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05/02/2006

【演劇】劇団東京乾電池祭り 創立30周年記念公演

Kandenchimaturi


劇団東京乾電池祭り 創立30周年記念公演


文字通り、劇団東京乾電池の創立30周年を祝って行われた特別公演。下北沢のザ・スズナリで、4月19日(水)から30日(日)まで『長屋紳士録』『夏の夜の夢』『小さな家と五人の紳士』『眠レ、巴里』『授業』の5作品から毎日4本ずつ(最終日のみ『授業』2回公演)上演するというかなり無茶な企画だ。しかも上演ごとに配役が変わったりしている。役者もたいへんだが、これは裏方も戦争状態だろう。

僕はこれまで東京乾電池は食わず嫌いで見たことがなく、この公演も当初は見る気が無かったのだが、関係者である友人から「面白い」という話を聞いて、素直に見てみることにした。彼女の言葉に偽りは無く、おかげで面白い作品を二本見ることが出来た。感謝!


劇団東京乾電池『長屋紳士録』
2006年4月23日(日) 19:30〜 ザ・スズナリ

雨降りで、しかも日曜の19時半からという時間なので、ガラガラだろうと思いきや、見事に超満員。東京乾電池の底力と言うか根強い人気を思い知らされた。

開演の30分ほど前に行くと、入場してすぐトークショーが始まった。まったく知らなかったのだが、最後の回ではいつも劇団にゆかりの人を招いてトークショーが開かれているらしい。今日のゲストは何と渡辺香津美! 以前『ワーニャおじさん』でテレーギンが弾くギターの作曲と演奏を行ったことがあるそうだ。何十本もあるギターの中から「これだ」と思うものを選んでレコーディングに持っていったら、当日「これで弾いてください」と舞台で使うボロボロのギターを渡されて唖然とした…という話が面白かった。この日も自前のアコギを抱えて登場。『ワーニャおじさん』のテーマ曲を軽く弾いて見せたのだが、魔法のように滑らかな運指と、美しいギターの音色に感動。これだけで、来て良かったと思ってしまった。


本編の『長屋紳士録』は、小津安二郎の映画を舞台劇にしたもの。ある長屋の住人で捨て子らしい男の子を預かることになる。面倒は嫌だと互いに押しつけ合うが、子供を預かったおたねと子供の間に、疑似母子としての情愛が芽生えていく。だがある日、子供を捨てたと思われていた父親が現れて…という、よくあるストーリー。残念ながら映画版は見ていないのだが、舞台だけ見ていても「なるほど、確かに小津作品だ」と納得させられる雰囲気に満ちている。
本日の配役は、為吉が柄本明、おたねが角替和枝。これだけ混むのは、柄本明が出演する日だからというのもあるのだろう。他に興味のある俳優としては、最近いろいろな映画に脇役で出演していて、ちょっと気になる存在である江口のりこ(ex.江口徳子)がいるが、彼女は脇役でワンシーンのみの出演。実物を見ると、思ったよりもずっと背が高くてすらりとしたモデル体型。そんなルックスで老け役をやっているのがミスマッチ感覚で面白い。Wキャストでおたね役もやっていたようだが、そちらは一体どんなことになっていたのだろう? 出来ればそちらも見てみたかった。

内容はすでに述べたように小津安二郎映画だが、小津映画を舞台劇に翻案したと言うよりも、映画をそのまま舞台で上演している感じ。つまり映画では幾つかのシーンになる話を改変してワンシーンにまとめたりする脚色を行わず、映画と同じように次から次へと場面が変わる。セットは真ん中にある台の他は、ちょっとした書き割りや小道具程度。シーンが変わるたびに暗転するので、今までに見た芝居の中で間違いなく最高の暗転数を持つ作品となっている。普通なら数え切れないほどの暗転は批判の対象になるのだろうが、この作品の場合、徹底的に映画と同じ展開をすることを目指した一種の実験作なので、それは言うだけ野暮。むしろその確信犯ぶりを笑って楽しむのが筋というものだろう。

ただ「映画とまったく同じ」にしては、幾つかおかしなシーンがある。「この人、初めて出てきたよね?」というキャラクターが、いきなりドラマのクライマックスを演じたりするのだ。一番わかりやすい例は、先述の江口のりこが出たシーン。江口が老いた母親に扮して、紀子さん(この名前だけでオリジナルは原節子が演じたことがわかる)に「息子の嫁になってくれないだろうか」と頼む。このシーン、明らかに見たことがある。多分『麦秋』だったと思う。いくら小津映画のストーリーがどれも似たり寄ったりだとは言え、ここまで同じシーンが、見たことのない作品(長屋紳士録)に、しかも唐突に入っているのはさすがにおかしい。そこで調べたところ、この作品は『長屋紳士録』を全部再現しつつ、その合間に時々他の小津映画の一場面を挿入していることがわかった。時代設定に不整合が感じられたのもそのためか。
しかしそれは一個の作品としてはどうなのだろう? 小津映画をよく知っている観客にパロディとして楽しんでくれと言うなら、それもありだろうが、小津映画をあまり知らない普通の演劇ファンに見せるには余計な遊びではないだろうか。それならそれで複数の作品を完全にリミックスして一本の作品に仕上げた脚本を書いて欲しかった。

