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03/27/2006

【演劇】MODE『唐版 俳優修業』Aプロ 2006.3.22

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MODE『唐版 俳優修業』2006年3月22日(水)19:00〜 中野光座


20日(月)、MODEから突然『唐版 俳優修業』のプログラムを変更するというメールが届いた。石村実伽が途中降板し、後半の6公演はすべて山田美佳がサクランボ・ポリスを演じることになるという変更だ。最終的には石村が6公演、山田が9公演となる。

石村実伽の回を2回見るつもりだったのに、最終日が山田美佳に代わってしまった。山田も末恐ろしい才能を持った女優だが、最初から2回分のチケットを買ってあるのは石村が出ているからに他ならない。そこで21日にBプロを見に行ったとき、26日のチケットを、石村の最後の主役回となる22日に振り替えてもらった。本来なら最前列通路際(一番真ん中)だったが、同じ席への振り替えは無理で、2列目の少し端の方になった。ところが芝居が始まっても横の席が3つもずらりと空いている。すぐに席を移って2列目の通路際で見た。初日とまったく同じ席。初日も本来なら通路から2つめだったのに、隣が空いていたので通路際に移ったのだ。これも何かの因縁だろうか。

昨日のBプロはかなり空いていて少々うらぶれた雰囲気だっだが、雨が降っているにも関わらず、こちらは意外なほど客入りがいい。両方見に来る客はそう多くないから、やはりAプロの方に集中するのだろう。どこかで見たような顔の関係者や役者が相変わらず多いので、出演者の知人友人も多いはず。そうなるとキャリアの長いAプロ組が集客力で勝るのは当然か。近畿大学勢は、何しろ地元が大阪だから、友人知人が気軽に来られないのがかわいそうではある。


この日の公演だが、初日よりも遙かに良くなっていた。俳優がようやく役柄を自分のものにしたせいだろう。演技そのものが特別変わったわけではないのだが、みんな役柄の核心を掴んだような印象がある。初日は全員台詞を噛みまくっていたが、それがぐっと滑らかになり、感情を込める余裕が出たようだ。前回は焦点が定まっていないように見えた中田春介も、彼らしいダメ男の味わいが滲む良い芝居をするようになった。こうしてみると、やはり初日は、ほとんどの役者がまだ浮き足立っていたことがわかる。
そんな役者たちの好演によって劇の輪郭が明瞭になり、白日夢のようなストーリーの中から、演劇と人生に対する刺激的な洞察が浮かび上がってくる。演劇に関するかなりの知識や当時の社会状況を知らないと理解できない部分が多いのは否定できないが、それも3回見たら、さすがにだいぶ理解できるようになった(笑)。


だが何と言っても、ここで見るべきものは石村実伽だ。

初日の彼女の演技には、明らかに「苦しみ」が感じられた。それは今までの彼女には決して見られないものだった。『城』や『ゼロの神話』のような難しい役でも、ピリピリとした緊張感や戸惑いは感じたが、「苦しみ」までは感じなかった。後半はぐんぐん良くなっていって、最後には力業で役を自分の側に引き寄せてしまったが、今回の芝居に苦労していることは、舞台だけを見ていてもよくわかった。
ところがこの日は、最初から肩の力が抜けていた。初日の前半は力みすぎて演技が空転している感じだったが、それとまったく正反対。実に自然な感じだ。
その後も全編にわたって好調で、石村なりのサクランボ・ポリス像を見事に演じきっている。それはおそらく唐十郎がイメージしたキャラクターとは微妙に違うものだろう。不思議な人々や様々な出来事に翻弄されながら、演技とは何か、人生とは何か、自分が何をなすべきなのかを模索しているのが本来のサクランボ・ポリスだとしたら、そのイメージにより忠実なのは山田美佳の方だ。石村のサクランボ・ポリスは、もっと強い意志を持ち、自分が何をなすべきかを能動的に見つけ出そうとしている。そのため同じテキスト、同じ演出であるにもかかわらず、劇の構造がだいぶ違って感じられる。Bプロは、女優志望の女の子が様々な経験を経て一人前の女優になろうとする成長物語。Aプロは、一人の女優が数々の受難でボロボロになりながらも、なお女優で在り続けようとする物語に見えてくる。
考えてみれば、それは山田美佳と石村実伽の現実の立場を、そのまま映し出したものだ。AプロもBプロも演出はまったく同じで、役者の個性と芝居だけで差別化が図られている。だとすれば石村主演のAプロは、これで一つの理想的な形を示しているのではなかろうか。
石村がこの役作りに苦労した理由の一つは、十年選手の「女優」が「女優志望」を演じることにあったと思う。と言っても、自分とかけ離れた役を演じるのは役者なら当然のことだし、普段なら彼女なりのアプローチで役作りに取り組むことも出来ただろう。ところが今回は、山田美佳という、サクランボ・ポリスをリアルに演じられる立場にある新人俳優と競合しなくてはならない。それが彼女の役作りに混乱をもたらしていたのではないだろうか。
この日の石村は、余計な力みが消え、「自然」と言うよりも「無心」に近い状況に見えた。彼女はその時「女優志望」としてのサクランボ・ポリスを演じることを断念していたのかもしれない。彼女が無心のまま自分の心と肉体を通して唐十郎のテキストを表現していったとき、そこには「女優志望」のサクランボ・ポリスではなく「女優」サクランボ・ポリスが出現した。その結果『唐版 俳優修行』という作品は、「女優志望」の成長物語から、「女優」が女優で在り続けようとする物語へと変質していった…僕にはそんな風に思える。

