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08/13/2005

【演劇】ク・ナウカ『王女メデイア』2005.7.26 & 7.31

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ク・ナウカ『王女メデイア』
2005年7月26日(火)/7月31日(日)
東京国立博物館 本館特別5室


普通は『王女メディア』なのだが、ク・ナウカの演目は正式には『王女メデイア』なので、以下その表記に従う。台詞ではむしろ「メディーア」に聞こえたのだが。

年間会員になっていると1演目につき2回無料で見に行けるので、このように重要な演目は最初から2回分予約してある。まずは1回目。


2005年7月26日(火) 19:30〜

台風が上陸するかもしれない中、上野へ。雨はほとんど降っていないものの、風は強いし、蒸し暑いのがたまらない。しかしそれ以上の問題は、風邪を引いていて体調が悪いこと。風邪自体もさることながら、風邪薬の服用で眠気が強いのに悩まされる。

19時15分頃から開場。いつも通りニコニコしながら「いらっしゃいませ」と挨拶している宮城さんに「ク・ナウカってやはり嵐を呼ぶ劇団なんですね」と軽口を叩いたら、「そうなんですよ(笑)。土曜日は地震までくるし…」と苦笑いをしていた。昨年の『アンティゴネ』は、開催期間中に2回も台風が来て数回分の公演が中止になったことを踏まえての冗談だが、今年は屋内なのでとりあえず開催出来るだけいい。もっとも地震が起きた土曜日は電車が動いていなかったから、見られない人もかなりいたことだろう。国立博物館でやる時は特にそうだが、他の会場でやる時も、恐ろしく暑かったり寒かったり雨が降っていたり、過激な気候ばかりのような気がする。やはりこの劇団には荒ぶる神々が憑いているのだろう。

座席は、またもやと言うべきか、最前列のど真ん中。もちろん良い席なのだが、他の観客の視線も浴びるし、時には舞台上の役者と睨めっこをすることになるし、これはこれで疲れる席なのだ。


上演が始まる前から、ずっとホームレス風の老婆が舞台上にいる。解説によれば、二千数百年を生きたメデイアの姿だそうだが、劇中彼女が乳母役を務めるところもあり、老婆の設定や存在意義は今ひとつよく飲み込めなかった。

冒頭、舞台をぐるりと取り囲んだ衝立が取り除かれると、並んでいるのは仲居の格好をした女優たち。顔には麻袋をかぶり、自分の顔写真を抱えている。そこに黒い法服を身にまとった男優たちが登場し、「この役にはこの女」と品定めをした後、後方に座り、語りに入る。
ムーヴァーとスピーカーが分かれて二人で一つの役を演じる人間浄瑠璃形式は、ク・ナウカの最大の特色だ。最近は言動一致との併用も多いが、1999年初演の作品だけあって、こちらは完全な浄瑠璃形式が用いられている。しかもムーヴァー=女/スピーカー=男に限定されていて、他の作品のようにムーヴァーとスピーカーが場面によって入れ替わることはない。作品のテーマとあのラストを考えれば当然のことだが、いつになく厳密な役割分担は、ある意味新鮮ですらあった。衝撃のラストまで、女優陣は男優たちの語りに合わせて操り人形のように動く。

『王女メデイア』はエウリピデス作のギリシャ悲劇だが、ク・ナウカ版では、そこに明治維新期の日本が重ね合わされ、ギリシャが日本、メデイアの出身国コルキスが朝鮮半島に置き換えられている。そのためメデイアはチョゴリを着ているし、「井戸に毒を入れたとか悪い噂がたつのです」というような台詞もある。舞台セットも明治期の高級料亭を彷彿とさせる。その辺りの設定や意図は、宮城さんの手による解説を読むと「なるほど」と思うのだが、純粋に作品だけを見て、大陸/半島に対する日本人のコンプレックスを感じとれるかと言えば少々疑問。そのようなテーマは美術・衣裳・メイクには顕著だが、ストーリーや台詞は原作にほぼ忠実で、「日本と朝鮮」ではなく、あくまでも「ギリシャとコルキス」の話であるため、少々違和感がある。