しかしある程度小津映画を見ていれば「あの作風を忠実に再現しつつ、今の時代のコメディとしてうまく換骨奪胎してあるなあ」と感心させられるし、中心となる『長屋紳士録』は、ほのぼのとした人情コメディとして楽しく見られる。また小津映画と言えば、カメラをローポジションに据えた固定ショットが大きな特徴だが、舞台の場合、最初からカメラ(観客)の位置は固定されている。前方の自由席だったせいで、高さも映画のローポジションに近い。ただし首を動かすだけで上下左右のパンは自由だ。そのため視覚的な面では小津映画そっくりに見えるところもあれば見えないところもあり「メタ小津映画」とでも言うべき奇妙な感覚を味うことができた。


そんなわけで、大きな感動を覚えたというほどではないにせよ、十分に楽しむことが出来た。次の土曜も下北沢に来る用事があり、その前に見るのにちょうどいい時間だったので、もう一本『授業』も見ることにした。イヨネスコが書いた有名な不条理劇だという事は知っていたが、東京乾電池で主演がベンガルだから、まあそんなに小難しい作品にはなっていないだろうと思ったのだ。


劇団東京乾電池『授業』
2006年4月29日(土) 17:00〜 ザ・スズナリ

教授:ベンガル
女中:角替和枝
女生徒:高尾祥子

ある教授の下へ個人授業に訪れた女生徒。何か曰くありげな教授は、最初の内こそ紳士的にものを教えるが、あまり頭の良くない女生徒に次第に苛立ちを覚え始め、女中が心配していたとおり比較言語学を始めた辺りから狂気の世界に突入していく…

「不条理劇」という話に身構えていたが、場内からさかんに起きていた笑いが示すとおり、良質な娯楽作品に仕上がっている。
教授と女生徒のやり取りは、シュールなまでにコミュニケーションの回路が狂っており、この辺を強調すれば不条理劇としての性格がもっと強くなっただろう。今回の演出でも「自分が普段当たり前のこととして信じている常識は、実は非常にあやふやな約束事に過ぎず、決して絶対的な真理ではない」「そもそも言葉とは一体どんな存在なんだろう」といったことをしばしば考えさせられた。
しかしこの作品では、あまり間合いを取らず、二人のやり取りがテンポ良く進むため、深い哲学性を持った作品と言うよりは、もっと軽いブラックコメディとしての色が強くなっている。前半は安部公房風、後半は映画『コレクター』風といったところか。見ようによっては、あの女中は教授の理性や良心であり、実際には存在していないと考えることも出来るだろう。と言うか、そういう演出プランも確実にありだと思う。

ベンガルと角替和枝はさすがに安定した出来。二人のコンビネーションも抜群。角替さん、2回くらい変なこけ方をして足を痛めていたようだが、あれって演技じゃないよね? ちょっと心配になりました。
女生徒役の高尾祥子も、他人の神経を逆撫でする底抜けの無邪気さをうまく表現していた。ただ最後の方で真っ赤なズロースが丸出しになる演出は不要だったのではないか。あの展開にセクシャルな意味が出てくると、作品の次元が急に下がってしまう。そういう要素は一切無しにした方が「ざまあみろ淫売め」という台詞の場違いさが、さらに引き立ったはずだ。

最初のうち聞こえていた音を、SEではなく裏方の準備による雑音だと思っていたため、最後にその音に意味があることが分かったときは「やられた!」という感じだった。本当に『コレクター』(ウィリアム・ワイラー監督の方ね)そっくりの終わり方で、相当好みだ。

今回の乾電池の芝居は娯楽性のあるブラックコメディとして仕上げられていたが、すでに書いたとおり、演出次第で、もっと不条理な作品にも哲学的な作品にもホラーな作品にもなりうると思う。この戯曲が高い人気を誇っているのは、そのような様々な演出に耐えられる柔軟性を持っているからだろう。いずれまったく違う演出を施された『授業』も見てみたいものだ。


なお『長屋紳士録』『授業』どちらの作品にも言えることだが、無茶な上演形態を取っているだけあって、役者がかなり台詞を噛んでいた(あるいは台詞を忘れていた)し、演技を離れて素になっている部分もしばしば見られた。そういう点では演技的な完成度は低いのだが、何しろ「祭り」だし、カッチリとした水も漏らさぬ芝居をやる劇団でないことはわかっていたので、ほとんど気にならなかった。ただし今度の祭り以外でも、ああいう調子だったら、さすがに首を傾げることになるかもしれない。


そんなわけで、食わず嫌いだった東京乾電池、いざ食べてみれば思ったほど癖はなく、なかなかいける味だということがよくわかった。今回見た2作品が、乾電池の中でも最上の部類に入るのか、いつもこの程度のレヴェルをキープしているのかはわからない。しかし興味深い演目であれば、今後も積極的に見てみようという気になったことは確かだ。


(2006年5月)


【追伸】(2006年6月)

『長屋紳士録』が6月11日(日)22時から、NHK教育の芸術劇場でオンエアされます。ご興味がおありの方は、どうぞお見逃しなく。
http://www.nhk.or.jp/art/

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