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02/08/2006

【本】『星々の舟』村山由佳

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そもそもなぜこの本に惹かれたのか、自分でもわからない。本屋の店頭で平積みになっている文庫本を見たときからずっと気になっていたのだが、知らない作家だし、他に読む本は山のようにあるしで、ずっと買い控えていた。しかし重松清の『流星ワゴン』を買うとき、すぐ近くに並んでいたので、つい一緒に買ってしまった。そして『流星ワゴン』を読み終えた後、すぐにシェイクスピアに戻る気が起きず、続けてこの本を読み始めた。


文庫で427ページとそこそこ長い作品だが、長編ではなく、6つの短編によって構成される連作集だ。ある家族の物語が、暁→美希→紗恵→貢→聡美→重之とエピソードごとに主人公を替えながら綴られていく。主人公の視点によって一つの出来事が違う様相を見せたり、一面的に見えたキャラクターが、主人公になった途端、思いもよらぬ心の痛みを露呈したりする。このような構成によって、物語がぐっと立体的で奥行きの深いものになっていく。小説や映画でごく希に見かける手法だが、これほどうまくいった例は珍しいのではなかろうか。

中心に位置する物語は、血がつながっていることを知らぬまま男女の関係になってしまった暁と沙恵の禁断の恋だ。暁を主人公とする最初のエピソードで、まずこのモチーフが提示されるため、二人の恋と深く関わらないエピソードにも悲劇的な痛みが通奏低音として流れ続ける。もちろんその痛みを最も感じさせるのは、暁と沙恵が主役のエピソードだ。とりわけ沙恵が主役の「ひとりしずか」は、強いて順番を付けるなら6編中のトップに位置することになるだろう。決して報われぬ恋に殉じ、人生の大切な部分を自ら葬り去ってしまった沙恵。その情念と悲しみが、最後の1ページ、最後の1行に集約される。圧巻のラストだ。
他のエピソードも全て優れている。特に長男 貢を主役にした「青葉闇」には驚かされた。前半では、最も魅力が薄く、読む者に反感すら抱かせるキャラクターとして描かれていた貢に、深く感情移入してしまったからだ。

その「青葉闇」の終盤に出てくる「どうしてこう、何もかもうまくいかないのだろう。どうして俺は俺でしかないのだろう」という言葉こそ、『星々の舟』全編を貫くメインテーマと言っていいだろう。傍目には決して特別には見えない家族。その一人一人が抱え込んだ悲しみや絶望、心の闇は、ごくありふれた世界が舞台となるだけに、するりと心の中に入り込み、その後、割れたガラス細工が転がるように心を内側を切り刻んでいく。痛い。とても痛い。

最終エピソード「名の木散る」の終盤に出てくる「幸福とは呼べぬ幸せも、あるのかもしれない」「叶う恋ばかりが恋ではないように、みごと花と散ることもかなわず、ただ老いさらばえてゆくだけの人生にも、意味はあるのかもしれない」という言葉は、それらの悲しみに対する一つの回答だろう。決して何かを解決するわけでもない、単なる「諦め」なのだが、何もかもがうまくいかず、どうあがいても自分が自分でしかないのなら、その虚しい現実をありのままに受け入れ、大切な何かを諦めることで得られる心の平安も、幸せの一つの形なのではないか…そんなことを思わずにはいられない。

これだけ悲しい物語でありながら、ベタベタとした情緒に決して溺れないところが秀逸だ。読み終えると、晩秋の空気のような肌寒さと清々しさで心が満たされる。とても乾いた感動だ。

この本に惹かれたのは、やはり自分の中で本読みとしての勘が働いたということなのだろう。


(2006年2月)

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