したがってこの作品で印象に残る対立軸は、「日本 VS 大陸/半島」ではなく、「男 VS 女」「言葉 VS 肉体」の方だ。すでに述べたように、他の作品と違って、ここではムーヴァー=女/スピーカー=男という役割が明確に分担されている。しかも冒頭、社会的権威を身にまとった男優たちが、仲居姿の女優たちを品定めしていくところから、「言葉」「権威」「論理」によって、男が女を支配するという構図がわかりやすく描かれている。

ところがそれがラストで一転する。イアソンへの復讐のため自らの息子も殺した後、メデイアは一旦退場する。高鳴るパーカッション。女優たちは着物を脱ぎだし、シンプルだが女の肉体を感じさせる真っ赤なドレスに着替えはじめる。そして再び登場したメデイアを先頭に、男たちを次々と虐殺し始めるのだ。それまで窮屈な服に封じ込められていた女の肉体が、男たちの言葉と権威に逆襲し、勝利の凱歌をあげる。もちろんこんなラストはエウリピデスの原作にはない。ショッキングで、演劇としてのカタルシスを感じさせる素晴らしい展開だ。

だが若干の不満も感じる。確かにショッキングなラストではあるが、あまりにも理に落ち過ぎている。テーマが明快すぎて、逆に予定調和に陥ってはいまいか? 

そんな不満を力業でねじ伏せてしまうのが、美加理の圧倒的な演技力と存在感だ。彼女が凄い女優である事はよくわかっていたが、この作品における彼女の芝居は「神技」としか言いようのないものだ。それを目の当たりにした時、芝居のラストと同様、いかなる批評の言葉も虚しく敗北する以外にない。
抑圧された感情をじっと内に秘め、機械仕掛けの人形のように動く美加理。終盤、ドレス姿でナイフを振り上げた時の息を呑むような美しさ。女らしい丸みと彫像のような凛々しさを兼ね備えた肉体のライン。頭の天辺からつま先まで、肉体の全てが意志によってコントロールされている。
そこで彼女が体現していたものは、単なる「肉体」の「言葉」に対する逆襲ではない。むしろその両者を止揚し、超越した、「生命」そのもの、あるいは「存在」そのものとしか言いようのない巨大な力だった。そのずれが、この作品の予定調和的なラストに微妙な違和感と、ある意味本来のテーマとは違う感動を与える結果となっている。

最近「ク・ナウカは美加理以外の女優陣もなかなかいいじゃないか」と思い始めていたのだが、こんなものを見せられてしまうと、まだまだ簡単には超えられない壁があることを痛感する。先日の『巷談宵宮雨』で素晴らしくシャープな魅力を見せてくれた諏訪智美が、今回もなかなか大きな見せ場を持った役で出演していたのだが、彼女ですら、美加理と同じ舞台に立つと、身にまとっているオーラが決定的に違うことが暴露されてしまう。諏訪智美に問題があるのではない。美加理の発するオーラがあまりにも常識を飛び超えているのだ。彼女こそ真に女優になるために生まれてきた人だ。

しかし終演後、後ろにいたおばさま集団が感極まったように「あの歳であのスタイルを維持しているなんて本当に素敵ね〜」と言った時は、危うく吹き出すところだった(笑)。いや、確かにその通りではありますが、それにしてもねえ…(^_^;)


この日はアフタートークとして宮城聰と早稲田大学教授 竹本幹生の対談が行われた。最も興味深かったのは、今日の芝居と能の類似性に関する竹本氏の言及だった。なるほど言われてみれば、役者の動きをはじめ、老婆の存在が卒塔婆小町を想起させるなど、幾つかの点で確かに能との共通点が見いだせる。ク・ナウカと言えば人間浄瑠璃、すなわち文楽との類似性が強いため、今まであまり気がつかなかったのだが、能との類似性も少なからずあったわけだ。これだけたくさん見ていながら、まだまだ洞察が浅いと反省する。


