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06/05/2005

【映画】『パッション』ダイ・ハードなイエス

かなり評価に困る作品である。と言うか、視点をどこに置くかで、いかようにも評価できる作品である。

見た後で聖書を読み返してみたが、全体のストーリーは、マタイ/マルコ/ルカ/ヨハネの4つの福音書から適宜抜粋されたエピソードで構成されており、幾つかの省略はあるものの、事前の情報どおり聖書にほぼ忠実な内容となっている。

問題は、この「聖書に忠実」という部分をどう評価するかだ。それこそが本作の最もユニークな点、今までのイエス映画と一線を画する点であることは確かだ。だがそれ故に現代の視点から見たドラマ性に乏しいのは否めない。キリスト教を深く信仰している人ならともかく、そうでない人間にとっては「だから?」というのが、一番素直な感想ではなかろうか。

そして皮肉なことに、本作で最も印象深く、ドラマ的な深みを帯びているのは、聖書に書かれていない二つのエピソードなのである。一つは、イエスを死刑にしたくないが、このままでは暴動が起きると悩むピラトの苦悩。
もう一つは、イエスが十字架を運ぶのを手伝うシモンが、イエスに深い同情を示すエピソードだ。
前者は、聖書に書かれている内容より一歩深くピラトの苦悩に突っ込んでおり、現代に通じる中間管理職の悲哀(笑)が伝わってくる。後者も同様で、聖書には「十字架を背負わせた」という事実が書かれているのみだが、映画では彼の心理の変化が短時間でうまく描かれている。
なおこのシモンという人物は、聖書ではキレネ人になっているが、映画ではユダヤ人になっている。これはユダヤ人を一方的な悪役にしないための配慮だろうか? マタイによる福音書の中で、ユダヤの民がイエスへの死刑宣告に対し「その血の責任は、我々と子孫にある」と言う部分もカットされているので、十分に考えられる話だ(それにしてもこのたった一行が、その後の世界史を大きく書き換えることになろうとは…)。

キリスト教徒ではない現代人として言わせてもらえば、聖書の読みにくさや退屈さの原因は、その文章が人々の行動を淡々と記しているのみで、心理が描かれていない点にある(これは別に聖書に限らず、多くの古典に言えることだが)。近代的な心理小説の技法になれてしまった人間には、これがなかなか辛い。
そして言うまでもなく、映画というものも、近代的な心理小説の系譜に則ったストーリーテリングを行っている。そのため、ただ行動だけを描いた作品には、どうしてもある種の退屈さや取っつきにくさを感じてしまう。もちろんロベール・ブレッソンをはじめ、わかりやすい心理描写を意図的に排除し、外面的な行動だけを描こうとする作家もいるが、彼らはその手法に基づいた独特の語り口を徹底的に追求することで、普通のドラマとはまったく違う、ある意味音楽や美術に近い独特の面白さを獲得している。
その点この『パッション』は、非常に中途半端なのだ。基本的には、余分な解釈を加えず聖書の記述をそのまま描いているのだが、そこにはブレッソンのようなストイックな美学は見られない。しかも普通のドラマに近い心理描写が所々に混じり、そちらの方が面白い。だが現代的なドラマとして見るには、心理描写が少なすぎる。結局どちらの点から見ても中途半端で、深い感動は得られない作品となっている。

ただし演出の力はかなりのもので、そちらの面から見れば、かなりユニークな映画として評価できる。何よりも、鞭で打たれ、十字架に磔にされるイエスの描写が、どんな暴力映画でもここまでは…と思わせるほど、過激で生々しいのには驚かされる。アメリカでショック死した人が出たというのもうなずけるし、否定派が「マッドマックス風福音書解釈」と皮肉るのも無理はない。
問題は、その暴力描写が、イエスの固い信念を描く効果を上げる一方で、ドラマのバランスを崩す逆効果も上げている点だ。だってあそこまでボロボロに鞭打たれたら、普通ゴルゴダの丘に着く前に死ぬだろう(笑)。イエスという人物の持つ力は、肉体的なものではなく、精神的あるいは霊的なもののはずだ。だがこれでは精神性より前に、イエスがダイ・ハードな肉体を持つスーパーマンに見えてしまう。いくら何でもやりすぎではなかろうか。もっともその暴力性が話題を呼び、アメリカではあのような驚異的な大ヒットになったわけだが…


まあ、素直に良い作品とは言いにくいが、いろいろな意味で興味深い作品ではある。決して嫌いではない。


(2004年5月初出)

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