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10/23/2005

【演劇】MODE+近畿大学演劇・芸能専攻『唐版 風の又三郎』近大バージョン 2005.10.22

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MODE+近畿大学演劇・芸能専攻『唐版 風の又三郎』近大バージョン
2005年10月22日(土) 13:00〜 シアター・プラッツ


最近演劇についていろいろと書いているが、本格的に演劇を見始めてからまだやっと2年半なので、実は肝心なところでいろいろな穴が空いている。
例えば松尾スズキや宮藤官九郎の芝居は一回も見たことがない。確か鴻上尚司も見たことがない。NODA MAPも、劇団新感線も、三谷幸喜の芝居も見たことがない…といった具合だ。
小劇場の歴史についても同様だ。これだけ劇団桟敷童子に肩入れしながら、新宿梁山泊についてはごく表面的な知識しかない。状況劇場も名前しか知らない。これが今の唐組なのね…と言っても、名前しか知らないのは唐組も同じだ。前にMODEの「現代日本戯曲再発見シリーズ」で見た山崎哲や別役実についてもほとんど知らない。寺山修司は『田園に死す』や『草迷宮』など映画は何本か見ているが、芝居としては一本も見たことがない。

今なぜか再評価の気運が高まっているらしい唐十郎も例外ではない。僕にとって唐十郎と言えば、大島渚の映画『新宿泥棒日記』に出てきて新宿紀伊国屋の前でパフォーマンス(?)をしていたちょっと太めのおっさんであり、小説『佐川君からの手紙』の作者である。演劇人としての唐十郎についてはほとんど何も知らない。

そんなわけで、今回の『唐版 風の又三郎』近大バージョンが、自分にとっては唐十郎の演劇との最初の出会いとなる。


『唐版 風の又三郎』近大バージョンは、MODE主催の松本修が助教授として授業を行っている近畿大学演劇・芸能専攻の卒業公演として制作された舞台。それが好評につき、東京で再演されるわけだ。役者は、脇役でMODEのメンバーが3人出ている他は、近畿大学演劇・芸能専攻の卒業生と現役の学生で占められている。


先に書いておくが、新宿厚生年金会館の向かい辺りにあるシアター・プラッツは、滅多に見られないほどひどい小屋だった。何しろ前の半分が桟敷なのだ。短い芝居ならまだしも、この作品は3時間以上もある。それをあの窮屈な桟敷席で見るのはほとんど拷問だ。
幸い僕は整理番号が早かったのでパイプ椅子に座れたし、ポジション的にもベストな席だったが、その代わりすぐ横を通る花道が狭いので、かなりの危険を感じた。例えば老婆を背負った大学生が棒を突き出したまま走ってくるとき、左手を顔に当て、いつでも顔をガードできるようにしていた。ちょうど棒の先が顔の辺りに来るので、一つ間違えば目を突き刺されかねないからだ。また人を乗せた重い担架が花道を通るとき、僕の反対側に落輪して、もう少しで担架が客席に横転するところだった。あの狭い花道であの演出は、あまりに客の安全を無視しすぎている。水をかけられたり物が当たったりする程度は覚悟しているが、棒を突き刺されたり、人間を乗せた重い担架が横転してくるのは、どう考えても洒落にならん。この安全面に対する無神経さには強く抗議をしたい。
また座席数に比べてトイレも狭いため、途中休憩時、女性用トイレは長蛇の列だった。何もこんなところで3時間もある芝居をやらなくても… いくらMODEの名を冠しているとはいえ、実体は学生演劇の発展型だ。しかも近畿大学だから、友人知人の動員もままならない。それを考えればこの程度の会場に落ち着くしかなかった事情もわかるが、いずれにせよ快適にはほど遠い環境だった。
しかも次のMODEの新作『冬のエチュード2005』が、またここでの公演だから頭が痛い。MODEの正式公演、しかも内容がシェイクスピアなら、スズナリクラスの劇場でやれるはずなのに、何でまたここで…


と言うわけで内容について。


第一幕から第二幕の途中までは、なかなか芝居の世界に入りこむことができず、見ているのが少々辛かった。荒唐無稽な、夢か現実かもわからないようなストーリー。いかにも1970年代前半の風俗を感じさせる膨大な台詞…すぐに思い出したのは、今年見た2本の芝居、流山児事務所の『夢の肉弾三勇士』とク・ナウカの『僕らが非情の大河をくだる時』だ。あの2本とも、僕はまったく受け付けなかった。70年代前半のアングラ劇は、どうしても肌に合わないらしい…そう思った。

