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05/09/2005

【映画】『イン・ザ・ベッドルーム』戦慄のホームドラマ

「騙されたと思って見ろ!」

久々にそう言いたくなる映画である。


昨年アメリカで様々な賞を獲得したのは、伊達ではないことがよくわかった。


最近「予想とは全然違うタイプの傑作」に出会うことが多いのだが、この作品はその最たるものだろう。

だから出来るだけ予備知識無しで、この文章だけを読んだ上で(笑)劇場に足を運ぶことをお薦めする。


まず、最初の40分ほどははっきり言って少々退屈だ。僕も危うく眠りそうになった。
だが油断してはいけない。
この最初のホームドラマ的な世界は、ほぼ見る前のイメージ通りだ。
ところがある事件をきっかけに、地味なホームドラマは、思いもかけぬほど鋭利な人間ドラマとなり、第一級の心理サスペンスへと変貌していくのだ。

と言っても、ホームドラマが突然サスペンス映画に変わるわけではない。表面的な語り口、淡々とした演出は最初から最後まで一貫している。にも関わらず、その表面的な静謐さからは想像も出来ない方向へと物語は発展していく。これが見るからにサスペンスタッチの演出であれば、その衝撃は半減しただろう。どこまでも物静かであるが故に、この作品は恐ろしく、痛切で、リアルなのだ。

何よりもこの作品のサスペンスは、映画技法的な意味でのサスペンスとは趣を異にする。それは人生や日常生活に潜む暗黒面が、そっと顔を出す瞬間の恐ろしさであり、一見穏やかな日常生活が、いかに壊れやすくデリケートな均衡の上に成り立っているかを見せつけられた怖さだ。日常生活の最も見たくない部分を、こちらの警戒心を解いて無防備にしたところで、そっと見せつけてくる…その油断のさせ方が実に巧みなのだ。

いかにも原作ものらしい明快な起承転結がありながら、この作品のラストにおいて観客は、虚無感とも哀しみとも恐怖ともつかぬ、不安定極まりない感情の中に置き去りにされる。このようなタイプの作品はヨーロッパにはたまにあるが、アメリカ映画では極めて希だ。今年のオスカーを争った『ビューティフル・マインド』と比べると、「見る前のイメージを大きく裏切る」という点ではよく似ているが(夫婦愛の感動ドラマを見に行って、まさか『オープン・ユア・アイズ』を見せられるとは…)、『イン・ザ・ベッドルーム』の方が圧倒的に成熟した「大人」の映画になっている。オスカー会員は『ビューティフル・マインド』のキワモノ性に幻惑されたのかもしれないが、人間描写の深さと複雑さ、イメージの広がり、語り口の巧みさなど、どれを取っても僕はこちらに軍配を上げる。

淀川長治さんが生きていたら、きっと大絶賛したタイプの映画だろう。


とにかく騙されたと思って見ろ!


P.S.
カンヌのパルムドールを取ったものの、辛口な意見が目だった『息子の部屋』。もしあなたがあの作品に不満を感じたなら、ますますもって『イン・ザ・ベッドルーム』を見るべきだ。あなたがあの作品に感じたであろう不満の多くが、この作品によって解消される可能性があるからだ。僕自身は『息子の部屋』を高く評価しているし、その感動のポイントは『イン・ザ・ベッドルーム』とはだいぶ違うものなのだが、それでもこの作品が出たことで、『息子の部屋』 の影が薄くなった感は否めない。ある意味よく似た題材を扱っているわけだが、その題材を使って描き出される人間の姿、その喜びや絶望は、明らかにこの作品の方が深遠なところに達している。


(2002年8月初出)

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