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08/13/2006

【映画】『スーパーマン リターンズ』映画史を継承する、愛の物語

001


オープニング、いきなり飛び出してくるのは、今は亡きマーロン・ブランドの声。
最初に登場する人物も、第1作の登場シーンをCG加工で再利用したマーロン・ブランド。
ジョン・ウィリアムス作曲による、前シリーズのテーマ曲が高鳴る。
タイトルも前シリーズを模した飛び出しスタイルだ。

僕は前シリーズの特別なファンではないが、第3作目までは全てリアルタイムで見ているので、このオープニングだけで「さあ、スーパーマンが始まるぞ!」というワクワク感が盛り上がる。そしてブライアン・シンガーの前シリーズに対する敬愛に胸が熱くなる。

だが、それは予告編を見た時点ですでにわかっていたことだ。

この作品の真の素晴らしさは、そんなレヴェルを遙かに超えるものだった。


この映画を純粋なヒーローアクションものとして見ると、少々難点がある。終盤にアクション映画らしいクライマックスがない。いかにもスーパーマンらしい活躍は、最初の飛行機救出シーンが頂点で、その後はむしろ彼が他の人々によって助けられる展開が主になっている。悪者をやっつけて一件落着という話ではないので単純明快なカタルシスに欠けている。

だが爽快なヒーローアクションとはまったく別種の感動が、ここにはある。


『スーパーマン リターンズ』は、二つの「愛」の映画なのだ。


一つは、作品の中で描かれる、人々の愛のドラマ。

そしてもう一つは、全編に満ち溢れる映画愛だ。


物語は、前シリーズの第1作から5年後の設定となっている。レックス・ルーサーの野望を打ち砕いたスーパーマンは、故郷のクリプトン星を求めて宇宙の彼方まで旅をするが、故郷が遙か昔に失われたことを確認し、地球に戻ってくる。彼はクラーク・ケントとして、再びデイリープラネット社に就職するが、憧れの人ロイス・レインは他の男と結婚し、すでに子供までもうけていた。一方、裁判で無罪を勝ち取ったレックス・ルーサーは、北極にあるスーパーマンの秘密基地に潜入。クリプトン星の叡智を秘めたクリスタルを利用して、再び大規模な悪事を企む…


この物語に登場する主要人物は、皆深い愛を持っている。
だが彼らは愛する人の成長を慈しみ、サポートしようとするだけで、その見返りを求めない。
もし見返りを求めれば、愛そのものが成立しなくなってしまうからだ。
愛される側は、自分を愛してくれる人の思いを受け止め、深い感謝をしているが、同じように相手を愛することが出来ない事情を、それぞれに抱えている。

彼らは皆、何か大切なものを諦めることで、人を愛することが出来るのだ。

様々な愛の形。そこにまとわりつく様々な切なさ。

特に胸を打たれるのは、主要人物の中では最も目立たないリチャードだ。本作の設定から当然予想されるのは、ドロドロとした三角関係だが、物語はそのような方向には進まない。
何故進まないのか? 
それを考えれば考えるほど、リチャードという人物の愛の深さ、そして彼が諦めたものの大きさに愕然とする。
そして後半で彼が見せる行動や、決して笑顔を絶やさぬ人間としての強さに、涙が出そうになる。彼が抱える葛藤は、映画の中で直接は語られない。その寡黙さ、慎ましさが、逆に全てを物語っている。


この愛の物語は、思いがけない秘密をモチーフとして進んでいく。
後で考えてみれば、すぐに気づいても良さそうなものなのだが、目の前にありすぎて逆に気づかない。観客にさり気なくミスリーディングを促す演出は見事だ。秘密が明らかになる際の描写も同様。『ユージュアル・サスペクツ』と『X-MEN』シリーズで培った技が、この一作に凝縮されていると言っていいだろう。

本当は、物語の中心となる愛の構造について詳しく語りたいのだが、この部分はぜひ予備知識無しで見て欲しいので、今はやめておこう。


そしてもう一つ。全編に満ち溢れる映画への愛。

『スーパーマン』の前シリーズに対する敬愛は、誰の目にも明らかだ。

その他にも、この作品にはオマージュなのかパロディなのか、前シリーズと同じ1970年代に作られた各種の娯楽映画を彷彿とさせる描写が随所に出てくる。『タワリーング・インフェルノ』『ポセイドン・アドベンチャー』『大地震』『パニック・イン・スタジアム』『エアポート』シリーズといったディザスター・ムービーの数々、そして70年代の作品ではないが『2001年宇宙の旅』や『タイタニック』…ブライアン・シンガーが、映画館の大型画面で見る娯楽スペクタクルの醍醐味を継承しようとしていることがよくわかる。

だが何よりも驚いたのは、オープニングクレジットでエヴァ・マリー・セイントの名を発見した時だった。そう、エリア・カザンの『波止場』やヒッチコックの『北北西に進路を取れ』に出ていた、あのクール・ビューティーである。『波止場』は、僕が映画を見始めたばかりの頃に最も強い感動を受けた、思い出深い映画だ。あの映画のヒロインであるエヴァ・マリー・セイントと、まさかこんなところで再会することになろうとは…
エヴァ・マリー・セイントが演じているのは、スーパーマンの育ての親マーサ・ケントだ。すでに80歳を過ぎたエヴァは堂々たる老婆であり、言われない限り絶対に彼女だとは気づかないだろう。だが暖炉に飾られた若い頃の写真は、紛れもなくあのクール・ビューティー、エヴァ・マリー・セイントだ。しかもその横をふと見ると、無き父親の写真がある。グレン・フォードだ! 極めてわかりにくいし、クレジットを見ても彼の名はない。だがその写真を見るまで、彼が前シリーズでスーパーマンの育ての父ジョナサンを演じていたことを、僕は忘れていたのだ。それにも関わらず、見た瞬間にグレン・フォードだとわかったのだから、まず間違いないだろう。この二人の登場に、思わず胸が熱くなる。

