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05/29/2006

【演劇】劇団桟敷童子『ぱぴよん』『ぬらりひょん』2006.5.26

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劇団桟敷童子 若手公演『ぱぴよん』『ぬらりひょん』
2006年5月26日(金) 19:30〜 西新宿成子坂劇場


2週間前の番外公演に続く、桟敷童子初の若手公演。演出も東憲司ではなく原口健太郎になっている。
構成は前回と同じく短編2本立て。場所も西新宿成子坂劇場。先に書いておくと、前回客数を100〜120人と書いたが、だいぶ違った。今回きちんと勘定したら1列15〜16人で5列だったので75〜80人だった。


第一部『ぱぴよん』…四畳半からの脱出

前回は『まかろに』というのがマカロニウェスタンの意味であることに、劇場に入って初めて気がついたが、今回はこの『ぱぴよん』がスティーヴ・マックイーン主演の映画『パピヨン』であることに、公演の2日前に気がついた(笑)。DVDを持ってるし見直そうかと思ったが、かつて何度も見た映画だから大丈夫だろうということで、特に予習/復習はせずに臨んだ。この映画、昔本当に大好きだったのだ。初めて見た中学生の日の想い出が、今もまざまざと甦ってくる。

『パピヨン』のダスティン・ホフマンそっくりの格好をしたドガ(松本しゃこ)が、引き籠もりの主婦である潮子(山本あさみ)をアパートの一室から外へ連れ出そうとする話。

最初のうちは少々かったるい。『まかろに』ほどのマニアックさは無いので、あまり笑えないし、若手女優の2人も華がなく、板垣桃子ともりちえのガチンコ対決に比べると遙かに見劣りする。

ところが後半、ぐんぐん良くなる。途中で潮子の「幻想」だということにされたドガの本当の正体が判明し、なぜ潮子が引き籠もっているのかという事情がわかるところで、物語が心にぐっと食い込んでくる。冷静に考えればベタなストーリーなのだが、他の桟敷童子の作品と同様、そのベタな物語に対する役者とスタッフの真剣な共感が、観客も巻き込んでしまう。この辺は短編と言えども桟敷童子の真骨頂発揮である。

ラストではまたもや小仕掛け、そして二段構えで中仕掛け。いかなる作品であろうが、絶対最後は仕掛けで終わらないと気が済まないところも、まさしく桟敷童子だ。特にあの小仕掛け(パピヨン)は、あまりのベタさに不意を突かれ、思わず涙が出そうになった。

ただ言っておかねばならないのは、この感動の少なからぬ部分が、ジェリー・ゴールドスミス作曲の『パピヨン』のテーマ曲に依っているということだ。30分ほどの上演時間に、あの曲が何度も何度も執拗に流されるのだ。そりゃ涙も出るさ。あれは反則だ。
『パピヨン』は映画そのものも好きだが、あのテーマ曲はそれ以上に大好きだ。この芝居と同様、映画本編も、あのテーマ曲を手に入れたことで作品のレヴェルが何ランクもアップしている。クラシックやロック、ジャズの既製曲は別として、いわゆる「映画音楽」と呼ばれるジャンルで言えば、フランソワ・ド・ルーベの『冒険者たち』(「いとしのレティシア」)やズビグニェフ・プレイスネルの『ふたりのベロニカ』と並んで、確実に5本の指に入る好きな曲なのだ。それをあれだけ執拗に流されれば感動もしますよ、そりゃ。

それにしてもフランクリン・J・シャフナーを「大雑把監督」とか呼んでいたが…黒沢清がいたら殴られるぞ(^^;)。


セットチェンジの時間は舞台に幕がおり、下手にあるテレビから、芝居で言及された『パピヨン』の名シーンがダイジェスト版として流される。DVDは買ったものの見ていないので、実に久しぶりの再見。
白髪になり歯も抜けたパピヨンがドガ(ダスティン・ホフマン)と別れ、断崖から海へと飛び込むクライマックス。そしてあのテーマ曲…
終わったとき、かすかに涙がにじんでしまい、誤魔化すのに苦労した。
『パピヨン』…本当にいい映画だったなあ…


