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06/23/2005

【映画】『スパイダーマン』が提示する普遍的ジレンマ

最初に断言しよう。

『スパイダーマン』は紛れもない傑作だ。

それも予想とはかなり違うタイプの傑作だ。


映画ファンにとって本作の最大のポイントは、監督があのサム・ライミだという点に尽きるだろう。『シンプル・プラン』や『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』などで普通の人間ドラマ専門になった感のあるライミが(前作『ギフト』は見ていないので、あそこでどういう変化があったのかはわからない)、『スパイダーマン』という荒唐無稽なコンセプトを得て、『死霊のはらわた』シリーズや『ダークマン』の頃の、破天荒でお馬鹿なパワーをどこまで取り戻すことができるのか? 映画ファンの関心はその一点に集約していたはずだ。

その点に関して言えば、さすがに昔のアナーキーで破天荒なパワーには及ばないものの、十分にエキサイティングな出来だ。VFXの力だけに頼るのではなく、撮影や編集といった映画の基本的な技術によってスピーディな映像が繰り出される様は圧巻。ライミはいつの間にこんな巧い監督になったのだろう。「洗練されている」という、およそライミに似つかわしくない言葉が何度も頭をかすめる。

だがこの作品で最も驚かされるのは、そういった娯楽アクションとしての側面ではない。

おそらく『ダークマン』のような、お馬鹿で荒唐無稽な娯楽アクションになるだろうという予想を覆し、この映画は「典型的なハリウッド娯楽アクション」という装いの影に、シリアスなメッセージを持った人間ドラマの顔を隠しているのだ。


スパイダーマンの誕生は、頭はいいが、気弱で風采の上がらない青年ピーターがスーパースパイダー(笑)に手を咬まれて人間離れした能力を身につけるという、実に馬鹿馬鹿しいものだ。だが「超能力を持ったピーター」に過ぎない存在が「正義のヒーロー スパイダーマン」(本人曰く「親愛なる隣人スパイダーマン」)になるのは、ある事件をきっかけにしてだ。そこにおいてピーターは自分が「正義を行わない」ことによって、思いもかけぬ悲劇を経験することになる。その後悔と心の痛みを基に、彼は自らの超能力を社会正義のために役立てることを誓う。

そこまではある意味よくある展開だ。だがこの作品はその後「ではその選択は本当に正しいものなのか。英雄として賞賛されるべきものなのか」という思いがけぬ問いを発し始める。典型的なヒーローものと思った作品が、ヒーローという存在そのものを解体し始めるのだ。

超能力を駆使して街の小悪人を懲らしめていくスパイダーマン。だがマスコミや警察は彼の善意に半信半疑だ。敵役のグリーン・ゴブリンが出現すると、2人はグルで悪事を働いているという意見さえ出てくる。
そして弱ったことに、その意見は100%間違いとも言い切れないのだ。当初グリーン・ゴブリンの悪行は、関係ない人も多少巻き添えになるものの、基本的には私的な恨みをはらすものでしかない。ある意味必然性のある破壊行為だ。ところがスパイダーマンとの邂逅によって、彼の破壊行為は実質的に「スパイダーマンさえいなければ起こらなかったもの」ばかりになっていく。特に痛烈な皮肉は、ピーターが「正義を行わなかったこと」によって生じた悲劇と鏡合わせになる悲劇が、「正義を行った」ことによって生じようとする点だ。


正義を行わなければ悲劇が生じる。

だが正義を行っても、それとは別の新たな悲劇が生じる。


結局ピーターは、ゴブリンの誘惑を蹴って、正義を行使する。そんな彼の選択はビッグバジェットのヒーロー物という枠組みがある以上、ごく当前の成り行きだろう。だがこの作品が凄いのは、正義の選択を礼賛して終わりという脳天気な方向に進まないことだ。

正義を選択したピーターは、グリーン・ゴブリンとの戦いの結果、解決不能なジレンマを抱え込むことになる。そのジレンマ、その悲劇こそ、彼の正義の選択の代償なのだと言わんばかりに。その問題に関して、今後彼が何をしてもしなくても、人の心を傷つけることになるだろう。社会正義を守ったピーターの行動、そして一個の人間としての善意・優しさが、彼に重い十字架を背負わせることになる。

ヒーローの悲劇、超能力を持つ者の悲劇を描いた作品はたくさんある。最近では『Xメン』がその問題をかなりリアルに描いていた。だがそれらの多くは、あくまでも我々一般人にはない超能力を持つ者の悲劇、あるいはバットマンのようにかなり特殊なトラウマを抱えた者の悲劇だ。巧みに描かれていれば感動はするものの、自分自身に対するリアリティという点では、多かれ少なかれ他人事な部分があるのは否めない。
だがこの作品においてピーターが抱え込んでしまったジレンマは、それらよりも遙かに普遍的であり、いつ我々の日常生活に生じても不思議ではないリアリティを備えている。だからこそラストシーンである人物に抱かれた時、ピーターが見せる苦悩の表情に胸が締め付けられる(トビー・マグワイアの繊細な演技が素晴らしい)。そして「僕は自分に与えられた能力を呪う」という言葉にも、十分な重みと説得力が生じる。


