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09/09/2005

【演劇】石村実伽という女優

ishimura


石村実伽を初めて見たのは2003年の3月15日、三軒茶屋のシアタートラムで上演された『AMERIKA』の舞台上だった。

まだ小劇場の芝居などまったく見ていない頃だ。もちろん彼女の名前など知らない。出演者の中で知っている役者と言えば裕木奈江くらいのものだった。

その前年あたりから演劇をよく見るようになっていた。そして新国立劇場やシアターコクーンで上演されていた一連のチェーホフものが終わった後、他に何か面白い作品はないかと物色していた時アンテナに引っかかってきたのが、この作品だった。

『AMERIKA』はカフカの小説を松本修のユニットMODEが舞台化したもの。主人公の少年カール・ロスマンが、新天地アメリカで数奇な運命に翻弄される様が斬新かつユーモラスな演出で描かれていく。特に面白いのは、主人公のカールを5人の役者が演じる事。成長に応じて年齢の違う役者が演じるわけではなく、30〜40分ごとに役者が交替するのだ。1人5役ならぬ5人1役だ。

その中の一人として2番手に登場したのが石村実伽だった。

5人の中で唯一の女性である。無造作なショートカットに大きな目鼻立ちをした彼女が、ちょっと大きめな男物の洋服を着て男の子を演じる様は、思わず身を乗り出してしまうほど不思議な魅力を放っていた。体の動きはキビキビとしてシャープだが、同時に小動物のような愛らしさも備えていた。
それにもまして魅力的だったのは彼女の「声」だ。アニメで女性が少年役を演じる時の声に似ているが、もっとナチュラルで、聞いているだけで心がときめく声質。この声をずっと聞いていたいとすら思ったものだ。
女性が男ものの服を着て男性を演じると、多くの場合倒錯的なエロティシズムを醸し出すものだが、彼女の場合不思議なほどそういう要素を感じさせない。女性が演じるピーターパンのように、女性でなくては出せない柔らかな魅力を持ちつつ、それがエロティックな方向に傾かず、あくまでも永遠の少年像として輝いている。後になって、彼女がこのような少年役を得意とし、しばしば「中性的」という言葉で評されていることを知ったが、それも当然だろう。

作品自体も非常に面白かった。映画では決して味わえない、演劇ならではの魅力を堪能出来る点において、この作品を凌ぐものは数少ないだろう。今までに見た全ての芝居の中でもトップランクに入る出来だ。
だがその中で最も強い印象を残すのは、やはりカールを演じた石村実伽だ。内容的に重要なシーンはもっと後の方にあるのだが、いかなるテーマ、いかなる演出も、彼女の声と肉体が発する輝きには敵わない。


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石村実伽…この女優は一体どんな経歴の持ち主なのだろう? そう思い、すぐにインターネットで調べたが、当時は事務所に所属せずフリーで活動していたため、あまりまとまった情報は得られなかった。仕方なくあちこちの演劇評サイトなどに散らばっている断片的な情報をちまちまとチェックしていったのだが、その中で「なるほど!」と思ったのは「『銀河鉄道の夜』(白井晃演出)のカンパネルラ役でデビュー」という情報だった。あまりにもはまりすぎなキャスティングだと思ったからだ。
デビューは1995年。最初の8年間、彼女の芝居を見逃しているわけだが、その中でも特に悔やまれるのが、このカンパネルラ役だ。今とは比べものにならないほど拙い演技だったと思うが、最高のはまり役で初舞台を踏んだ彼女の、二度と再現出来ぬ初々しい輝きが溢れていたことだろう。ぜひ見てみたかった。


次の出演作品は8月まで飛ぶのだが、その間に思いがけないところで彼女の姿を見る事になる。NHK教育テレビでオンエアされていた『英会話エンジョイ・スピーキング』の司会を、この年の4月から9月まで務めていたのだ。彼女がテレビに出た事はほとんどなく、出演歴を眺めても、この仕事だけ浮いた印象を覚える。どういう経緯で抜擢されたのか、いまだに謎だ。当時は、まだそこまで強い思い入れを持っていたわけではないので、放送時間に家にいれば見るという程度だったが、彼女の明るい個性はブラウン管を通しても十分に伝わってきた。


