【映画】『Vフォー・ヴェンデッタ』正義とは、それを唱えた者にとっての正義でしかない
ストーリーはかなり滅茶苦茶。コミックが原作と言うだけあって、原作物にありがちな、省略し過ぎで話の意味がわからない部分や唐突すぎる展開が、あちこちに見られる。
それでもこの作品、滅法面白い。演出や編集のテンポが圧倒的に優れていて、それだけで2時間以上の尺を退屈させずに見せてしまう。よく見ると最低限の美術セットで済むような撮り方をしており、あまり予算がかかっていないことがわかるが、普通に見ている分には、そんな貧乏くささを微塵も感じさせない。
もう一つの大きな勝因は、実力派の役者を揃えたこと。主役のナタリー・ポートマンはスター・ウォーズの百倍良い演技をしているし、惜しげもなく坊主頭になる役者根性も凄い。もっともこれは「坊主になっても美人は美人」という自信があるからだろう。タイトルロールを演じるヒューゴ・ウィーヴィングも、終始仮面をかぶったままで見事な感情表現を見せてくれる。ジョン・ハートも相変わらずの巧さ。小心者で猜疑心が強く、それ故に常に攻撃的な独裁者の心理を描き出している。そして何と言っても素晴らしいのは刑事役のステーィブン・レイだ。あの地味でリアルな演技が映画を思いきり引き締めている。この手の作品で、これだけ達者な演技陣を揃えた作品も珍しい。
そして内容が凄い。簡単に言えば、全体主義国家と化したイギリスを、謎のテロリストVが転覆させるという話。しかもそのやり方が、裁判所や国会議事堂の爆破など、嫌でも現実に起きているテロリズムを想起させるものばかり。一つ間違えばテロリズム肯定とも受け取られかねない内容だ。このご時世に、よくまあこれだけ挑発的な内容をハリウッド娯楽映画の枠内で描けたものだと思う。
だが注目すべきは、そのようなテロリズムに対して、この映画が余計な価値判断を下していないこと。肯定もしなければ否定もしていない。最後に仮面をかぶった群衆が押し寄せてくるシーンなど、一体どちらがファシズムなのかわからない恐ろしい光景だが、その怖さは明らかに狙ったものだろう。「人はしょせん自らが信ずる大儀のために戦うもの。正義とは、それを唱えた者にとっての正義でしかない」というシニカルな視点が、この荒唐無稽なお話を現代的なポリティカルスリラーに押し上げている。
製作と脚本は、あのウォシャウスキー兄弟。これを見るかぎり、さすがに兄弟も『マトリックス』の2作目3作目は明らかな失敗だったと思っているらしい。この『Vフォー・ヴェンデッタ』こそ『マトリックス』の正しき続編の姿だ。
監督のジェイムズ・マクティーグは『マトリックス』などの助監督出身で、これが初監督作。「よく出来ました」と花丸を付けたくなる見事なデビューだ。今後の活躍に大いに期待できる。
もう一つ特筆しておきたいのは、音楽の使い方の巧さ。Vの部屋に流れる甘いスタンダードナンバーは、Vとイヴィーの愛のテーマとして見事な効果を上げている。そして何と言ってもチャイコフスキーの「1812年」。クラシックの盛り上がり系ナンバーと言えば、ベートーヴェンやワグナーが定番だが、チャイコフスキーのあの曲が、これほど燃えるものだったとは!
アメリカでの評判が良いことは聞いていたが、予想以上の出来。日本ではあまり受けないと思うが、僕は相当気に入った。
なお、この作品を見ると、日本人が苦手な「V」の発音がたっぷりと勉強できる(笑)。「V」は「ブイ」ではなく、あくまでも「ヴィー」ね。「ヴィー・フォー・ヴェンデッタ」。
(2006年5月)



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