobe.ne.jp/~zillion/ruka/index.html


(2006年8月)

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