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04/13/2006

【本】『THE GIVING TREE』 including 【映画】『街の灯』

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エーリッヒ・フロムについて調べていたら、ネットのどこかで「フロムが『愛するということ』で語っていることの本質は、絵本『おおきな木』に描かれている」というような記述を見つけた。

『おおきな木』? 知らないなあ、どんな本だろう…と思って、ちょっと調べてみたら、何だ『THE GIVING TREE』のことか。この本なら何故か洋書で持っている。もっとも何年も前に読んだきりで、持っていることすら、すっかり忘れていたのだが。

早速読み返してみた。


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フロムとの関連について言えば、ある意味本質を突いていると言えなくもないが、ことさらフロムとこの本を結びつけなくても…という感じではある。ただし昔読んだときよりも強い感動を覚えたのは、フロムの『愛するということ』や『生きるということ』をふまえた上で読んだからであるのも否定できない事実だ。

なにぶん絵本なので、10分もかからずに読めてしまう。英語も中学生3年生程度の知識があれば十分だろう。だから内容について具体的に語る気はない。語り始めたら、それこそ全部語るしかなくなってしまうからだ(事実amazonの解説は、ストーリーを全部語ってしまっている)。


一言で言えば、これは「無償の愛」の物語だ。

だがその「無償の愛」が、手放しで賛美されるべきものとして描かれていない点がなかなかの曲者であり、この物語をより奥深いものにしている。

The TreeはThe Boyに自分の持てる全てを与えていく。何の見返りも期待しない無償の愛…だがその結果として、The Boyは「愛されること」としか念頭になく、「愛すること」を知らない人間として、孤独な人生を送ることになってしまったのではないか? そういう見方も出来るはずだ。

そんなThe Treeの姿は、チェーホフの短編『可愛い女』の主人公オーレンカに重なっていく。トルストイが「これこそ女性の鑑だ」とオーレンカの従順極まりない生き方を賞賛したのに対し、チェーホフ自身は「彼女には自分というものがない」とむしろ否定的な見方をしている。だが作品の中で、チェーホフ自身はオーレンカの生き方を肯定も否定もしていない。彼女の姿に何を感じ、どう評価するかは、全て読む者に委ねられている。

唯一「but not really.」という一節に、作者のThe Treeに対する批評的視点をかいま見ることができる。日本語版では、この一節を「でも本当かな?」と訳しているらしい。しかし「でも本当かな?」では、「実際にはそうではない」という反語表現としてのニュアンスが強すぎる。「but not really.」(←原文は?無し)は、もっと控えめで、繊細な表現ではないだろうか。
その一節を、作者のThe Treeに対する皮肉な視点と見るか、全てを与え尽くしたThe Treeの一時の心のゆらぎと取るかで、作品の読み方がだいぶ変わってくるはずだ。


読み終えてしばらくしてから僕が思い出したのは、チャップリンの映画『街の灯』だった。
あの映画の中で、浮浪者チャーリーは盲目の花売り娘に無償の愛を捧げる。そして彼女の目の手術代を工面するが、それが元で刑務所に入ることになる。刑期を終えてみすぼらしい格好で街に出てきたチャーリーは、目が見えるようになった娘と再会する。
しかしチャーリーが自分の恩人だと知らない娘は、みすぼらしい格好で犬に追いかけられているチャーリーを見て笑う。その姿に、かつてのような純真さは見られない。チャーリーが恩人だと気づいたときも、彼女の顔に浮かぶのは感謝や感動ではなく、明らかな戸惑いである。一方のチャーリーは、娘との再会に喜びと感動を隠さない。しかし彼が発する言葉は「見えるんだね?」その一言だけである。戸惑いの表情を浮かべる娘。その顔を、映画史上最高の泣き笑いの表情で見つめるチャーリー…

真実を知った娘は、おそらくチャーリーにある程度の感謝は示すだろうが、彼が与えたのと同様の深い愛を返すことはないだろう。
目が見えない時に美しい心を保っていた娘は、目が見えるようになったのと引き替えに純真さを失ってしまったのだ。

それでもチャーリーの愛に価値はあったのか?

おそらくチャーリーは、最初から見返りなど期待していなかっただろう。彼は娘を助けることに純粋に喜びを見いだしていたのであり、見返りが無いとわかっていても、同じ行動を取ったはずだ。だからこそラストで彼は、自らの功績を何一つ口にすることなく、ただ彼女の目が見えるようになったことだけを素直に喜ぶのだ。
だが彼は、娘の変貌に気づいているのだろうか? 映画の描写として見る限り、娘がチャーリーの姿を侮蔑的に笑っていたことに、チャーリー自身は気づいていないようだ。しかし観客にはそれがわかっている。したがってチャーリーの無償の愛を肯定するか否か、その結果として引き起こされた皮肉な現実を受け入れるか否かの選択は、チャーリーではなく、見る者一人一人の心に委ねられている。彼の無償の愛を、崇高なものと思う人もいれば、愚かな行為だと思う人もいるだろう。

確実に言えることは、『THE GIVING TREE』のThe Treeと同様、あの映画のラストにおいて、チャーリーは間違いなく幸福だったということだ。端から見れば、それがどんなに皮肉で悲しい状況であったとしても、自分が娘のために何かをしてあげられたことを、彼は心の底から喜んでいるのだ。


『THE GIVING TREE』の中で、一つの文章が何度となく繰り返される。


And the tree was happy.


その一文が、ある時は美しく、ある時は悲しく、ある時は皮肉に、心に響く。


(2006年4月)

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