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05/05/2005

【映画】『あずみ』を断固擁護する

最初に結論を言おう。


信じがたい事に『あずみ』は事前の予想を大きく裏切る傑作であった。


近年これ以上にエキサイティングな娯楽時代劇はないし、アクション映画としても傑出した出来だ。これまで北村龍平監督の事はかなり馬鹿にしてきたが、それは大きな間違いだった。すまん、許せ。あんたただのハッタリ屋じゃない、本物の活動屋だ。少なくともこの作品に関しては全面降伏だ。

なぜこの作品の素晴らしさが「事前の予想を大幅に裏切る」ものだったかと言えば、予告編を見た時、気恥ずかしくなるような「決め」の連続、そのわざとらしさと嘘くささに「こりゃ絶対にダメだ…」と思ったからだ。
本編を見て何よりも驚いたのは、それらの「決め」や派手なアクション、トリッキーなカメラワーク(あの360度回転カメラには鳥肌が立った)が、何の違和感もなく映画の流れに溶け込んでいる事だ。
同じことは俳優陣にも言えて、個性が強すぎて最近は現代劇に出ると必ず浮いてしまう竹中直人や伊武雅刀が、何の違和感もなく画面に収まっている。オダギリ・ジョーや遠藤憲一の悪乗り気味の怪演さえ、作品のバランスを崩すことなく、エンタテインメントとしての機能を果たしている。そういった濃い要素をきちんと消化しているこの作品の懐の深さには驚くばかりだ。

まず北村龍平に対する懺悔から始めてしまったが、この作品の成功を決定づけた第一の要因は、見事な脚本だろう。小山ゆうの原作はまったく読んだ事がないが、長編漫画の映画化にありがちなダイジェストくささはほとんど感じない。主人公のあずみを中心とした骨太なストーリーを軸にしながらも、かなりの数に上るキャラクターを実にうまく描き分け、スケールの大きさと細やかなドラマを併せ持った物語に仕上げている。省略すべきところは大胆に省略しつつ観客が見たいと思う部分は丹念に描き込む、そのメリハリの付け方が素晴らしい。
そしてさらにビックリしたのが、二人いる脚本家の内の一人=水島力也というのが、プロデューサー山本又一朗のペンネームであった事だ。山本又一郎、と言っても若い人はピンと来ないだろうか。70年代後半にあの『ベルサイユのバラ』をフランスのスタッフ・キャストを使って映画化して(出来はすっとこどっこいだったが)世間をあっと言わせ、続いて長谷川和彦監督で『太陽を盗んだ男』を作り、転じて『がんばれタブチくん』シリーズでクリーンヒットを飛ばしたプロデューサー。産業的にはどん底にあった当時の日本映画界に大胆な企画で活を入れ、角川春樹と共に当時の日本映画のフロントラインにいた人物だ。しかし80年代に入ってから失速し始め、90年代には完全に映画界から姿を消してしまった。そのフィルモグラフィは、大資本をバックにしない独立プロデューサーの苦闘をまざまざと見せつけるものだ。そんな彼の、実写作品としては実に15年ぶりとなるプロデュース作品がこの『あずみ』なのだ。
70年代後半、日本映画界の閉塞を打ち破ろうとする彼のドン・キホーテ的な姿になにがしかの共感を覚え、その失速を残念に思っていた者としては、これだけ見事な作品を引っさげての復活だけでも感動的なのに、何と脚本まで手がけていたとは…。調べてみると脚本を直接手がけたのはこれが初めてらしいが、とてもそうとは思えない出来だ(共同脚本の桐山勲という人も、他に何かを書いている形跡はない)。全体的な枠組みは堅牢に作りながらも細部はガチガチに描き込まず、演出や演技の自由度を保障するところが、いかにもプロデューサー的だ。

しかしその脚本を存分に生かしきり、見事な娯楽作品に仕立て上げた北村龍平の演出力も、やはり賞賛されるべきだ。特に素晴らしいのは絵作り。最近の時代劇というと、やたら寄り絵ばかりで「ああ、大きなセット作る金がなかったんだろうなあ」と、つい貧乏くさい気分になるものだが、この作品はところどころで「おおっ!」と思うような大胆な引き絵を見せてくれる。これによって物語のスケール感がワンランクアップしているし、映画のリズムとしても効果的。その上巨大な自然の中で殺し合いをする人間たちの哀れささえ浮き彫りにする。特に素晴らしいのは、美女丸とひゅうがの対決する草原。日本にまだこんなに何もない草原があったのかと感心するロケーションで(ひょっとして余分なものはCGで消したのか?)、ダイナミックかつドラマチックな絵作りがなされている。