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次に舞台上で彼女を見たのは8月のスズナリ。再びMODEの作品で『ゼロの神話』(山崎哲作/松本修演出)だった。千葉大女医殺人事件を題材にしたこの芝居で、石村は前作とは似ても似つかぬ役柄を、全編出ずっぱりで演ずることになる。

描かれるものは若い夫婦のドロドロとした感情。妻は夫の心変わりを徹底的になじり、最後には自殺同然の形で殺されてゆく。彼女の声の演技は、ここでも素晴らしい表現力を見せていた。それまで静かに話していた彼女が何の前触れもなく突然絶叫した時には、一瞬全観客が凍りつき、その後照れ隠しのように笑いが漏れたほどだ。声だけで、あれほど場の空気を変えられる役者はなかなかいない。ここまで「女」を前面に押し出した演技は、彼女にとっても初めての経験だったと思うが、大きな感情の揺れや不気味で悲しい女の業を的確に表現していた。付け加えるなら、夫役の中田春介も、男という生き物の卑近さと情けなさをリアルに演じて見事な出来だった。

ただ正直に言えば、一個の作品としてそれほど強い感銘を受けたわけではない。「現代日本戯曲再発見シリーズ」として、別役実作の『場所と思い出』と2本連続公演で行われたのだが、一個の作品としては、不条理喜劇である『場所と思い出』の方が現代に通じる部分が多く、楽しむ事ができた。だが前作と180度違う役をこなした石村の演技だけでも、十分すぎるほどに見る価値はあった。やはりこの女優はただ者ではないと再確認。これから先の出演作は全て見ることにしようと決心した。
しかし今振り返ってみると、この演技も彼女にとっては通過点に過ぎなかったように思う。力演ではあったが、まだ無理に背伸びをしているような部分もあった。彼女が舞台で「女」を十全に体現するのは、それから1年5か月後のことだ。


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その後また半年ほどの間が空くが、2004年の前半に彼女は3本の作品に立て続けに出演する。


最初は2004年2月。こまばアゴラで上演されたスイングルド・プントオーニュ楽団という劇団の『ハイライト』という作品だ。とりたてて実験的なところはない、ごくごく普通のドラマ。悪くはないものの、特に印象に残る作品ではない。
石村が演じていたのは「アップルさん」と呼ばれる、バーのママ。役柄上、いつになく女らしい格好で、髪も長くなっていた。『ゼロの神話』に続く「女」路線。と言っても別にエロティックなシーンがあるわけではなく、前作のように演技的な見せ場があるわけでもない。ただ前作では恐ろしく地味な服装だった彼女が、ここでは水商売の女らしい色っぽい服を着こなし、タバコを吸ったりしているのが見物。なるほど、こういう役も普通に出来るんだと感心した。『AMERIKA』における衣装や役柄のせいで、幼児体型という印象を持っていたのだが、肌の露出部分が多くボディラインがはっきり出る衣装を着た彼女を見て、実はなかなか美しいスタイルの持ち主であることに、この時初めて気がついた。


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そして4月のスズナリ。再びMODEで『逃げ去る恋』。

これが圧倒的に面白かった。

チェーホフの『三人姉妹』をベースにした作品だが、ストーリーは解体され尽くしていて、もはやメタ演劇、メタチェーホフ(?)と化している。ところがこれが面白い。しかもストーリーは限りなく解体されているのに、どこかチェーホフならではの匂いが残っている。忠実な舞台化にはほど遠いが、今までに見たチェーホフ劇の中でも屈指の面白さだ。特に男優陣が舞台上に一列に座って結婚談義をするくだりは抱腹絶倒。あの部分が脚本に書かれたものなのか、それとも完全な即興、つまりリアルな会話なのかいまだに気になっている。

