« 【映画】『アイズ ワイド シャット』短評 | Main | 【お知らせ】更新ペースを落とします »

06/30/2005

【映画】『渦』奇妙で愛しい寓話

uzu


何ともはや奇妙な映画だ。

しかしこれほど愛しい感情を抱かせる映画も数少ない。


主人公のビビアンは、25歳の若さでブティックの経営者。大女優の娘でもある彼女は、マスコミからの脚光も集める存在だ。だが最近はブティックの経営が思うようにいかず、妊娠中絶もして、精神的にかなりまいっている。そんな悩みでぼっとしていた彼女は、ある夜一人の初老男を車で跳ね、恐ろしくなってそのまま逃げてしまう。
男が自分の部屋まで帰って死んだせいもあり、この事件はしばらくの間新聞に載ることもない。だがその間ビビアンは、恐怖と良心の呵責に苛まれ、精神的に追いつめられていく。
それに耐えきれなくなった彼女は、忌まわしい車を貯水池に落とそうとするが、うまく落ちてくれない。そこで彼女は、自分の運命を試そうと決心する。もしこの車ごと水に落ちて助かったら、それは生きる権利があるということ…
ビビアンは助かった。そしてようやく男の死体が発見され、火葬されたことを知ると、その遺骨が安置されている場所へと向かう。そこで彼女が出会ったのは、自分が轢き殺した男の息子エビアンだった。男の隣人だと偽った彼女は、エビアンと共に男の家や職場を訪れることになるが…


こうしてあらすじを書いてみると、非常にわかりやすい物語だ。ところが実際の映画は、一筋縄ではいかない様々な仕掛けと艶めかしいイメージに満ち溢れた、不思議な映画になっている。

まずこの物語は、今まさに殺されようとしている醜い魚の口を通して語られる。魚のいる場所が一体どこなのか、この魚が物語とどう関係しているのか、論理的に追求したところで答は見いだせない。しかし作品全編が「水」「魚」「死(死体)」のイメージに彩られているため、そのイメージを集約する結節点として、大きな効果を上げている。

何よりも面白いのは「時間の解体」と「視点の転換」だ。前半は比較的普通の語り口で説明描写も多いため、多少退屈するところもある。ところがビビアンが自らの運命を試すあたりから、語り口が突然トリッキーなものになり、まるで別の映画のようにエキサイティングな輝きを帯びてくる。行ったり来たりする時間の中で、先ほど描いたはずの光景を、まったく別の視点から語り直したりする演出。それによって主人公の悩みや苦しみが異化され、深刻な生と死のドラマが奇妙な滑稽さを帯びてくる。
だから特に笑わせるような演出はしていないのに、どこを切ってもクスクス笑えてしまう。「死」や「殺人」といった要素さえ、画面に溢れる「水」が喚起する輪廻転生のイメージの中で、シリアスな重さをはぎ取られ、ユーモラスな軽さを獲得していく。

そのような演出によって、この映画は奇妙かつ滑稽、それでいて運命の不思議さを感じさせる、実にユニークなラヴストーリーへと変貌する。

特に好きなシーンは、飛行場のドアを勢いよく開け放ち、ビビアンが全速力でエビアンに向けて走っていくところだ。それまでの静寂を突き破るかのように、全速力で疾走するビビアン。スタッスタッという両脚の動きの何と映画的なことよ。そして彼女が言う台詞「貴方と寝たいの」。こんなにユニークでユーモラスで躍動的な再生の描写は滅多にあるものではない。

この作品の大きな魅力の一つは、実に奇妙な、それでいて「これしかないだろう」と思わせてしまう音楽の使い方にある。堕胎された胎児の火葬シーンや、最後の遺灰を海に帰すシーンで流れる「Goog mornig sunshine」という明るくポップな歌、ところどろこに流れるフラメンコのような舞踏音楽、そしてノルウェーの暗い海に流れるグリーグの甘い調べ…一見とりとめのない組み合わせでありながら、すべてがピタリとはまっている。はまっていると言っても、違和感なくはまっているのではなく、どれも何かしら違和感がありながら、その違和感が全体として素晴らしいハーモニーを作り上げ、他の作品には見られぬ独特の滑稽さと抒情性を醸し出している。
あの全力疾走のシーンで流れる音楽もその例にもれない。彼女が再生に向けて大きくジャンプするクライマックスでありながら、それをいかにも感動的な音楽で彩るのではなく、小学校の運動会でかかるような軽妙な音楽で表現してしまうセンスは小憎らしいほどだ。

音楽に限らず、この作品の魅力は、ミスマッチとしか思えぬ要素が絶妙のバランスで同居しているところにある。言わば「キェシロフスキとフランク・キャプラが同居する映画」。全体のムードが、キェシロフスキなど、ある種のヨーロッパ映画に近いことは誰にでもわかるだろう。それでいて要所要所で古典的なハリウッド映画のように、ユーモラスな映画的アクションが顔を出す。陰鬱さの隣に楽天性があり、キリスト教的な罪悪感の後ろに仏教的な諸行無常感がある…その変態的なミクスチャー感覚こそ、僕を惹きつけてやまない大きな理由なのだ。


監督のデニ・ヴィルヌーブは、これが2本目の長編となるカナダの新進監督。同じカナダ出身のアトム・エゴヤンやクローネンバーグと比較されているが、作家としてのユニークさでは、おそらくその二人以上だ。今後に大注目なのはもちろん、日本未公開の第一作も見てみたい。

だがそれにもまして素晴らしいのが、圧倒的な美しさを誇る、主演のマリ・ジョゼ・クローズだ。澄み切った海を思わせるブルーの瞳は、見ているだけで溜め息が出る。『ふたりのベロニカ』のイレーヌ・ジャコブにも匹敵する美しさ。しかもそれは、この映画の中にしか存在しえない陽炎のような美しさなのだ。他の出演作品もぜひ見てみたいと思うが、おそらくそこにいるのはまったく別のマリ・ジョゼ・クローズだろう。それはそれできっと魅力的な女性だろうと思うが、この映画で見せた神秘的な美しさとはかなさには決して及ばないはずだ。そんな点もベロニカのジャコブにそっくりだ。


あまり話題になっていないため、見る予定の人は少ないだろう。非常に癖の強い作品なので、気に入るかどうかは保証できないが、このユニークな作風は間違いなく一見の価値がある。これに最もよく似た雰囲気を持つ作品『アナとオットー』が好きな人は、騙されたと思って一度ご覧あれ。


(2001年8月初出/2005年6月改訂)

|

« 【映画】『アイズ ワイド シャット』短評 | Main | 【お知らせ】更新ペースを落とします »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/85126/4754584

Listed below are links to weblogs that reference 【映画】『渦』奇妙で愛しい寓話:

« 【映画】『アイズ ワイド シャット』短評 | Main | 【お知らせ】更新ペースを落とします »