肩の力が抜けて自然体演技を通した石村だが、刑事や機動隊が出てくるクライマックスでは、彼女ならではの強い感情表現力が爆発する。そこは初日よりもずっと悲壮な美しさに溢れ、胸を揺さぶられた。
特に息を呑んだのは、得丸伸二たちが前面で芝居をして、彼女が後ろに下がっている時だ。実はBプロを見たとき、ここが非常に気になった。山田美佳が、前面で行われている芝居に対して、ほとんど反応を示していないのだ。その時サクランボ・ポリスが何を感じ、何を考えているのかがまったく伝わってこない。これは前にも別のレビューで書いたことだが、役者というものは、自分が台詞を喋っている時だけでなく、後ろに下がってただ黙っているような時でも、物語の構成要員として、他の役者の喋る台詞に反応し、自分が今何を感じているかを表現しなくてはならない。その無言の演技が、芝居に厚みを与えるのだ。ところが山田は、その点がまだ全然駄目だった。
何度も述べているように、石村は台詞が無い場面での演技が圧倒的にうまい。このシーンでも、彼女の無言の表情、本当にさり気ない仕草から「この女、何を言ってるの?」という怒りの感情が的確に伝わってきた。その怒りが次第に高まり、やがて爆発するまでの過程が、実に自然に演じられていた。
山田の場合、そこがまったく演じられていない分、机に上ってガス銃を皆に向けるところで「突然切れた」という驚きが感じられた。しかしそれは計算ずくの演技ではないような気がする。一方石村は、なぜ彼女がそのような荒っぽい行動に出るのか、感情の流れが実によくわかる。その分驚きは少ないし、事実僕も1回ずつ見た時点では山田の切れっぷりの方が印象に残ったのだが、これは本来石村のアプローチの方が正当なものだろう。感情表現が自然な力強さを取り戻した分、そのシーンの説得力も初日より豊かさを増していた。


いろいろな見方、いろいろな評価はあるだろう。しかし前回述べた「現代性」という観点からも、演技の質からも、この22日のAプロは、21日のBプロを遙かに超えていたと思う。少なくとも「石村実伽が演じるサクランボ・ポリス」の正答は導き出されていたはずだ。


それだけに彼女の途中降板は残念でならない。


終演後、ロビーで客に挨拶をする石村実伽の大きな目は真っ赤だった。
興奮によるものか、何かが当たって充血したのか、涙を流しているのか、その全部なのかは、よくわからない。
ただ、その目を真正面から見たとき、役者という仕事の苛烈さが痛いほどわかった。
そしてボロボロの姿から溢れ出す、完全燃焼した者だけが持てる美しさに、あらためて彼女がうらやましいと思った。


残念な結果になってしまったが、この経験は確実に彼女を一回り大きくすることだろう。
普通の人間はもっと早いうちに挫折を経験する。そして多くの人間は夢を諦める。
だが彼女は10年もの間、大きな躓きを経験することなく、役者という夢の仕事を続けてきた。むしろその方が異常なのだ。
その10年の間に、彼女がいたことで役がもらえなかった女優、注目を浴び損ねた女優もたくさんいるだろう。それによって舞台から去っていった人もいるはずだ。
そんな極悪非道な行為を10年も続けてきた人間が、今さら舞台を降りることなど許されるものではない。


女優 石村実伽の第二幕は、ここから始まるのだ。


(2006年3月)

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