石村の役はナターシャ。あの作品の中では比較的原作に忠実なキャラクターで、初々しい乙女が結婚して子どもを産むに連れてケチで強欲な女に変貌していく様を演じている。と言っても全編コメディタッチなので、そんなにドロドロしたキャラにはなっておらず、強欲女と化したナターシャはまるでサザエさん(笑)。たくさんの女優が出てくるが、その中でも石村のコメディ演技は図抜けた素晴らしさだった。『AMERIKA』のカール役に勝るとも劣らぬ魅力に、完全にノックアウトされてしまった。

この作品における彼女の演技は、前2作の「女」路線と、それ以前の「少年」路線を融合したものと言えるだろう。女としてとても美しく魅力的でありながら、それが決してウェットな方向に進まず、カラリと乾いたコメディ演技に昇華されている。椅子の下に潜り込むため、足を広げて思いきりお尻をこちらに突き出しても、セクシーさより滑稽さが勝っていた。『AMERIKA』の時と違って髪も長くなり、時には大胆に胸元の開いた衣装も着て、紛れもない女を感じさせるのだが、キビキビとした肉体の動きや、相変わらずよく通る声は、まるで少年のよう。石村実伽の多面的な魅力を堪能出来るという点では、今でもこの作品がベストかもしれない。


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そして5月にまたもやスズナリ。今回は渡辺えり子率いる宇宙堂の作品で『アオイバラ』だ。
先に言っておくと、これは作品としてはまったく面白くなかった。僕が見に行った日は渡辺えり子のアフタートークがあったのだが、Q&Aで何かの意味について問われた渡辺が、その象徴的な意味をひとしきり説明した後、一言「こうやって口で説明した方が早いんですけどね」と言った。しかしえり子さん、それは本音かもしれないけど、作家として口が裂けても言ってはいけない言葉でしょう。まあ、その程度の人が書いて演出して主演までした作品だと思えば、大体どんな代物か想像がつくだろう。

では見て損をしたかと言うと、とんでもない。そんなダメ作品の中ですら、石村実伽は惚れ惚れするような輝きを放っていた。この作品では久しぶりに「男の子」の魅力全開だ。実際に役柄が男の子だったのか、男の子っぽい女の子だったのかは忘れたが(もはやストーリーは忘却の彼方)、ピーターパンを思わせる衣装を着た彼女は「日本一男の子役が似合う女優」そのものだった。登場して早々、すくっと舞台に立ち、あの大きな瞳で遠くを見据え、いきなり歌を歌い出すシーンには、思わず息を呑んだ。過去に舞台で歌った事もあるようだし、あのように凛とした声質を持っているのだから、歌声も当然魅力的だろうとは思っていたが、その時の感動は予想を上回るものだった。彼女の歌声だけでチケット代の元は取れたようなものだ。

とは言え、主役ではない石村の魅力だけで全編がもつはずもない。彼女が出ないシーンは退屈の極み。出ているシーンも、彼女と他の若い役者たちとの間に実力差がありすぎて、見ていて痛々しいほどだった。MODEの作品なら、どの役者も水準以上の力を持っているから、石村が特に目立つ事はあっても、作品全体のバランスが崩れるような事はない。ところが宇宙堂になると、まだ素人に毛が生えたような若手が多いため、石村の図抜けた魅力が作品そのものを破壊してしまう。こうなると上手すぎるのも考え物だ。まあ彼女が破壊しなくても、最初から瓦礫の山のような作品ではあったが。


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こうして僕は、大のお気に入り女優である石村実伽の作品を、1年ちょっとで5本見る事が出来た。彼女の出る芝居に行けば、作品解説のパンフに次の出演予定が書いてあったから、それを追いかけていくだけで良かった。このような調子でずっと彼女の芝居を楽しめるものだと思っていた。


ところがここで状況が一変する。

それまでいろいろな芝居に次々と出演してきた彼女が、ここで急に姿を消してしまったのだ。

もちろん「姿を消す」というのは、観客側から見た物言いであって、実はこの年の後半、石村は2005年1月上演の大作『城』のワークショップに取り組んでいた。あれだけの大作を、事前に決まった脚本なしに、演出家と俳優たちのコラボレーションによって作り上げていくのだ。時間がかかるのも当然だろう。だがそのような事情を知らない僕は、別の芝居を見に行って渡されるチラシをチェックしては、どこを探しても「石村実伽」の文字が見あたらないことに溜息をつくばかりだった。

