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07/14/2005

【演劇】劇団桟敷童子『博多湾岸台風小僧』2005.7.10【必見】

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劇団桟敷童子『博多湾岸台風小僧』
2005年7月10日(日)19:00〜 ザ・スズナリ)


劇団桟敷童子…漢字だらけの名前からして怪しい。丸尾末広チックな宣伝美術も含め、いかにもアングラな匂いがする。正確なことはあまりよく知らないが、新宿梁山泊や唐組の流れを組む劇団らしい。しかも1999年の旗揚げ以来、ずっと屋外の特設舞台や、普段劇場として使われていない施設で公演を行ってきて、既成劇場での公演は今回が初めてだそうだ。
興味はあるけど、ちょっと…と悩む背中を押したのは、e+の得チケ情報。そちらで申し込めば何とチケット代が2000円になる(実際には手数料を取られるので2300円)。全自由席だから、当日早く行けば席も良いところが確保出来る。そんなわけで予約を入れ、日曜の夜に出かけていった。


席は自由席なので、整理券をもらうため開演の1時間10分前にスズナリに行くと、いきなりおどろおどろしい幟が立っていて、ギョッとする。しかも役者さんが本番の衣装のまま客を案内してる。

はっきり言って怖いんですけど…

ともあれ25番の整理券をもらって行きつけのカフェで30分ほど時間を潰す。しかしあのカフェ、なぜ今日はあんなに混んでいたんだろう? あの店で席が空くのを待つ人が出るなど初めて見た。皆、今日の芝居の客には見えなかったが…

会場直前に戻って、またビビる。

客層が普段と違いすぎ!

「70年代からテント芝居を見てきました」と言わんばかりのヤクザな匂い漂うオッサンたちがわんさかいる。この手の人たちがこんなにたくさん集まったのを見るのは初めてかも。その一方で20歳前後にしか見えない若い連中もたくさんいる。若者とかなり歳をくった人の両極端。30代〜40代前半はごくわずか。早い話がまともなな社会人らしき客がほとんどいない。何? まともな社会人はそもそもスズナリなどに芝居を見に行かない? まあそれも一理あるな。

場内へ入場するや否や、セットの凄さに息を呑む。今までにスズナリで見た最も大がかりなセットだ。大がかりと言っても、社会の底辺に位置する長屋が舞台なので、見るからに金がかかったきらびやかなセットではない。だがそのスケールの大きさと細かな作り込みはかつてないほどのレヴェルで、スズナリの舞台はあんなに奥行きがあったのかと驚くほどだ。実際は普段と変わらないが、舞台上がすべてセットで埋め尽くされているせいで広く感じるのかもしれない。芝居には直接関係なさそうな客席の天井や壁にも藪のセットが作られているため、見る側と演ずる側の境界線が曖昧になり、観客も舞台の中に入り込んだような気分になる。
大がかりなセットのためにただでさえ異空間と化しているスズナリだが、後ろを見ると、ますますその感を強くする。並んでいる顔がやはりいつもと違う。トイレの場所を案内係(役者)に聞いている人がいる。スズナリに来るのは初めてということだ。逆に言えば、皆桟敷童子のコアなファンということか。はたしてついていけるだろうかと心配になる。

席は前から3列目の真ん中近くをキープ。だが座席は近年まれに見る窮屈さで、これには少々まいった。やはり普段テントや倉庫などでやっていると、荷物を抱え、足を折り曲げて芝居を見るのが当たり前、という感覚になってしまうのだろうか。同じ姿勢で固まっていることが苦手な軟弱者には辛い環境だ。


