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08/06/2006

【演劇】燐光群+グッドフェローズ プロデュース『蝶のやうな私の郷愁』2006.8.5

Kumikyokuchounoyauna


燐光群+グッドフェローズ プロデュース
『蝶のやうな私の郷愁』
2006年8月5日(土)19:00〜 SPACE雑遊


作=松田正隆
演出=鈴木裕美
出演=占部房子/坂手洋二

燐光群+グッドフェローズによる「組曲 二十世紀の孤独」の第一楽章。新宿三丁目に出来たSPACE雑遊という小さな劇場のこけら落とし公演となる。この劇場は、陶玄房や浪漫房といった新宿の居酒屋と経営母体が同じらしい。劇場のすぐ近くにある池林房(ここは入ったことがないな)に半券を持っていくと一杯サーヴィスがあるようだ。終演後は、ここが観客や出演者の溜まり場になったりするのだろうか。それはそれで苦手な雰囲気だったりするのだが。

燐光群の主催者である坂手洋二と、占部房子による二人芝居。坂手洋二は劇作と演出が本業なので、役者として出演するのは滅多にないことらしい。優れた若手女優である占部房子の芝居を見るのは、MODEの『AMERIKA』『ささやく声』に続いて3回目。個人的には、その2本の舞台よりも映画『バッシング』における演技が印象深い。鈴木裕美の演出作品を見るのは『奇跡の人』に続いて2回目だ。上演時間は1時間5分と短めだが、ワンセットの二人芝居だから、過不足のない適切な長さだと思う。


ある台風の日。舞台は狭いアパートの一室(長屋のような小さな一軒家にも見える)。帰宅した中年の夫を迎える若い妻。一見ありふれた日常だが、会話のピントがどこかずれている。妻は少し精神を病んでいるようにも見える。
やがて嵐がひどくなり、停電になる。てんやわんやの末にロウソクを探し当てたものの、その途中で夫が前の妻に買ってきた貝殻が出てきたことから、この夫婦が抱えている闇が明らかになっていく。
男は元々女の姉と結婚していたのだが、同時に今の妻である妹とも密かにつき合っていた。その結果出来た子供を妹が堕ろした後、姉は踏切を無理に渡ろうとして死んだ。姉の死後、男と妹は結婚したものの、自殺とも思える姉の死が二人の間に影を落としている。
ますます激しくなっていく台風。男は増水した川の様子を見に行くが…


セットは一つだけ、出演者も二人しかいない芝居が、終始緊張感を失わないのは、よく練り込まれた脚本と、役者二人の技量の賜だ。

男と女二人の感情が、日常と非日常の間で揺れ動く様が周到に描き込まれている。日常風景の中にチラチラと顔を覗かせる非日常。その姿を見極めようとしても、すぐに日常風景が覆い隠してしまう。しかし非日常は少しずつ確実に日常を浸食し、雨漏りのように二人の平穏をかき乱していく。なかなか影の正体を明かさない焦らし方が巧みだ。細部の描写にも鋭いものがあって、妹が堕胎手術を受けている時ラーメンを食べに行っていたことを、男が重大な罪であるかのように告白するあたり、とてもリアルで胸に迫る。

この芝居を見に行った最大の理由は占部房子なのだが、神経質そうで、心と肉体が常に変化しているかのような不定型さは彼女ならでは。『AMERIKA』はさほど印象に残る役柄ではなかったし、『ささやく声』は作品自体がまったく面白くなかったため、今回の舞台で、彼女の実力を初めて堪能することが出来た。キャラクター的に映画『バッシング』の主人公と重なる部分が多いため、よけいすんなりと見られた部分もある。『バッシング』のフィルメックス上映時舞台挨拶で、香川照之が彼女を「日本のジュリエット・ビノシュ」と呼んでいたが、この芝居を見ると、香川の言葉がいっそうリアリティを帯びてくる。ビノシュに比べると遙かに線が細いのが難点だが、他の誰にも代え難い個性はすでに確立されている。演技の中身を「叫びと囁き」に喩えるなら、「囁き」の方はすでに十分なレヴェルに達している。あとは「叫び」の方向に幅を広げ、もっと大きな舞台でも観客を惹きつけられるようになれば、大化けするかもしれない人だろう。
一方の坂手洋二は、本来役者がメインではないので、占部に比べれば比較にならないほど不器用だ。しかしそんな不器用さが、この作品と役柄にはピッタリ合っていて、なかなか味わい深い演技を見せていた。特に声に不思議な魅力がある。一つ問題点を挙げるなら、リアルな生活感はよく出ていたものの、男としての色気はあまり感じられなかったため、姉と妹二人の女心を捉えた過去にピンと来ない感じはあった。女が引き寄せられるのも無理はないと思わせる魅力を漂わせていたら、さらに良かっただろう。


セットにはリアルな作り込みがなされていて、侘びしい生活感が漂っている。そして終盤になると、その部屋の下一面に水が張られていたことがわかり、静かなショックを受ける。開演前はまったく気づかなかったが、どうなっていたのだろう? 水面に反射した光がゆらゆらと二人の姿を照らし出すところにはゾクッとした。そこに限らずライティングが非常に巧み。上演時間の3分の2くらいは停電後の暗い部屋なのだが、停電のリアリティを損なうことなく、最小限の光を使って見えなくてはならないものを見えるようにする繊細さには、強いプロフェッショナリズムが感じられた。


水の中に取り残された二人の姿は、映画『惑星ソラリス』のラストを思わせるものだった。ひたひたと近づく死の足音。だがその先には「再生」の希望がかすかに見え隠れする。死者の介在によってバラバラになっていた二人が、死せる一人(いや、堕ろした子供を入れて二人か?)を取り込むことで、新しい絆を持った二人に生まれ変わったようにも見えた。様々な解釈ができる寓意的なラストが、深い余韻を残す。


燐光群は、すでに23年の歴史を持つ小劇場の老舗中の老舗。ただし僕は『CVR』という作品しか見たことがなかった。非常に評判の良かった作品だが、個人的には「これを演劇としてやる意味がわからん」と言いたくなる代物で、実はその一本で「もう見る必要は無し」と見限っていたのだ。しかし考えてみれば、あんな特殊な作品を毎回やっているわけもなく、普段はこういうもっと芝居らしい芝居をやっているのだろう。次も必ず見るとは言わないが、今後は内容を検討して、興味深い演目なら見ることにしよう。


なおこの「組曲 二十世紀の孤独」は、第二楽章が坂手洋二作の『さすらい』、第三楽章が別役実作の『壊れた風景』。各作品のチケット代は2500円と安め。しかも前の作品の半券を持っていくと500円割引で、2公演分の半券を持っていくと1000円割引になる。つまりこの第一楽章を見れば、次の公演は2000円、最後の公演は1500円となる。観客にとっては嬉しいサーヴィスだし、劇団側から見ても次々と作品を見てもらえる頭のいいやり方だ。その誘いに乗って引き続き見るかどうかは、今思案中。


(2006年8月)

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