正確に言えばこの時期にもう一本出演作がある。世田谷パブリックシアターによる子ども向けの芝居『うっかり、ちょっと、きのこ島』だ。しかしこれは世田谷区の小中学校を巡回公演するものなので、さすがに見る事が出来なかった。


そんなわけで2004年の5月1日を最後に、8か月半にも及ぶ空白期間が訪れる。


それでも秋が訪れると『城』の情報がちらほら入ってくるようになり、11月には2回分のチケットを無事確保した。それまで彼女の芝居は定期的に見られるものと思っていたのが、必ずしもそうではないことを知り、今後は1公演につき2回見に行こうと決心していたのだ。


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そして年が明けた2005年1月16日、新国立劇場の小劇場。実に久しぶりに舞台に立った石村実伽を見る事ができた。作品はカフカ原作/松本修演出の『城』。休憩時間を含めると3時間50分近くになる大作だ。

感想を一言で言うなら、これ以外にない。

「待った甲斐があった」

久しぶりに見た石村実伽は、女優として一回りも二回りも大きな成長を遂げていたのだ。

内容は、城から仕事の依頼を受けた測量士Kが城下町へやってくるが、なかなか城に入れてもらうことができず、怪しげな村人たちに翻弄される姿を描くもの。未完に終わった原作通り結末と言えるようなものはないが、幾重にも続く不条理のスパイラルがこれからも続いていくのだろうと思わせるため、食い足りない感じは受けない。
松本修の演出は、基本的に『AMERIKA』の延長線上にある。ところどころに井出茂太振り付けによるダンスが挿入されるし、セットのアイディア、ギャグのセンスもおおむね同じだ。時折カフカの言葉が字幕で挿入される手法も同じだし、まったく同じ音楽さえ使われている。
最大の違いは、『AMERIKA』では主人公のカール・ロスマンを5人の役者が演じていたのに対し、『城』では田中哲司一人が出ずっぱりでKを演じていた事だ。プログラムで「Kの台詞の量に脳死した」と語っているが、それも無理はない。特に最初の頃は、あちこちで台詞を噛みまくっていたが、あの役を最後まで演じきっただけで凄いものだ。

『AMERIKA』との比較で言うなら、見ていて面白く、欠点が少ないのは間違いなく『AMERIKA』の方だろう。『城』はどう贔屓目に見ても長すぎるし、テンポも悪い。不要ではないかと思えるエピソードも少なからず見られる。『AMERIKA』の上演時間も優に3時間以上あったが、それほど長い感じはしなかった。『AMERIKA』の場合、舞台があちこちに移り、主役を演じる役者まで代わっていくという、見る者を飽きさせない展開があるのに対し、『城』は狭い村の中を行ったり来たりするだけで、主役も田中一人が演じているため、どうしても単調になってしまうせいだろう。実際にはそんな単純な割り切り方は出来ないが、表面的に言えば『AMERIKA』が重層的なのに対し『城』は直線的な印象で、次に何が起きるかわからないというドキドキ感が欠けているように思えた。
だがその一方で『AMERIKA』にはない美点も数多く見る事が出来た。『AMERIKA』はポップなコメディという印象が強いが、こちらは良くも悪くももっと純文学的なタッチ。だれる部分もあるが、人間の悲しみや不安がより深く胸を突き刺す部分も多かった。

