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05/15/2005

【映画】『X-MEN 2』機能美の善し悪し

前作『X-MEN』は僕のお気に入りの映画だ。最近のアメコミものや超能力スーパーヒーローものの中では、『スパイダーマン』と並んで頭抜けた作品だと思う。

そんなわけでかなりの期待をよせていた続編『X-MEN 2』(原題『X2』)。
結論から言えば、その期待に違わぬウェルメイドな作品なのだが、むしろそのウェルメイドさ故に文句を言いたくなる、ちょっと微妙な作品となっている。

ストーリーは、ある歪んだ目的からミュータントの全滅を計る軍事科学者とX-MENたちミュータントたちの戦いを描くもの。ただし敵方の物語はあまり詳しく描かれているとは言えず、主眼はあくまでもミュータント同士の愛憎と、超能力を駆使した数々の見せ場を堪能する事にある。

前作では、肌に触れる事で相手の能力と生命力を吸い取ってしまう、それ故に愛する人の肌に触れる事すら出来ず、人から忌み嫌われるローグの孤独感が色濃く出ており、ミュータントがエイズなどの感染症患者や被差別民に重なる仕掛けがドラマに深い奥行きをもたらしていた。今回はそういった点には深入りせず、もっと乾いたアクションドラマになっている。
ただそれでいて薄っぺらい感じがしないのは、多分その醜い姿とドイツ語訛りのひどい英語故に、同じミュータントからも白い目で見られるナイトクローラーや、自分の能力が認められない事に苛立ちを覚えるパイロ、そしてジーン・グレイをめぐるウルヴァリンとサイクロップスの三角関係など、様々な人間的葛藤が細かく散りばめられているからだ。
ナイトクローラーが、ある意味同じようなルックスをしている(ただしプロポーションは抜群)ミスティークに「あんたは誰にでも変身出来るのに、なぜずっと普通の人間の姿でいないんだ?」と尋ねると、ミスティークが「そんな必要はないわ」と答え、自分本来の姿に誇りを持っている事を示すシーンなど、特に秀逸だ。
ただしそのナイトクローラーは、今回の物語の軸となる新キャラなのだから後半もう少し彼を立たせるドラマがあっても良かったと思う。彼が醜さ故の疎外感を克服し、ミスティークのように自らに誇りを持つまでのドラマが描かれていれば最高だったろう。「目で見えるものを信用するな」だけではちょっと弱い。とは言え、あのようなアクションシーンを単なるアクションに終わらせず、人間ドラマのエッセンスを盛り込んでいる点は大いに評価出来るのだが。

見ていてもっとも楽しく、おいしいところをほとんどさらっているのが、マグニートー(イアン・マッケラン)+ミスティークという前回X-MENたちの敵となった2人だ。今回は共通の敵を相手にX-MENチームと手を組むのだが、互いに心を許した部分とそうでない部分が混ざり合っていて、この2人がどういう行動に出るか油断出来ないところが面白い。
そして全編で最も優れたシーンと言えそうなのが、マグニートーの脱獄シーンだ。これが「おおっ! そういう手があったのか!!」と思わず唸ってしまう奇想天外なもので、そのアイディアといい見せ方といい、ほぼ完璧と言っていい名シーンだ。ミスティークも変身能力をフルに使ってあちこちで見せ場を作るし、マグニートーの忠実な部下でありながら、それだけでは済まされない微妙な女心を感じさせるところも素晴らしい。


基本的には荒唐無稽なSFアクションだが、その中にしっかりとした人間ドラマを盛り込み、大人の鑑賞に堪えうる作品となっている。磨き抜かれたスタイリッシュな映像も見事だし、この手の映画でこれほど欠点が少ない作品も珍しい。娯楽性の高さは前作よりも上だと思う。

にも関わらず、前作を見た時ほど興奮しないのはなぜだろう?

それは、この手の映画にとって極めて大切な要素である「愛嬌」が欠落しているからだと思う。前作にもその傾向はあったが、この第2作ではさらにその傾向が強まっているように思える。

例えば『バットマン』や『スパイダーマン』は、かなり八方破れの物語でありながら、馬鹿馬鹿しさとシリアスさが奇妙な同居をする様が大きな魅力となっていた。その点『X-MEN 2』は、お笑い以外の何物でもないような超能力が飛び交うにもかかわらず、作品から受けるイメージは恐ろしいほどシリアスだ。ほころびが少ない分想像の翼を広げる余地も少ないし、ユーモアの要素もほとんどない(それでマグニートーの茶目っ気がよけい光って見えるのだが)。つまり「映画」としては実に見事でも、「超能力ヒーローアクションもの」としてはどうなのよ、ということだ。

『X-MEN』の硬質な魅力は、ある意味ドイツ製の工業製品に通じるようなところがある。一切の無駄がなく、機能美の塊のような、それ故に一つのアートになっているような製品。それに対して『バットマン』や『スパイダーマン』あるいは『マトリックス』などは、いる機能もいらない機能も一緒くたにゴテゴテとてんこ盛りにした日本製のマルチメディア製品のようだ(そう言えば『スパイダーマン』はソニーの作品だったな(笑)。
工業製品としての品格や、時代を超えた価値を帯びているのは前者だろう。だが弱った事に、この手の「超能力ヒーローアクションもの」本来の魅力とは、ライカのカメラやモンブランの万年筆にある機能美ではなく、キャノンのデジカメやソニーのゲーム機にあるオモチャ箱をひっくり返したような楽しさに近いものなのだ。


ついそのような不満も言いたくなるのだが、それはむしろ深い愛情故のこと。このシリーズのストイックな作風は、不思議なほど僕の肌に合う。次回作への伏線が幾つも散りばめられている事だし、少なくともあと1本は、このキャストとブライアン・シンガーの監督でシリーズを続けて欲しいものだ。


なお、この『X-MEN 2』は前作の完全な続編なので、前作を見ていないとストーリーを理解する事はまず不可能だ。必ず前作を見た上での鑑賞をお薦めする。


(2003年5月初出)

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