鈴木めぐみさんの前口上と共に開演。こういうのも珍しい。まさに芝居小屋という雰囲気。


場所は博多。時代は昭和初期くらい? ガダロウ(川のゴミ拾い)で生計を立てる者たちが住む墓陰長屋が舞台。社会の底辺に住む者同士の結びつきは固く、毎日ガヤガヤと猥雑で賑やかな日々を送っているが、雑魚部倉男(池下重大)は、その生活に甘んじることなく、いつか一旗揚げようと夢を見ていた。
長屋から遠からぬ場所に巨大なマッチ工場がある。だがその工場では、非人間的な労働環境の下、女工たちが奴隷のように使い捨てられていた。脱走しても戻し屋たちに捕まるし、官憲も彼らの暴虐に見て見ぬふりを決め込んでいる。実は倉男も、マッチ工場から脱走した姉が、戻し屋に捕まる前に毒である彼岸花を食べて目の前で自殺したという過去を持っていた。
ある日、マッチ工場から脱走した4人の女工が長屋の近くに逃げ込み、倉男は彼女たちを助けることになる。虐げられた者同士、火薬の事故で左半身に大火傷を負ったほいだらべ(板垣桃子)と次第に心を通わせるようになる倉男。やがて倉男と長屋の住人たちは、女工たちを守り、自分たちの明日を切り開くため、恐ろしい戻し屋たちと闘うことになる…


凄い。


今時ここまでベタでプロレタリアートなお話を正面切ってやるか、普通…


いや違う。


凄い理由はそこじゃない。


そのベタでプロレタリアートで時代錯誤的とすら思える物語を、今の時代に十分通用するエンタテインメントに仕上げてしまった力業が凄いのだ。


それを可能にした緻密な脚本、けれん味溢れる演出、情熱的な演技…アングラどころか、どんな商業演劇にも負けない堂々たる完成度で、骨太なメッセージ性とエンタテインメントの両立に成功している。小劇場にありがちな甘えや青臭さや内輪受けは一切見られない。ストーリーテリングは正攻法そのもの。作者が「物語」の持つ力を信じていることが伺える。

何よりも胸を打たれたのは、この作品に溢れる「熱さ」だ。
作者による解説には、一番最初に新藤兼人の映画『どぶ』のタイトルが上げられているが、確かに新藤兼人的な匂いが強く感じられる。出演者の中に殿山泰司が混じっていても、何の違和感もないだろう。さらに言えば今村昌平的でもあるし、1960年代から70年代前半にかけて作られた幾つもの映画を想起させる。あの時代の映画特有の「熱さ」が、この芝居には脈々と流れている。
だが60年代的な「熱さ」が、ともすればギャグのネタにしかならない時代、周到な戦略も練られている。現代的に磨き上げられた作劇術、重苦しさを和らげるユーモア、説明的なシーンでも場を停滞させない緩急自在な演出…紛れもない悲劇でありながら、死よりも生、過去よりも未来を見つめる、前向きで力強い作品となっている。

昭和初期風のノスタルジックなムード、あるいは前半のミュージカル的な演出などに、少年王者舘との類似性が見られるが、全体的な演出やテーマはまるで違う。少年王者舘が手塚治虫なら桟敷童子は白土三平、少年王者舘が水木しげるなら桟敷童子は日野日出志といったところか。あくまでもファンタジーという形式の中で人間の生死や時間・記憶といった哲学的テーマを描き続ける王者舘に対し、桟敷童子の芝居はもっと生々しいリアリティに溢れ、描かれるテーマも遙かに現実的だ。

すでに書いたように、まことにベタなストーリーだが、そこには社会の底辺で虐げられた人々への愛情と純粋な生命力が満ち溢れ、素直に胸を打たれてしまう。
その大きな要因は、役者全員の好演だ。主役級の人はもちろん、脇役も確かな実力と個性を持っている。他の劇団の主役級が脇を固めているような感じ。まだ2日目のせいか、台詞を噛んでいるところもかなりあったが、そんな細かいミスを補って余りある素晴らしさだ。
特に目を引いた役者を何人か上げると、まず主役の倉男を「熱演に見えない熱演」で演じきった池下重大。火傷のメイクで顔半分を隠しながらも、最後には一番美味しいところを持っていった板垣桃子。長屋の元締めを貫禄で演じた鈴木めぐみ。男勝りの気っぷの良さと乙女らしい繊細さの両方を巧みに表現して物語に厚みを与えていたもりちえ。一見道化的な役回りだが最後に泣かせる見せ場を作り、ある意味裏の主役とすら言える知恵坊役の外山博美。そして戻し屋の二人、善と悪の間で揺れ動く川田涼一と、暴力の権化として憎まれ役を一身に引き受けた桑原勝行。
その辺りが特に印象に残ったが、たいした台詞もない役にいたるまで、駄目な役者は一人もいなかった。見事なアンサンブルだ。