そして作品の成否を握るのがアクション演出。これに関してはおそらく賛否両論出ると思う。僕も幾つか気になる点はあるが、全体としてはプラスの方が遙かに大きいと思う。
この作品のチャンバラは、正統派の殺陣や、達人同士の一瞬の居合いをじっくりと見せるタイプのものではない。やはりこれは「殺陣」というよりもハリウッド的な「アクション」の演出だ。その方法論にまず引っかかってしまう人もいると思うが、これはアクションのみならず『あずみ』という作品全体に貫かれているスタイルだ。この作品は、時代劇の設定こそ借りてはいるものの、本質的にはハリウッドのギャングアクションやSFアクション、あるいはマカロニウェスタンに近い作品なのだ。だからこそ時代劇らしい台詞は最低限に抑えられているし、若者たちのキャラクターや演技の質は、どう見ても現代劇のそれだ。僕も始まってしばらくは違和感を感じたが、すぐに「これはそういう作品なのだ」と納得した。この作品を否定する人の多くは、その点を素直に飲み込めなかった人ではなかろうか。
そのアクション演出だが、ここでも引きと寄りを巧みに組み合わせた絵作りが光っている。「どこで何が起きてるのかよくわからん」という、この手の作品が陥りがちな悪癖からも逃れていて、誰が誰を斬ってどう死んだのか、きちんと一枚の絵の中でわかるようになっている。手持ち撮影を一切やらなかったのも功を奏している。実際に刀が当たっているように見えないところも多々見られるが、元々そういうリアリズムを追求した作品ではないから、あまり気にはならない。そもそもこんなに何百人も斬り殺されるチャンバラで、過度にリアリズムを追求したら血生臭くなりすぎてかなわん。今でも十分血生臭いのに。

上戸彩の剣さばきも十分に及第点だ。もの凄く強くは見えないが(笑)、少なくとも弱そうには見えない。最初の時点で「剣は力じゃない、速さだ」という台詞があり、その速さに関してはあずみがピカイチという設定である以上、肝心なのは彼女の剣さばきや体の動きを、流れるように素早く滑らかに見せることだ。ここが演出の見せどころ。様々な絵作りやカメラワーク、編集、VFXなどを駆使して、いかにもそれらしく見せている。殺陣はあくまでも素材とみなし、映画テクニックによってそれを見事なアクションに再構成するDJ的とも言える手法。今までにもそういう作品は存在したが、ここまでうまくいった例は他に知らない。斬り合いそのものよりも、その前後の「決め」をきっちりと、しかしスピーディーに見せていくことで、斬ったという感覚を与える手法は秀逸だ。


ただこの作品は非常に優れたエンタテインメントとして機能しているが、決して明るく楽しい作品ではない。ストーリーも描写も、暗く重くシリアスで血生臭い。それを緩和するユーモアもあるし、青春映画としての瑞々しさもある。アクション映画としての興奮もカタルシスもある。だが作品全体を覆う宿命的な暗さからは逃れようもない。
観客は十代の子供たちが多かったので、始まる前はかなりうるさく、予告編の最中も、話をするわポップコーンをガサガサ食うわ携帯の音は鳴るわで一体どうなることかと思ったが、あの最初の斬り合いが始まる辺りからすっかり静まりかえり、何やら気圧されたような雰囲気のまま最後まで大人しく見ていたのは痛快ですらあった。
しかし「エンタテインメントなのに暗い」のではなく、こんな暗く重苦しい物語を、その本質を損なうことなくエンタテインメントに仕立て上げた点こそが素晴らしいのだ。そしてこの映画が傑作となった大きな理由は、そのような暗さ、重さ、厳しさから、瑞々しさ、ユーモア、カタルシス、優しさ、悲しみ、切なさ、恐怖、爽快感まで、ありとあらゆる感情を、一つのストーリーの中に無理なく含み込んでいる、その豊かさにこそあるのだ。


俳優に関しては、まず上戸彩が文句なしにいい。これは彼女がいて初めて成立する映画だ。仲間とじゃれ合うところなど、素のままではないかと思える無邪気な笑顔を見せてくれるが、そこから一転して斬り合いシーンで見せてくれる暗く冷たく不機嫌そうな表情が何よりも素晴らしい。例えばこの役を同年代の演技派、鈴木杏が演じれば、ドラマ部分でのあずみの内面的な葛藤はもっと繊細に伝わってきたことだろう。だが斬り合いシーンにおける虚無感と凛々しさは、これほど出せなかったに違いない。この物語、この演出において、あずみを演じられるのは上戸彩だけだ。
助演陣では、何と言ってもオダギリ・ジョーと遠藤憲一の怪演が光る。『柳生一族の陰謀』の成田三樹夫を思わせるオダギリも凄いが、短い出番しかない遠藤憲一の芝居がおかしすぎ。これは相当笑える。
原田芳雄、竹中直人といったベテランもいいし、北村一輝もしぶい。岡本綾も可愛い。あずみの仲間の若い俳優たちもまずまず。あとは飛猿役の松本実というほとんど無名の役者が非常にいい味を出している。もっとも見ている間はずっと真木蔵人だと思っていたのだが(笑)。