第二部『ぬらりひょん』…向日葵のまぼろし

出演は尾崎宇内、新井結香、小野瀬弥彦、中井理恵。若手ではない桑原勝行が、ぬらりひょん役でワンシーンだけ出演。

ストーリーは説明しづらいが、一言で言えば「僕」の罪の意識が過去と現在を行き来する幻想的な物語。外見は大林宣彦的だが、物語のモティベーションとなるのが「罪の意識」であるため、ノスタルジーの甘美さよりも「痛さ」が先に立つ。大林よりは寺山修司の映画に近いかも。それ以上に凄くよく似た映画があったような気がするのだが、未だに思い出せなくて、いささか気持ちが悪い。

「僕」の過去の罪は少年時代の放火。現在の罪は親友の彼女と寝たこと。しかも彼女はその後別の男と一緒の車に乗っていて事故死し、親友は彼女と行くことを夢見ていたラヴホテルの一室で首を吊る。
その二つの罪の物語と「僕」の心象風景に近いものが同一の舞台で行きつ戻りつしながら演じられることで、物語の時制が混乱する。最初は「時制の描き分けも出来ないとは何とヘタな演出だ」と思ったのだが、ずっと見ていくと、むしろその混乱ぶりが「僕」の心の痛みの表現になっていることに気がついた。過去の罪と現在の罪が入り乱れることで、罪の意識が様々な形で「僕」の心を責め苛んでいるように感じられるのだ。これを計算してやっているとすれば、相当なものだ。

タイトルのぬらりひょんとは妖怪の名前だが、ここでは「僕」が少年時代に放火をした時、罪をなすりつけるためにでっち上げた架空の少年のこと。それ以来「僕」は常にぬらりひょんにつきまとわれている。この設定が秀逸だ。ぬらりひょんは「僕」の後ろめたさ、罪の意識かもしれないし、良心かもしれない。あるいは「僕」が自分の罪から逃れるためにすがる神のような存在かもしれない。明確な答を出さないことで、ぬらりひょんは多義的なシンボルとして機能している。自分にとってのぬらりひょんとは何なのか…そんなことをつい考えてしまう。

この作品はとにかく脚本が良い。本の良さで言えば、今回の4本中ダントツだ。できればこれを1時間半程度の作品にリメイクして欲しいものだ。いつもの桟敷童子とは一味違う異色の名作が出来上がるような気がする。

役者について言うと、男優二人は、決して巧みではないし、まだまだ華もないが、熱意は強く伝わってくる。桟敷童子という劇団は、何は無くとも芝居に対する熱意にだけは事欠かないようだ。女優二人は、どらちも爽やかで魅力的な美女。サバイバル系のマゾヒスト集団に置いておくのはもったいないくらいだ(爆)。演技的にも、男優陣より安定した芝居を見せてくれた。


と言うわけで、2本とも若手公演とは思えぬ充実した出来。どちらも屋台骨となる脚本が良いのが最大の理由だが、まだ未完成な役者たちからも、今後の可能性を十分に感じることができた。

骨太な脚本、外連味たっぷりの演出、達者なベテラン勢に熱意溢れる若手たち…桟敷童子の勢いは、当分の間衰えることはないだろう。今後にますます期待が持てるようで嬉しい。


なお劇団員から聞いたのだが、『まかろに』で使われていたマカロニウェスタンのポスター等は、皆ネットで拾ってきた画像を拡大してオリジナルで作ったものだそうだ。凄いお宝に見えたCDも、実はジャケットを作ってケースに入れただけで、中身のCDは入ってなかったらしい。
考えてみれば、お芝居だからそれでいいのだ。すっかり騙された。騙されるほどリアルだったと言うことで、これはもちろん誉め言葉である。


(2006年5月)

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