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11/23/2005

【映画】『バッシング』愛に関する短いフィルム

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中東でボランティアとして働いていたところ反政府勢力の人質となり、解放されて日本に戻った有子(占部房子)。帰国後の彼女に降りかかった苦難を描く、小林政弘監督作品。今年のカンヌ映画祭コンペティションに出品された話題作だが、国内でも大きな物議を醸したイラク人質事件がモチーフになっているため、劇場側が二の足を踏み、未だ日本公開の目処は立っていない。今回は東京フィルメックスでの観賞だが、これが日本での初上映となるそうだ。上映時間は82分と今時珍しいほどの短さ。

舞台は北海道の海沿いにある小さな町。有子が日本に帰ってから半年ほど経ち、マスコミによる騒ぎはすでに収まっているが、彼女へのバッシングは今も収まらない。家には一日に十本程度の中傷電話があり、職場の雰囲気が悪くなるという理由でホテルのアルバイトもクビになってしまう。ついには父親までが肩叩きをされて30年間務めた会社をクビになる。それでも有子は、再びボランティアに戻ることを夢見るのだが…


題材から政治的な映画を想像すると肩すかしを食う。この映画において、中東での人質事件はあくまでも背景に過ぎず、焦点はバッシングを受ける有子の生き方に絞られている。有子を賛美するるわけでも非難するわけでもなく、一人の人間の信念が周囲の社会とずれを生じたとき、どのような事態が起こり、どのような選択を迫られるかを、淡々とした、しかし緊張感溢れるタッチで描いていく。

興味深いのは有子の人間像だ。紛争国でボランティア活動を行う彼女は、現地の人々にとっては天使のような存在なのだろうが、頑固で狭量な性格の持ち主でもある。マザーテレサの言葉を心の支えとし、遠い国で困っている人々を助けたいと願っているが、その一方で回りには親しい友人もおらず、同じ家で暮らしている継母(大塚寧々)との仲もギクシャクしている。他人を愛したいと思いながらも、ごく身近な人間に対しては攻撃的な態度を取ってしまう矛盾の塊のような人物…それ故に、有子のキャラクターは限りなくリアルで人間くさいものとなっている。

この映画のクライマックスは、終盤における継母と有子の会話だ。そこで有子は、自分の態度がこれまで回りの人々を傷つけていたことを自戒する。と同時に、それでも「自分が必要とされる場所で生きずにはいられない」という思いを告白する。勉強も出来ず、親友もおらず、受験にも就職にも失敗した彼女が、遠い外国へボランティアに行き、「空爆で怪我をした子供の包帯を変えたり、お婆さんの手を引っ張ってあげたり…ただそれだけでみんなが感謝してくれたの」と、自分の存在意義を初めて実感した時の感動を切々と語る姿には、強く胸を打たれずにはいられない。


映画の中でも語られるように、ボランティアや慈善行為は、特に日本においては理解されにくい。それは多くの人が、ボランティアを「無償の行為」だと勘違いしているせいだろう。確かに、まったく無償の行為に情熱を傾ける人間は、通常の価値観から逸脱しているという理由で薄気味悪いし、裏に何かあるのではないかと勘ぐりたくなる。だが物質的な利益を得ることだけが人間の幸福ではない。むしろ人間は、人に何かを与えることで、精神的により大きな幸福を得ることが出来るものだ。ボランティアは決して「無償の行為」などではない。他人を助けることによって自らの魂を救う「有償の行為」なのだ。

言ってしまえば、それが「愛」というものだろう。
愛を知る者は、人に何かを与えることで、自らも喜びを得る。
愛を知らない者は、人に何も与えないことで、自らの喜びも減らしている。

有子がボランティアに向かうのも、そんな愛を求めてのことだ。一応つき合っていた男はいたにせよ、二人の会話を聞いている限り、心は完全にすれ違っていたとしか思えない。日本にいては、人を愛することも、人から愛されることもない。だがあの国に行けば、自分を必要としてくれる人がいる、自分が今生きている価値を見いだすことも出来る…有子を突き動かしているものは、そんな愛に対する渇望だ。

もちろんそこに少なからぬ幻想が含まれていることは言うまでもない。「外国まで行ってボランティアをするくらいなら、なぜこの国でやらないんだ」という元恋人の批判は、額面通りに受け取れば社会的な主張だが、この映画の文脈から言えば、むしろ「見も知らぬ人たちを愛する前に、なぜ今目の前にいる人たちを愛そうとしないんだ」という意味に受け取るべきだろう。そんな彼の批判には、確かに一定の理が含まれている。


そのような見方をしていけば、この『バッシング』が、政治的・社会的な映画と言うよりも、文字通り「愛に関する短いフィルム」以外の何ものでもないことがわかるはずだ。一見何の引っかかりもなく進んでいくストーリーも、有子や継母や父親、それぞれの愛の形について考えていけば、決して一筋縄ではいかない複雑さや苦みに溢れていることに気づかされる。


小林政弘の映画は初めて見たが、以前の作品はもっと絵作り優先で、今回のようなドキュメンタリータッチの作風は初めてらしい。あれだけ地味で無愛想な物語に絶え間ない緊張感を与え、一瞬たりとも退屈させぬ手腕は、間違いなく一流のものだ。父親の自殺を暗示する場面など、幾つかのシーンで見られる省略の美学には、「映画そのもの」とも言うべき輝きが溢れている。

だが本作の最大の功労者は、有子を演じた占部房子だろう。以前彼女の主演舞台を見た時には、正直あまり魅力を感じなかったのだが、この映画での演技は完璧と言っていいものだ。アップの表情だけ、あるいは立ち姿だけで、ザラザラとささくれだった有子の心象を表現しきっている。父親の葬式シーンで、頬をピクピク痙攣させながら涙を流している表情など、鬼気迫るほどだ。映画女優としては無名に近い存在だが、興業上の不利を承知の上で、彼女を主役に抜擢した理由がよく理解できる。


『バッシング』は、スケールは小さいものの、透徹した視点を持ち、様々なことを考えさせてくれる傑作だ。

本作の正式な公開が一日も早く実現することを願ってやまない。


(2005年11月初出)

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