そのように、いくらでも誉め讃えたい作品なのだが、最後に2点だけ不満を述べておこう。

まず最初の方の映像はなぜあんなに暗いのだろう。暗い上にコントラストが低い。映写機かプリントに不備があるのではないかと疑ったほどだ。中盤から次第に普通に近い映像になったので、何らかの演出意図はあったのだろうが、残念ながらその意図は理解出来なかった。
後半もそれほど鮮明な映像ではなく、やはり少しくすんだような色調ではあったが、そちらは絵作りとして理解出来る。しかし前半のローキー&ローコントラストな画面はただ単に見にくいだけだ。ひょっとするとデジタル合成を使った部分でそれを目立たせないため、ある程度画面を暗くする必要があり(明らかにそういうシーンがあった)、そのシーンだけが浮いてしまう事を避けるため、全体にローキー&ローコントラストにした。ただしそれは主に前半なので、後半は少しずつ鮮明な画像にした…そんなことなのだろうか?


       (以下の部分のみ、若干のネタバレ)


そしてもう一つ。これはかなり作品の本質に関わる問題なのだが…

まずあずみを初めとする刺客たちの使命は、関ヶ原で豊臣勢が破れ、ようやく平和が訪れようとしているのに、それに反抗して再び戦を起こそうとする武将たち(反徳川勢)を斬る事となっている。
しかし今この時代にこの設定を聞いて「最近のアメリカみたい」と思わぬ観客はいないだろうし、ある意味弱い者いじめとすら映る設定に多かれ少なかれ居心地の悪さを感じるはずだ。だからこの設定を知った時から、「あずみが最後にそのような権力争いの構図を否定するかどうか」が大きな関心事になってくる。もし否定すればよし(どう否定し、どう話を落とすかが作品の見せ所)、否定しなかったら相当後味の悪いことになり、作品そのものを否定せざるをえないことになるだろう…そう思って見ていたのだが、「あずみは自らの使命を最後に肯定してしまったが、それにも関わらず、作品自体を否定する事はできない」という予想外の結果に落ち着いた。

その点について多少弁護をすると、まずこの物語の中で、あずみは必ずしも上記のような思想そのものを肯定したわけではない。彼女は一人の人間が時代の中でなしうる限界を悟ったのだ。それは別の言葉で言えば、人間が背負ってしまった「宿命」と言ってもいい。彼女は自分が最初に斬った武将がどうしても悪人には見えなかった事に悩み、一度は剣を捨てようとさえする。だがそのような不戦行為によっても悲劇が無くならないと知った時、あずみはもう一度自分の宿命を引き受けてみようと決心する。彼女に課された宿命そのものが善なのか悪なのか、今の時点ではわからない。ただ自らの運命を引き受ける事で、その結論も見えてくるかもしれない…あずみはそう考えたのではないか。
だから彼女の表情は人を斬れば斬るほど沈痛なものとなっていく。そこには自らの正義を信じ、勝利を謳歌するというような脳天気さは見られない。彼女は自らが使命を果たす事で、仮に世の中が平和になったとしても、それによって自分の罪が消えるわけではない事を知っている。彼女の歩む道は修羅の道なのだ。
つまり『あずみ』という映画は、最初に「使命」という形で提示されたものが必ずしも「正義」とイコールではない事を示しつつ、結果的にはそれに従う以外ない人間の生き様を描いた作品だと言える。だから戯画化された殺人鬼である美女丸や佐敷三兄弟を除けば、主な登場人物は皆、善悪では計りきれない存在となっている。多くの優れたアクションドラマがそうであるように、この映画も「善と悪」の戦いではなく、「生命力と生命力」あるいは「意志と意志」そして「技術と技術」のぶつかり合いを描いた作品なのだ。

とは言うものの、やはり最初に提示された設定が、今のご時世とバッドタイミングなシンクロをしてしまっていることに変わりはない。この点に引っかかる人はいるだろうし、中にはこの映画を政治的見地から非難する人も出るかもしれない(松田政男とかやりそうだな)。上記のような弁護は出来るものの、この点についてはフィクションと現実の折り合いという観点から、少しずつ考えてみたいと思っている。


しかし新感覚の娯楽時代劇として、この『あずみ』は本当に見事な出来映えだ。北村龍平が今後もこのレベルの作品を撮り続けられるかどうか定かではないし、上戸彩がこれ以上輝いて見える瞬間もあるかどうかもわからない。だがこの『あずみ』という一本のフィルムは、幾つもの優れた才能が結集し、化学反応を起こした瞬間のエネルギーをしっかりと封じこめている。今は、この思いがけぬ傑作との出会いを素直に喜びたい。


【注】(2005年4月)
その後北村龍平は、噴飯ものの駄作『ゴジラ FINAL WARS』によって馬脚を現す。一方金子修介が監督した続編『あずみ Death or Love』(2005年)が、これまた第1作とは似ても似つかぬひどい駄作となった。やはりこの『あずみ』は、一種のまぐれだったのだろうか…


(2003年5月初出)

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