しかし鈍感な僕は、この時点で極めて肝心なことに気がついていなかった。
それにようやく気づいたのは、エンドクレジットのキャストリストを見たときだ。
上から7番目あたりにクレジットされたエヴァ・マリー・セイントの名前。そのすぐ下にマーロン・ブランドの名が…
あれ?
本当に、何故そこに至るまで気づかなかったのだろう?
この二人は『波止場』の主役とヒロインではないか!
60年代の中期作品をほとんど見ていないせいもあってか、僕の中でマーロン・ブランドという役者は、『波止場』『欲望という名の電車』などの前期と『ゴッドファーザー』『ラスト・タンゴ・イン・パリ』『地獄の黙示録』などの後期で、かなり明確にイメージが分かれている。『スーパーマン』のブランドは、完全な後期型ゆえ、前期型の代表作にすぐ結びつかなかったのだろう。

そこで初めて、かなりの高齢になるエヴァ・マリー・セイントを、スーパーマンの育ての母にキャスティングした理由がわかった。
ブライアン・シンガーは、ここでどうしても『波止場』のヒーローとヒロインを再会させたかったのだ。

そう、この作品のスーパーマンは、『波止場』のテリーとエディの間に出来た子供でもあるのだ。

『波止場』のラスト、ブランドの演じるテリー・マロイは、ギャングたちに袋だたきにされるが、血まみれの姿で立ち上がり、仕事場へと歩き出す。高みから人々に手を差し伸べるのではない。彼は自らの生き方によって人々の勇気を奮い立たせ、ギャングに牛耳られた波止場に革命を起こす。そんなテリーの姿が、ピタリとスーパーマンに重なる。その時初めて、スーパーマンの父親として後期型プランドが語りかけていた台詞の真意が理解できる。

シンガーが、今は亡きマーロン・ブランドの姿や音声を再利用したのは、決して前シリーズに対するオマージュだけではない。前期の代表作である『波止場』、そして後期の代表作である『ゴッドファーザー』において、ブランドが体現していたメッセージが、どうしてもこの作品には必要だったのだ。

あらゆる意味で、この作品の影の主役は2年前に亡くなったマーロン・ブランドだ。この映画は、マーロン・ブランドという俳優が映画史に刻みつけたものを継承することで、彼に対する最高の追悼作品となっている。


それを知ったときの胸の震えを一体何に喩えよう。


繰り返すが、この『スーパーマン リターンズ』は愛の映画だ。

もちろん普通のヒーローアクションとしても楽しめる作品だが、感動のポイントは、そんなところにはない。主要なテーマはあくまでも二つの「愛」、そして「継承」にある。
それはごく普通の人が見ても十分に感動できるものだが、この作品に隠された映画史的記憶を理解できる人なら、その感動は遙かに大きなものになるだろう。万人に対して開かれた娯楽映画でありながら、ディープな映画ファンを泣かせるマニアックさも兼ね備えた、心憎い映画だ。


最後になったが、マーロン・ブランドとエヴァ・マリー・セイント以外の役者たちについて。
新スーパーマンのブランドン・ラウスは、均整の取れた逞しい肉体に加えて、この作品に絶対欠かせない繊細な感情表現力も持ち合わせており、文句なしに素晴らしい。前作のクリストファー・リーブを凌ぐ、最高のスーパーマン役者の誕生だ。
さほど美人とは言えないケイト・ボスワースも、的確な演技力によって、ロイス・レイン役を見事に演じきっている。特に秘密が明らかになってからの後半は、容姿の美しさではない、人間としての美しさに輝いている。
リチャード役のジェイムズ・マーズデン。どこかで見た顔だが思い出せない…と思っていたら、『X-MEN』シリーズのサイクロプスか! そりゃいつもあんなマスクをしていたらわからないのも当然だ。いや、マスクをしているにも関わらず「どこかで見た顔だが」と思わせる方が凄いのか? すでに述べたように後半の彼には本当に泣かされる。ブランドとは違う意味で、彼もまた影の主役と言っていいだろう。
そしてレックス・ルーサー役のケヴィン・スペイシーは、前シリーズのジーン・ハックマンなど比較にならぬほどの名演。残酷さとコミカルさの二面性が常に入り交じるように表現されているところが素晴らしい。


この夏は、『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』の退屈さに辟易し、『日本沈没』の幼稚さに呆れ返り、『ゲド戦記』の信じがたいつまらなさに怒りを覚え…と、いわゆる大作/話題作に次々と裏切られてきた。しかしここに来て、ついにそれを補って余りある傑作に出会うことが出来た。


上に上げた3作など見る必要はない。この夏必見の大作は、間違いなく『スーパーマン リターンズ』だ。


(2006年8月)


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Comments

TBありがとうございました。
恐縮ながら、こちらからもTBさせていただきました。
よろしくお願い致します。

『波止場』……こちらで拝読して気づきました。
うっかりしすぎですね_| ̄|○

Posted by: Lovers-Navi | 08/13/2006 18:01

TBありがとうございました。
コチラからも送ったのですがうまく送信できませんでした。残念です・・・。

他の大作映画よりも
面白かったと言う印象はうけましたね。
ただ、安易に続編は作ってほしくないヒーローです。
・・っていうてもすでに
VSバットマンは企画されてるようですけど。(ノ△・。)

Posted by: Ageha | 08/22/2006 14:51

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