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06/11/2006

【演劇】新国立劇場『やわらかい服を着て』2006.6.11

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『やわらかい服を着て』
2006年6月11日(日) 13:00〜 新国立劇場小劇場


シリーズ「われわれは、どこへいくのか」の第3弾。作・演出は永井愛。

実は永井愛の芝居を見るのは初めてだ。高い評価は聞いていたし、いつも気にはなるのだが、題材や出演者などが「よし見よう!」と思わせるインパクトに欠け、ついつい後回しになっていた。今回は内容にかなり興味を覚えたのだが、「なぜ今 吉田栄作? しかも僕の苦手な小島聖?」という点に引っかかっていた。結局見ることになったのだが、結論から言うと、今年見た芝居の中でもベストに挙げられる素晴らしい作品だった。

イラクへの人道支援を行うNGO「ピース・ウィンカー」。そこに参加する9人の若者たちの青春ドラマ。全四幕構成で、第一幕は2003年春のイラク戦争開始直前。第二幕は2004年春の日本人人質事件発生時。第三幕は2005年の秋。第四幕は開戦から3年を迎えた2006年の春に設定されている。

NGO活動に対する周囲の無理解や反発、理想と現実の相克、活動に携わる人々の経済的困難、組織内部での個人的な愛憎関係…ストーリーを構成する要素は、この題材から予測できることばかりだ。意表を突くストーリー展開や、演劇の価値を揺さぶる斬新な演出など、どこにも存在しない。
意表を突くのは、そんなわかりきった素材だけを使って、これだけ面白く胸に響くドラマを作り上げてしまった、永井愛の作家としての手腕である。すでに述べたように永井愛の芝居を見るのは初めてなのだが、この一作を見ただけで世評が高いのも当然だと理解できた。「参りました!」と頭を垂れる他ない巧さだ。「見事な作家精神を持った職人」と言うべきか「磨き抜かれた職人技を持った作家」と言うべきか… 

何よりも驚かされたのは、タイトル通りの柔らかい作風だ。心にグサリと食い込む鋭利さで強い印象を残す作品はよくある。物語をドラマチックに盛り上げて胸を揺さぶる作品もある。珍しい題材や奇抜な話法で興奮させる作品もある。特に小劇場系の作品はインパクト勝負なところがあるため、ハードなタッチや奇をてらった作風を誇ることが多い。たまに柔らかい作風があっても、センチメンタル過ぎたり、肝心の問題が深く追究されていなかったりで、どこか表面的な感動に終わってしまうことが多い。
ところがこの作品は、どこまでも柔らかい作風を保ちながら、心の奥へ深く入り込んでくる。「声高にメッセージを語る人たちを描きながら、声高でないメッセージをそっと囁きかけてくる」ヴァランス感覚の絶妙さは、まるでマジックのようだ。
そのヴァランスを支える大きな要素は、卓抜なユーモア。状況が深刻になればなるほど笑わせる台詞が増えてくるような印象さえある。それでいて話を横道にそらせるようなことはなく、ユーモラスな台詞が、状況を客観的に見る視点を与えたり、登場人物への感情移入を促したりするのだから、まさしく作劇のマジックだ。

終盤は特に笑えるのだが、その笑いの中から涙がこみ上げてくる。それは強いて言うなら矛盾に満ちた人間の営み全てに対する感動の涙だ。「それでも生きていこう!」などという声高なメッセージは決して語られない。だがそこには確かに「生を肯定する物静かな意志」が感じられる。
見る者を説得するのではなく何かを感じさせる、メッセージを与えるのではなく心の中に芽生えさせる…これこそ作劇の鑑と言う他ない。終演後の挨拶では、観客の多くがスタンディングオベーションをしていた。新国立の小劇場では初めて見る光景だが、これほどの傑作に対しては当然のことだろう。


素晴らしい脚本を得て、役者たちも皆好演。見ることに二の足を踏ませた吉田栄作が実にいい。キャラクターは15年ほど前の吉田そのまんまなのだが「なぜ今 吉田栄作?」という疑問に完璧に応えている。おそらく脚本は当て書きだろう。さして複雑な表現力を必要とする役ではないのだが、これは確かに吉田栄作のための役だという説得力が感じられる。歳を取って少し脂っ気が抜けたところも、役柄の疲れた感じと絶妙にマッチしている。
全編にわたって笑える台詞は山ほどあるのだが、特にツボにはまったものを一つだけ。「あの時、僕は君との連続ドラマが始まったような気がしてた…それがまさか単発で終わってしまうとは…」これはテレビドラマの人というイメージが強い(しかも一時のようには人気のない)吉田が言ってこそ生きてくる台詞だ。男女の一夜限りの関係をこんな言葉で表現する永井愛も凄いが、それを吉田に言わせるところがさらに凄い。吉田の台詞回しも絶品だった。

しかしそれを凌ぐほどの演技を見せるのが、これまた苦手意識の強かった小島聖。舞台で良い演技をしているのは小耳に挟んでいたが、実際に見て、彼女に対する認識をすっかり改めることになった。第一幕ではどれが小島聖かわからないほど目立たないのに、後になるほど存在感を増していき、第三幕・第四幕では実質的な主役と言えるポジションに立って、吉田を食っている。演技そのものはわざとらしさが目立つ部分もあるのだが、愚直な熱血漢である吉田との組み合わせで見れば、あれくらいのオーバーさがあっても構わないと思う。

他の役者たちも皆いいのだが、特に目立つのは、彼らに事務所を貸している工場のオヤジを演じるでんでん。ある意味最も一般的な日本人像であり、反発と共感を交互に覚える、作品の要となる役柄。若い役者たちに混じって、助演賞ものの好演だ。


永井愛/二兎社の次回作は10月、世田谷パブリックシアターでの『書く女』。かなり遅れてきたファンではあるが、確実に足を運ばせていただこう。こちらもきっと素晴らしい作品になるに違いない。


P.S.
ところでこの作品の第二幕は、日本人人質事件を題材にしているため、映画『バッシング』の中に入っていても何の違和感も無い台詞が続出する。逆に『バッシング』の中にも、この芝居とほとんど同じような台詞が何度となく出てくる。描こうとしているテーマは少し違うものの、少なくともこの第二幕に関しては『やわらかい服を着て』と『バッシング』は異母兄弟のごとき関係にある。それだけに、この場に『バッシング』のチラシなどが置かれていないことを残念に思った。国立の劇場なのでいろいろ問題があるのかもしれないが、それはまさしくこの作品の第四幕で起きていたトラブルではないか。これほど近しい関係にある作品が、互いを引き立てあうことができなかったことは、やはり残念だ。


(2006年6月)

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