そしてこの作品における石村実伽の演技は、間違いなくこれまでで最高のものだった。

石村の役は酒場の女フリーダ。城の官僚クラムの愛人でありながら、Kと愛し合うようになり、結果的には彼のいい加減さに傷つけられる役回りだ。

彼女は出会うや否やKと恋に落ちる。そして上半身ヌードになってKと抱き合うという大胆な芝居を見せる。彼女が服を脱ぎ始めた瞬間、場内の観客が「え?!」と固唾を呑む空気が伝わってきた。『AMERIKA』でも別の女優が上半身ヌードになっていたが、中性的なイメージの強い石村がいきなり舞台上でヌードになるとは、誰も思っていなかったのだろう。もちろん僕も驚いた。しかし『AMERIKA』の後、『ゼロの神話』『逃げ去る恋』と見ていけば、松本修が石村を男の子的なイメージから脱皮させ、「女」を表現出来る女優に成長させようとしている事は明らか。その流れでいけば、このヌードは必然的なものだったと言える。
そして彼女の裸身は、決してグラマラスではないが、透き通るように肌が白く、とても美しいものだった。もちろん女性としてのセクシーさはあるが、濃厚なエロティシズムは感じられない。むしろ少女のような清らかさや美しさに心を奪われる。それまでに見た石村実伽のイメージからすれば、ある意味これ以外にありえないだろうというようなヌードだった。
最初の驚きは、すぐに強い感動に取って代わられた。以前のイメージを裏切るのではなく、それを膨らまし、成長させた上での大胆なラヴシーン…この8か月半の間に、彼女が女優として一回りも二回りも大きくなっていたことを痛感せずにはいられなかった。特に最初に服を脱ぐ時のもどかしげな動きに、一秒でも早くこの男と抱き合いたいという強い感情が表現されているのは見事だった。

だが最大の見せ場は、そこではない。

彼女が最も素晴らしい演技を見せてくれたのは、後半の冒頭、朝の教室のシーンにおいてだ。
ハンス少年と話をするK。だが彼の目的は、以前見かけて心惹かれていたハンスの母親にあった。その下心を察した時のフリーダの表情は絶品としか言い様がないものだ。怒り、悲しみ、嫉妬、蔑み、自嘲、諦め、そして最後の一線で自分を支えようとする気丈さ…それらの感情が複雑に入り交じり、単色の感情ではない、生きた人間のリアルで複雑な感情が丸ごと表現されていた。
しかもこのシーンには台詞がない。動きらしい動きもない。以前の彼女は、そのキビキビとした動きや、美しい声によって見る者を魅了していたが、ここにおいて彼女はそれらの得意技を封印した上で、なお切ない感情を見る者に伝えることに成功していた。その後のKとのやり取りも素晴らしいが、台詞も動きも無しにあれだけの感情表現が出来るようになった石村にとっては、さほど難易度の高い芝居ではなかったことだろう。

ただ残念なのは、この『城』という作品において、彼女とKのラヴロマンスが必ずしも中心的なテーマではなかったことだ。他の登場人物が、城という管理体制の下で息苦しい生活を送っているだけに、フリーダの生き生きとした感情の発露は、突出した輝きを放っていた。それだけに他の幾つかのシーンがよけい退屈に見え、石村の熱演がむしろ作品全体のバランスを崩す方向に向かっていたのは皮肉な話だ。

結局この作品は、最初から買ってあった2回分(16日/30日)に加え、当日券で1回(21日)見に行ったので、計3回見たことになる。

すると作品そのものが次第に成長し、完成度を高めていく様がはっきり伺えて、非常に興味深かった。演出は特に変わっていないのだが、役者たちが明らかに成長している。誰もが自分の持ち役を自然な形で消化し、演技に奥行きが出てきたのだ。最初の頃は台詞をこなすだけで精一杯だった主役の田中哲司も、最終日にはかなり余裕が感じられた。他の役者たちも同様だ。出演者全員がこの『城』という演劇世界で生きる事を楽しんでいるようだった。そのためどの人物も以前より人間くささを増しており、先に述べた石村実伽の突出した感情表現とのアンバランスさは、かなり解消されていた。
もちろん石村も負けていない。最初に見た時は多少ナーヴァスな雰囲気も感じられたが、それが消え、恋する女の感情表現に一層のふくらみが出ていた。出ずっぱりで主役を演じきった田中哲司を別とすれば、やはりぶっち切りの素晴らしさだ。


最終日のカーテンコール、彼女の目にはかすかに涙が光っているように見えた。
そして皆が舞台裏へ引っ込むとき、松本修がまず田中哲司と握手を交わし、次いで石村に何か話しかけた。
その時に彼女が見せた感無量の表情は今も忘れられない。
あの瞬間、石村実伽は世界中の誰よりも光り輝いていたことだろう。