終演後外に出ると、台風は完全にそれたらしく、風は若干あるものの雨はすでにやんでいた。


2005年7月31日(日) 19:00〜

5日後の日曜日、最終日の前日に再見。席は相変わらず最前列だが、前回より少し左寄り。まだ風邪は治っていないが、先日よりはだいぶ調子がいいので、緊張感を失わずに細部までじっくり観賞する事が出来た。

ただしストーリーやテーマの面で格別大きな新発見はない。今回あらためて驚いたのは美加理の演技だった。

「能」というキーワードを頭に入れながら見て、ようやく気がついたのだが、子殺しの前あたりまで、彼女はたった二つの表情しかしないのだ。
すなわち生きた「能面」。
何と言う超人的な肉体コントロール能力だろう。
しかも能役者同様、表情は変えぬまま体の動きによって感情を表現していく。その結果、普通の芝居とはまったく違う独特の感情表現が生み出される。
それがどれほどとてつもない技術であるか想像して欲しい。
そのような能面芝居が続く事で、ラストにおける肉体の解放が、より爆発的な力を持つ事になるわけだ。


この内容でメデイア役を他の女優が演じても、それはそれで面白いと思う。しかし他の演出や演技がどんなに同じであっても、それは美加理が主役を演じる『王女メデイア』とはまったくの別物になるはずだ。


意欲が勝ちすぎて、時々空回りした演出も見られる宮城聰にしては、驚くほど破綻の少ない作品だ。描かれるテーマと描く手法が、これほどうまい具合に一致したク・ナウカ作品は珍しい。

だが『王女メデイア』の中心に位置するものは、あくまでもメデイアを演じる美加理だ。

その意味ではこの作品、能や文楽以上に、花形役者を主役に据えた歌舞伎に近いのかもしれない。

やはり美加理は芝居の化け物だ。


             *


「そんなに良いと言われても、今更見る事は出来ないのだから仕方ないだろう」と不満を感じる人は、NHK教育で毎週日曜夜にオンエアされている芸術劇場をまめにチェックして欲しい。というのも、つい先日まで9月11日(日)オンエア分に、この『王女メデイア』がクレジットされていたからだ。ところが今確認したら、なぜか勅使河原三郎の『KAZAHANA』に代わっている。なぜそうなったのかはわからないが、少なくとも一度クレジットされたという事は、放送用の録画が行われているわけで、秋頃にオンエアされる可能性が高い。その際は録画もお忘れなく。

http://www.nhk.or.jp/art/


(2005年8月初出)

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Comments

こんばんは。
TBありがとうございます。

私も会員なので最前列で観ました。

今年は『山の巨人たち』や『巷談宵宮雨』で諏訪さんの
存在感を感じていたのですが、今回の競演で美加里さ
んの迫力を思い知った次第です。凄かった...

Posted by: lysander | 08/13/2005 21:23

TBありがとうございました。
どこか日本の「語り」の系列にある芝居だなってみてました。最後の赤い薄物のドレスによる女優人の踊りにも圧倒されました。これは、もう、塔からおちる「法律書」を圧倒してました(^^ゞ

Posted by: 悠 | 08/17/2005 22:58

トラックバックありがとうございます。
演出家の方とお知り合いのようですが、にもかかわらず、ばっさりと斬っているので、驚いています。それと、ホワイトバンドのエントリー楽しく読ませて頂きました。このキャンペーンとブログが絡んでいくと面白いですね。

Posted by: 大澤大介 | 08/18/2005 01:14

> 大澤大介 さん

あ〜、いえいえ。誤解を招くといけないのでお断りしておきますが、私別に宮城さんと個人的な関わりはありません。私は向こうを知っていますが、向こうは私を知らないはずです(笑)。

会場で挨拶をしている宮城さんの姿をご覧になればお分かりになると思いますが、あれほどの評価を得ている人にしては信じられないほど腰が低く、しかも漫画のキャラクターのように可愛らしい(笑)。今年春に上演された『山の巨人たち』で、役者として出演した宮城さんにすっかり魅了されてもいたので、今回はちょっと軽口の一つも叩きたくなっただけです。これが蜷川幸雄だったら、恐ろしくて声などかけられません(笑)。

Posted by: ぼのぼの | 08/18/2005 01:34

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