セットは基本的にワンセット。細かく作り込んである分、あまり動かすことが出来ないのだろう。しかし実に考え抜かれた演出がなされており、照明の当て方や、ちょっとした小道具の出し入れによって、そのワンセット内で幾つもの場を描くとこに成功している。

そして誰もが驚く最後の大仕掛け。「え? マジ? スズナリでこんなことをやっていいの?」とビックリすること受け合いだ。あんなスズナリは、もう二度と見ることが出来ないだろう。
しかし大切なのは物理的なスペクタクルではない。その大仕掛けが、物語と観客の感情の流れにシンクロし、あのシーンにおける胸の痛みと高鳴りを視覚的に表現しきったものだからこそ、大きな感動を呼ぶのだ。見せ物としての仕掛けではなく、あくまでも物語に奉仕する大仕掛けだ。


最近はすっかり演劇が生活の一部になり、生意気にこんなレヴューなんぞも書いているが、僕が本格的に演劇を見始めてから、まだたったの2年と4か月。その間に幾つかのエポックメイキングな出会いがあった。そもそも2003年の3月にMODEの『AMERIKA』とク・ナウカの『天守物語』を続けて見なかったら、相変わらず演劇は年に1〜2回見るだけで終わっていただろう。あるいは2003年の9月に少年王者舘の『それいゆ』を見なかったら、ここまで熱心な小劇場系演劇のファンになっていなかったかもしれない。それらとの出会いは全て偶然のようなものだが、「その時にあれを見たからこそ今がある」という出会いばかりだ。

この桟敷童子の『博多湾岸台風小僧』も、そんなエポックメイキングな出会いに数えられること確実な一本だ。

僕はグリングの大ファンだし、五反田団やTHE SHAMPOO HATも大好きだ。だがまだ演劇ファンでなかった頃に彼らの芝居を見たとしても、それによって演劇に一挙にのめり込むことはなかったような気がする。

だがこの『博多湾岸台風小僧』は、いついかなる時に見たとしても、その日から熱心な演劇ファンになっていたはずだと断言出来る。

演劇を見ることの喜び、楽しさ、感動が、この一作に凝縮されているからだ。


公演は下北沢のスズナリで18日(月)まで。まだチケットはある。この文章を読んで、ほんのちょっとでも興味を持ったら、絶対見に行くべし。他の予定をキャンセルし、三食抜いてでもぜひ。スズナリのあんな舞台を見られるだけでも入場料分の価値はある。僕はすでに再見用のチケットを最終日に予約済み。
http://www8.plala.or.jp/s-douji/
http://www8.plala.or.jp/s-douji/12wangan_yokoku.html


桟敷童子の次の公演は10月。

何? 北区烏山公園の特設天幕劇場?? 今度はまたテント公演か!


もうねえ…この歳になってテント公演とかやだよ…普通の劇場で快適にやろうよ…


大体烏山公園ってどこだよ? 王子? 家からだとずいぶん遠いんですけど…


行きたくない…


面倒くさい…


でも…


やっぱり行かざるをえないよな、こりゃ。


(2005年7月初出)

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Comments

THE SHAMPOO HATに続き、桟敷童子のほうでもTBいただき、ありがとうございました!
早速、こちらからもTBさせていただきました。
映画も芝居も、たくさんご覧になってらっしゃるようなので、とても参考になります。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

Posted by: ワカナ | 07/17/2005 18:26

初めまして。
TBして戴いて有難うございます。
この作品、楽しみにしていながら、観にいかれなかったので
早速レビューを拝見させていただきました。

やっぱり、観にいかれなかったことが悔やまれますね・・。
少年王者舘との対比、納得です。
どちらも、其の路線で突き進んで欲しい、と思うあたしは、ただの演劇オタクです。

Posted by: 苺。 | 07/21/2005 01:04

TB、ありがとうございました。
感想、興味深く拝見させていただきました。
色んな意味で凄い舞台だったと思います。
今でもあの舞台美術がかなり印象的です。

Posted by: 藤田一樹 | 07/24/2005 17:59

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