ところが第二幕の中盤、主人公のエリカが人間の肉を食ったの食わないのというあたりから、急に何かがストンと腑に落ちて、芝居が身近なものになる。ストーリーは相変わらず何が何やらよくわからない。だがそこに込められた「感情」が、スッと心で理解できるようになったのだ。

そして休憩を挟んだ第三幕になると、歌舞伎の名調子を思わせるリズミカルな台詞の洪水に魅了されてしまう。前半はまだ役者たちの台詞回しにエンジンがかかっていなかったのだろうか。後半は疲れてきたのか台詞を噛むところも多くなったが、一つ一つの台詞に込められた感情の濃度はぐっと増したような気がする。

最後まで見ても、ストーリーの流れを説明するのは困難だし、あるテーマがどのように提示されどのように発展していくかという構造はほとんど把握できなかった。しかしそこに込められた疎外感や寂寥感は十分に感じ取ることが出来たし、何よりも「台詞の力」というものを存分に思い知ることができた。最初はどうなることかと思ったが、終わってみれば予想以上の面白さだった。音楽の素晴らしさも特筆に値する。

すでに述べたように、今唐十郎の再評価が起きているようで、あちこちで唐の芝居が上演されている。これを機会に、他の作品も少し見てみようかと思う。


そして松本修が育てた役者たちについて。

まず脇役から言うと、圧倒的に印象に残るのは教授役の森田真和。この人は凄い。あらゆる意味で個性の固まり。赤ふん一丁で踊るところなど、そのフリーキーなまでの痩せ方とひょろ長い手足に目が釘付けになってしまう。声質がまた個性的で、決して美声ではないのだが、今もあの声が耳にこびりついて離れない。演技そのものが上手いのか下手なのかはよくわからない。と言うより、そんなレヴェルでどうこう言うのが馬鹿馬鹿しくなるほど唯一無二の個性。彼なら舞台で『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムをノーメイクで演じられることだろう。

彼以外では「夜の男」役の堀江勇気がかなり強い印象を残した。
梅子役の山田実紗子も体の動きがとてもしなやかで注目に値する。

他の学生たちも全体にレヴェルは高い。もちろんまだ拙い部分はあるし、特に台詞回しはまだまだ上達の余地があるが、プロではない現役大学生の芝居としては、及第点以上の出来と言っていいだろう。


だが何と言っても最大の発見は、主役のエリカ/又三郎を演じた山田美佳だ。

12月の『冬のエチュード/シェイクスピア2005』にも出演することは知っていたので、今回出る役者たちの中でも最大のホープなのだろうとチェックしていたが、その予想を上回る熱演。ダントツの演技力と存在感、そしてヌードも厭わぬ度胸で、見事に大役を演じきっていた。いち早くMODEの正式公演に加わるのも当然だろう。ルックス的には、ちょっと洞口依子に似た感じで、特別の美女というわけではない。素材としてはむしろ没個性的なのだが、それだけにどんな色にも染まりそうで、演出家からすれば使い勝手が良さそうだ。

しかし見ていて苦笑せずにはいられなかったのは、彼女もまた「少年性」を色濃く持った女優だということだ。もはやMODEの看板女優と言っていいであろう石村実伽、そして占部房子などと共通する匂いが、彼女にもある。男と女の境界線を行き来するキャラクターを演じていたせいもあるだろうが、男の子の服装で又三郎を演じる山田美佳を見ていると、学生時代に『銀河鉄道の夜』(白井晃演出)のカンパネルラ役で舞台を踏んだという石村実伽の幻影が嫌でも重なる。いかにも松本修好みの女優だ(おかしな意味ではない)。いや、ここまで来ると「好み」などという言葉を超えて、「業」のようなものさえ感じてしまう。逆に考えると、このような芝居を学生の卒業制作に選んだこと自体、アンドロギュノス的な女優を育てたいという松本修の思惑によるものなのかもしれない。

12月の『冬のエチュード/シェイクスピア2005』と3月の『唐版 俳優修業』には、石村実伽と山田美佳の名が共にクレジットされている。MODEの新旧ヒロインの火花散る競演が見られるのだろうか。思い掛けぬ「ミカ対決」に期待が高まる。


(2005年10月初出)

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