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05/25/2005

【音楽】マイケル・ブレッカー『ニアネス・オブ・ユー』

最近またマイケル・ブレッカーをよく聴いている。少し前にジャズ熱がぶり返してきて、50~60年代の名盤を買い漁っていたのだが、その辺をずっと聴きこんでいくと、無性に新しいジャズが聴きたくなる。どんな名盤であれ、50年代の名盤はやはり50年代の名盤だ。それはそれとして、今この時代に奏でられる、同時代の活きのいいジャズが聴きたくなるのは、健全な精神の証と言っていいだろう。


しかし50年代〜60年代の名盤と互角に張り合えるジャズは、実際のところそう多くはない。僕の最も好きなコートニー・パインは、ライヴでは毎回実験的な試みを行いつつ、素晴らしいエンタテインメントを提供してくれるのだが、アルバムに関してはこのところちょっと停滞気味。決して悪くはないのだが、ライヴの素晴らしさに比べたら段違いに落ちるというのが正直なところだ。この前の『バック・イン・ザ・デイ』など、内容そのものはかなりいいのに、メリハリのない薄ぼけたプロデュースが、コートニー・ミージックの躍動感を台無しにしている。
それ以上にひどいのがジョシュア・レッドマン。斬新なアイディアと素晴らしいテクニックが合体したあの輝きは今いずこ。最近は頭でっかちの小難しい音ばかりになって、スティーヴ・コールマンの轍を思いきり踏んでいる。
ブラッド・メルドーは確かに素晴らしいのだが、個人的にはあの自己陶酔ぶりがちょいと鼻について、それほどのめり込めない。
ジャズ界最大のディーヴァ=カサンドラ・ウィルソンは健在だ。しかしもう2年以上アルバムを出していないし、彼女の音楽は少々聴く環境を選ぶ。朝の通勤電車や真っ昼間の町中を歩きながらカサンドラの歌を聴くのはさすがにちょっと違和感がある。
最近各方面で評価の高いニルス・ポッター・モルヴェルはイマイチよくわからん。何よりも顔が嫌いだ(笑)。
メデスキ、マーチン&ウッドは評判の高い最新作はまだ聴いていないものの、ブルーノートでのファースト・アルバムに関して言えば、今ひとつピンと来なかった。


そんなわけで最後に残る切り札、絶対の安全パイ(笑)…それがマイケル・ブレッカーだ。

そんなことを言うと「70年代からブレッカー・ブラザースとして活躍し、今年で52歳になるブレッカーのどこが今のジャズなんだ!」という至極当たり前の反論が返ってくることだろう。しかしどういうわけか僕にとって、ブレッカーのアルバムは極めて現代的なサウンドとして聞こえるのだ。ヒップホップやドラムン・ベースを取り入れてるわけでもなく、フォーマット的には王道ジャズ路線なのだが、音の質感/肌触りが決定的に新しい。優れた外車のデザインを連想させる、シャープでクールな質感。それを指して無機的だと評する人もいるが、僕はそうは思わない。情緒連綿たる音を出さないクールさの中にこそ、ブレッカーの美学、ブレッカーの肉声があるのだ。この辺りの感覚はジェフ・ベックに非常によく似ている。
またリズムも基本的には4ビートなのだが、あくまでもエレクトリック・マイルスやフュージョンを通過した上での4ビートという感じで、50年代のそれとはかなり雰囲気が違う。良くも悪くも「のどかさ」のようなものがなく、最新のポップ・ミュージックと続けて聴いても、まったく古臭さを感じさせない。


そんなマイケル・ブレッカーが、全編バラードで固めたアルバムを出すという。しかも参加者は、いささかサービス過剰ではないかと言いたくなる豪華メンバー。プロデュースはパット・メセニー。これで期待するなと言う方が無理だろう。そんなわけで発売当日にいそいそと買ってきた。


『ニアネス・オブ・ユー:ザ・バラード・ブック』UCCV-1018

 1.チャンズ・ソング(Herbie Hancock)
 2.ドント・レット・ミー・ビー・ロンリー・トゥナイト(James Taylor)
 3.ナセント(Flavio Venturini)
 4.ミッド・ナイト・ムード(Joe Zawinul)
 5.ザ・ニアネス・オブ・ニュー(Ned Washington-Hoagy Carmichael)
 6.インカデセンス(Michael Brecker)
 7.サムタイムズ・アイ・シー(Pat Metheny)
 8.マイ・シップ(Kurt Weil)
 9.オールウェイズ(Irving Berlin)
10.セヴン・デイズ(Pat Metheny)
11.アイ・キャン・シー・ユア・ドリームス(Michael Brecker)
12.セイ・イット(Frank Loesser)

パーソネル
 マイケル・ブレッカー(ts)
 パット・メセニー(g)
 ハービー・ハンコック(p)
 チャーリー・ヘイデン(b)
 ジャック・ディジョネット(ds)
 ジェームズ・テイラー(vo)on 2&5
 

作曲者の名前を見ると、ジョー・ザヴィヌルやアーヴィング・バーリン、ホーギー・カーマイケル、クルト・ワイルといったジャズ・ファンにはお馴染みの名前が並んでいるが、あいにく僕はどの曲も知らない。知っているのは映画『ラウンド・ミッドナイト』の主題曲として作られたハンコックの「チャンズ・ソング」と、コルトレーンの『バラード』1曲目を飾る「セイ・イット」だけ(しかもこの曲は日本盤のみのボーナス・トラック)。「セイ・イット」を除けば、どれも超有名曲とは言い難い、なかなか渋い選曲だ。その合間にブレッカーとパット・メセニーのオリジナルが2曲ずつ入ってくる(パットの曲は自分のリーダー・アルバムに収録されていたものらしい)。