『AMERIKA』を見たのが2003年。石村のデビューから、すでに8年の歳月が流れていた。

その間に彼女が出ていた芝居を見られなかった事を、ずっと残念に思ってきた。

しかし石村実伽という女優にとって、これまでで最高のモニュメントとなるであろう作品『城』には、何とか間に合う事が出来た。

その幸福を、素直に喜びたい。


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しかし次はいつになったら彼女の芝居を見られることやら…


そう思っていたら、意外なほど早くその機会が訪れた。劇団羽衣の『ジェントル・マミー』という芝居が2月下旬にあったのだ。『城』の最終日からわずか3週間。あれほどの大作を終えて身も心も燃え尽きているに違いない時に、よく次の作品を入れたものだと感心するほどだ。逆にその燃え尽きを恐れて、心身のソフトランディングを図るために小さな作品を入れたのかもしれない。聞いた事もない劇団だし、多分大した芝居ではないだろうと思いながらも、2日分のチケットを予約した。そうせずにはいられないほど『城』までの空白期間は長かったし、その反動のように『城』の感動が大きかったらだ。どんなにつまらない作品であれ、石村実伽が出ているのであれば、その姿をしっかり目に焼き付けておきたいと思った。

場所は新大久保の白荻ホールという怪しげなところ。新宿から線路沿いにずっと歩いていった。あの辺りを歩くのはずいぶん久しぶりだが、10年以上前と何も変わっていないような気がする。何気に時代から取り残された地域なのかな。

作品は、案の定つまらなかった。やっていることは毛皮族によく似ているのだが、あそこまで開き直った学芸会エンタテインメントになっているわけではなく、かと言って作家の趣味性に突っ走っているわけでもない、どっちつかずの中途半端な作品。石村が出ていないシーンはまだしも、出ているシーンですら眠くなるというのは、ある意味凄い(笑)。
この作品での石村だが、あまり語るべき事はない。半年間身も心もどっぷりとつかったであろう『城』からのリハビリとしても、この内容では食い足りなかったのではないだろうか。とは言え、『アオイバラ』以来久しぶりに彼女の歌声を聞く事が出来たのでとりあえず満足。ソロで歌ってくれれば、なお良かったのに。

そんな作品ではあったが、ちゃんと2回見に行った。事実この作品から、また長い空白期間が訪れる事になる。と言っても昨年の後半と違い、2005年の最初の2か月間に『城』を3回、『ジェントル・マミー』を2回見ているので、冬籠もりの前に食いだめをした熊のような状態ではあるのだが。


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その後、彼女は5月にアートスフィアで行われた岡本矩子のダンス公演で高村光太郎を演じていたそうだが、これは事前の告知などほとんどなく、終了してからネットで情報を見つけた。後でアートスフィアのHPを見ても石村の名前は出ていない。これではさすがにわかるはずがない。いずれにせよ、その日は仕事で絶対に見に行けなかったので、ある意味知らなくて良かったのかもしれないが。

また8月25日には、名古屋の愛知芸術劇場で行われたAAF戯曲賞ドラマシリーズというリーディング公演にも出演している。彼女が参加したshelfの『大熊猫中毒』は、ただのリーディングではなく、役者が肉体も動かし、普通の芝居に近い上演形式だったらしい。公演地が名古屋である上、この日も絶対動かしようのない仕事があったので見に行けなかったが、そんな話を聞くと、ちょっと悔しい。Shelfの他に、rest-N、風琴工房、Ort-d.dという小劇場の精鋭たちが出演したのだから、なかなか豪華なラインアップだ。東京でもやってくれないものだろうか。


そう言えば今年の初め頃だと思うが、石村はようやく事務所に所属した。東京乾電池や宇宙堂の役者たち、つまり柄本明や渡辺えり子などのマネージメントをしているノックアウトという事務所だ。最初の頃はいろいろ問題があったが、最近はきちんと新着情報のアップが行われるようになった。この調子なら、以前のようにネットで定期的に検索をかけて出演情報を拾い集めてくる苦労から解放されそうだ。