世界貿易センタービルの崩壊現場で活躍した消防士たちが、一躍街のヒーローとして大歓迎された話は誰でも知っているだろう。だが当の消防士たちは、その降って湧いたようなヒーロー扱いに困惑しているという話も少なからず耳にした。
彼らは言う。「自分たちはただいつも通り仕事をしただけだ」「我々をヒーロー扱いするよりも、崩壊に巻き込まれて死んでいった同僚たちの方を賞賛し、悼んで欲しい」
もちろん自らの仕事を賞賛されることは、消防士たちも嬉しいはずだ。だが「いつも通りの仕事をしただけ」の彼らが、それまでには考えられないほどの称賛を浴びるのは、そこに巨大な悲劇が生じたからに他ならない。消防士の圧倒的大多数、とりわけ同僚を失った人々はこう考えているに違いない。「自分たちがヒーローの称号を返すことで、あの悲劇がなかったことになるなら、そんな称号は何度でも返上したい…」

ラストのピーターの心情は、きっとそれに近いものだろう。

ましてや彼はニューヨークの消防士たちと違い、悲劇の発生そのものに多少なりとも関与しているのだ。

作品の最も明快なメッセージとして繰り返される「大きな力を持つ者は、大きな責任を持たなくてはならない」という言葉には、「大きな力を持つ者は、それを正しい方向に使わなくてはいけない」という、ごく当たり前の教訓的な意味と共に「大きな力を持つ者は、大きな力を持っているだけで、本人の意志とは無関係に悲劇的な重荷を背負ってしまうのだ」という意味も含まれているに違いない。

ヒーローが存在するのは悲劇があるからだ。

そして強い力を持ったヒーローが存在することで、また新たな悲劇が生じる。

こうして『スパイダーマン』は、表面的にはヒーローものの体裁を保ちながら、二重の意味で「ヒーローが存在すること自体がこの世の不幸なのだ」という、とんでもないアンチヒーロー的な結論を導き出していく。


製作期間の問題を考えれば、ほぼ確実に偶然だと思うが、この映画は昨年のテロ発生後、アメリカで盛り上がるナショナリズムを風刺した作品に見えて仕方がない。「大きな力を持つ者は、大きな責任を持たなくてはならない」という言葉は、まさに今のアメリカに対して発せられた言葉としか思えないからだ。

アフガニスタンでタリバンが勢力を持ち、結果的に国を戦乱に巻き込んだのは、アメリカを筆頭とする国際社会が、アフガンの窮状を無視したからに他ならない。そして真のスパイダーマンになる前のピーターと同様、彼らは「正義を行わない」ことによって、自分自身が思いもかけぬ悲劇を経験することになる。
それを反省したアメリカは、自らの巨大な力を行使して、悲劇を引き起こした相手を叩きつぶす。各論的には問題があれど、総論的にはその選択は間違っていなかったと、個人的には思う。

だが確実に言えることが一つある。

その「正義の行動」は、すでに別の悲劇を生み出したし、これからも新たな悲劇を生みだす原因になるだろうということだ。

そしてアメリカという国が強大な力を持っていることそのものが、意図するとしないとに関わらず、世界に悲劇を生み出す原因となっていることは言うまでもない。
アメリカは、外部に関心を持たず孤立しようとすれば批判され、悲劇を生み出す。だが外部に積極的に関心を持って、あれこれ乗り出していけばいったで、これまた批判を受け、別の悲劇を生み出すことになる。いずれにせよろくなことはないのである。


ピーターは自らの力の意味を理解し、その力を行使しなかった場合の悲劇、その力が引き寄せる悲劇、その力を行使した場合の悲劇を経験した。

そして大きな力と、それに付随する十字架を背負って生きる苦渋の道を歩み出した。


はたして今のアメリカに、自らの力に対する自覚はあるのだろうか?

この作品に込められたメッセージが、アメリカでどのように受け止められるのか、興味は尽きない。


P.S.
話の流れで触れられなかったが、ノーマン・オズボーン=グリーン・ゴブリン役のウィレム・デフォーが素晴らしい。ジキルとハイドさながら善悪の分裂に苦悩し翻弄される彼の姿は、ピーターの悲劇と同様、観客の共感を誘うのに十分な説得力を持っている。
しかしグリーン・ゴブリンのデザインって、ジェットジャガーとメカゴジラを足して2で割ったように見えて仕方がないのだが…


(2002年5月初出)

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