もう一つ目立つのは、あのジェームズ・テイラーの参加。「ジョニ・ミッチェルならわかるが、なんでまたジェームズ・テイラー??」と思ったのだが、テイラーのアルバムにブレッカーが参加して以来の付き合いで、この「ドント・レット・ミー・ビー・ロンリー・トゥナイト」という歌も、その再演らしい。正直なところ「ジェームズ・テイラー=女々しいシンガー・ソング・ライター」という偏見があってずっと聴かず嫌いで通してきたのだが、少なくともこのアルバムでの客演は悪くない。ジョニ・ミッチェルの方が良かったとは思うけど。

このアルバムのポイントは、今まで余分な情緒を廃してきたブレッカーが一体どんなバラード・アルバムを作り上げるのか、という点に尽きるだろう。そして結論から言えば「なるほど、実にブレッカーらしいバラード・アルバムだ」ということになる。美しく、ロマンチックではあるが、それが決してセンチメンタルな方向に流れない。相変わらず硬質で、クールな感覚に満ちている。そしてそのクールさ自体がブレッカーの肉声になっているという点において、これまでの作品とは演奏のタイプこそ違え、まことに正しきブレッカー・アルバムだ。

パット・メセニーとチャーリー・ヘイデンのデュオ作『ミズーリの空高く』(名盤)に通じる、広々とした空間を感じさせるプロデュースも素晴らしい。考えてみると、ブレッカーやメセニーのアルバムが「今のサウンド」たりえている要素の一つは、この空間感覚にあるようだ。あくまでも地下のジャズ・クラブで演奏している雰囲気が濃厚な50〜60年代の名盤に対し、彼らのアルバムには、もっと広々とした空間で奏でられているような風通しの良さがある。
そのプロデュースを担当したのはパット・メセニー。僕はどうも彼のリーダー・アルバムとは肌が合わないのだが、こうやってプロデューサーやサイドメンに回った時の彼はまことに素晴らしい。特にブレッカーとは相性がいいようで、『テイルズ・フロム・ハドソン』でも見事な演奏を聴かせてくれた。このアルバムにおいては、自作曲よりもミルトン・ナシメントの曲「ナセント」において、「どこをどう切ってもパット・メセニー」としか言いようのない音色・フレーズを披露してくれる。
しかしサイドメンでもっとも目立っているのは、意外にもハービー・ハンコック。もはやジャズ界の広告代理店(派手で空疎なイベントを次から次へと打ち上げて自分一人金を儲けまくるが、後には何も残らない)と化した感のある彼が、俄には信じがたいほど真摯な音を奏でてくれる。まあバラード・アルバムでピアノが活躍するのは当たり前という気もするが、余分な責任を持たない一ピアニストに戻れば、まだこれくらいの演奏は出来るのね。ちょいと見直した。


今たまたまメセニーとハンコックの演奏について触れたが、実はこのアルバムに関して言えば、僕は個々のソロがどうのこうのという聴き方をほとんどしていない。特にブレッカーの演奏に関しては、不思議なくらい記憶に残らない。どうでもいい演奏をしているのかと言われれば、それは違う。個々のフレーズは記憶に残らなくても、演奏全体から受ける心地よい感覚だけははっきりと後に残るのだ。例えて言うなら、セルゲイ・パラジャーノフの映画を見て、その心地よさにところどころ睡魔に襲われ、個々の場面については欠落があるにも関わらず、見終わった時には不思議なほどの充実感を覚え、もう一度見たい!と思うのによく似た感覚だ。つまり聴く者に「このアドリブの展開は…」というような緊張感ではなく、もっとリラクッスした感覚を与えてくれるのだ。だから個々のフレーズは残らなくても、そのリラックスした心地よさだけは確実に後に残る。その心地よさを与えてくれるのは、言うまでもなくブレッカーたちの演奏なのだ。

ある意味BGM的と言えばその通りだが、これはバッハの音楽がBGMにピッタリだというのと同じレヴェルでの話だ。そういえばブレッカーの音楽もバッハの音楽も、ベタベタした情緒がなく、もっと純音楽的な美を追求している点において、少し似ていなくもない。情緒溢れる音楽は、真剣に聴く分にはともかく、BGMには向いていない。ブレッカーやバッハの音楽は、ベタベタした情緒がない分BGM向きであり、なおかつ真剣に聴こうとすれば、それだけの鑑賞に堪える深さを持っている。BGMにピッタリ=安直な音楽というわけではないのだ。


もっともこのアルバム、これまで目にしたレヴューでは意外と批判も多いようだ。しかしそれらをよく読んでいくと「要するにブレッカーがこういう穏やかなアルバムを作るのが気に入らないだけなんじゃないの?」と言いたくなるものばかりだ。なるほど、ブレッカーの本領はあのウルトラ・テクニックでもっとバリバリに吹きまくったサウンドの方にあるだろう。ブレッカーの代表作を1枚上げろと言われたら、僕も『テイルズ・フロム・ハドソン』に軍配を上げるに違いない。
だがこのアルバムもまた、巷に溢れる安直なバラードものとは一線を画した、ブレッカーにしか作れなかったバラード・アルバムであることに間違いはない。コルトレーンの『バラード』が、うるさ型のファンから「あれはマウスピースの不調でアップテンポの演奏が出来ず、仕方なく吹き込んだものに過ぎない。あのアルバムにコルトレーンの本質などない」と揶揄されながら、現実にはコルトレーン最大の人気作になっているように、このアルバムもまたブレッカーの人気盤、00年代のジャズが生み出した傑作として語り継がれていくのだはないだろうか。


(2001年6月初出)

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