そんな彼女の今後の仕事だが、9月16日から吉祥寺シアターで始まる、innerchildという劇団の新作『遙〈ニライ〉』に出演する。6か月半ぶりで、ようやく舞台に立つ彼女を見る事が出来るのだ。しかも客演だが主役らしい。聞いた事のない劇団なので、作品として傑作になるかどうかはわからないが、石村の芝居を見るという意味では大いに期待できそうだ。


さらにその後、まだ正式発表されていないが、今年の末にはMODEの新作があるそうだ。シェイクスピアの作品を何本もリミックスしたような内容らしい。『AMERIKA』『城』のような大作ではなく、もっと小さめの芝居だ。内容から言っても、『逃げ去る恋』のように原作を徹底的に解体した作品になるのだろうか。実に楽しみだ。
シェイクスピア作品の登場人物ではないので、まさか出てこないとは思うが、映画『恋に落ちたシェイクスピア』でグウィネス・パルトロウが演じたヴァイオラ、あれほど今の石村実伽にピッタリな役はないように思う。『城』で見せた恋する女のメランコリー、『逃げ去る恋』で見せたコメディエンヌとしての才能、そしてすでに揺るがぬ評価を得ている少年役者としての魅力…これら全てを一挙に表現出来るのがヴァイオラというキャラクターではないのか。直接ヴァイオラが出てこないまでも、あのようなキャラを松本修が作り出し、石村の素晴らしい才能を存分に引き出してくれることを願ってやまない。


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石村実伽は、本当に素晴らしい才能を持った魅力的な女優だ。

確かに一般的にはほとんど無名に等しい。いくら小劇場の世界でがんばっても、テレビや映画といったメディアに出ないかぎり、熱心な演劇ファン以外になかなか顔を知られるものではない。
だが本人も、そのような形での成功を強く望んでいるわけではなさそうだ。演劇少女がそのまま大人になったような天真爛漫さ、芝居に対する純粋な情熱が、彼女のナチュラルな魅力を形作っているようにも思える。
だから世俗的な成功はあまり気にせず、彼女が最も生き生きと動き回れる場所、舞台の上でこれからも輝き続けて欲しい。
今でも十分に魅力的だが、今後彼女は人間の思いや感情を、より深く、より豊かに表現できる女優として成長していくことだろう。


そんな石村実伽を、これからも応援していくつもりだ。


(2005年9月初出)


【追記】2006.2

本文中で、映画『恋におちたシェイクスピア』でグウィネス・パルトロウが演じたヴァイオラを「シェイクスピア作品の登場人物ではない」と書いているが、これは半分間違いであることが最近わかった。もちろんあの映画に登場したヴァイオラは映画だけのキャラクターだが、そこにはちゃんとシェイクスピア作品の下敷きがあったのだ。
元ネタは喜劇『十二夜』の主人公ヴァイオラ。映画と同じように男性に変装し、恋に悩む姿が描かれている。設定は映画版と大幅に違うが、基本的にはほぼ同じキャラクターと言っていいだろう。読んでいると、石村実伽の演じるヴァイオラが容易に目に浮かんでくる。3月に新国立劇場で上演される芝居を見るのだが、石村主演の『十二夜』もいつか見てみたいものだ。


【追記】2007.2
2006年末から、彼女の芸名は「石村みか」に変更されました。ちなみにデビューからしばらくの間は「石村美果」名義でした。

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Comments

TBありがとうございます。返せなくてごめんなさい。
石村さんは今innerchild『遥(ニライ)』に出演されています。もしご覧になられたら、ご感想お待ちしています♪

Posted by: しのぶ | 09/22/2005 at 10:27

うぉお、こんなまとまった文書があるとは。
石村さんのハイライトはわたしも幸運なことに見てます。

最近『王女A』の公演に、女優の占部房子さんがみえてました。
彼女の方は、映画の仕事(『バッシング』)で舞台はしばらくブランクしてます。
最大のライバル(のはず)石村さんに負けずにがんばって欲しいです。

Posted by: 角田 | 10/05/2005 at 10:22

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