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05/01/2005

【映画】西暦2003年はキェシロフスキの年となる

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【注】ここで言う「書きこみ」とは、Niftyのフォーラムにおける発言のことです。


最近すっかり書きこみの習慣がなくなってしまった…

とにかく仕事が忙しい(結局冬休み中仕事をしなかったのは元日のみ)。
その上体調が悪い(多分胃潰瘍。しかし12月27日に診察に行って、胃カメラの検査をしてもらえるのが一月後の1月27日とはいかがなものか)。
そして書きこみのモティベーションを刺激するようなエキサイティングな映画に出会わない(そこそこ面白いものはあるんだけどね)。
いや、そもそも映画自体あまり見ていない。むしろ音楽(周期的に訪れるバッハのマイブームがかつてないほど激しい)や読書の方に時間を費やしている。と言うか、仕事の合間を縫って楽しむものとなる、と必然的にその二つにならざるを得ないと言うべきか。

それと今、自分の書く文章というものに、非常な不信感を覚えている。正確に言えば自分の文章だけではなく、世に氾濫する様々な表現に対してだ。とにかく読むもの見るもの聴くものの多くに「濁り」が感じられて仕方ないのだ。
「濁り」とは、ある時は物理的な「無駄」「饒舌」「拙さ」であったりする。それらをクリアしていても、精神的な「濁り」に我慢ならないものも多い。すなわち表現の中にチラチラとかいま見えるある種の「奢り」「自己陶酔」「自己顕示」などだ。
これは特に自分の文章に当てはまるもので、それ故自分の書くものに嫌気がさしているのだが、最近他人の文章を読んでも、これがやたらと目に付くようになってしまった。

そうなった理由はいろいろあるだろう。例えば聴いている音楽の80%以上がバッハかマイルス・デイヴィスという生活を続けていれば、音楽に限らず、ほとんどの表現に「濁り」を感じるようになるのは至極当然のことだ。
もちろん全てが研ぎ澄まされ一点の無駄もない表現ばかりでは、鑑賞する方も疲れるわけで、普通ならそういう無駄があってもいいと思う。だが最近の忙しさの中で、そういった「無駄を楽しむ」時間的・精神的余裕が無くなっているのだ。多分一番大きいのは、周囲の人間関係でいろいろな変化があったことと体調の悪化から「自分の人生はあとどれだけ残っているのか? 精神的・体力的・経済的な見地から、残りの人生で何が出来るのか?」を考えることが多くなったためだろう。
言うまでもなく、残された時間は決して多くない。切り捨てるべきものは切り捨てていかないと、「一見何もかもあるようでいて結局は何もない」という結果になりかねない。芸術も人生も、土台となる部分ではあらゆる物事を吸収すべきだが、それを最終的に磨き上げる段階では「切り捨てる」という行為が必要になってくる。不要な部分を切り捨てられなかった芸術と同様、不要な物事を切り捨てられない人生は、あまり良いものにはならないだろう。


とは言え、これだけ書かずにいると、もうフォーラム内で自分の名前も忘れられているのではないかという不安にかられてきたので(忘れられたところで大した損はないのだろうが)、たまには何か書いてみようと思う。もう仕事には疲れたし…


こんな気分の中で書きたいものと言えば、やはりあれだ。


クシシュトフ・キェシロフスキ…1996年3月13日に64歳でこの世を去ったポーランド生まれの名匠。彼の映画を愛する者にとって、2003年はキェシロフスキ復活の年として記憶されることになるだろう。


まず今年陽春(多分2月頃?)「キェシロフスキ・コレクション〜ゆらめく愛の輪郭/ワルシャワからパリへ〜」という特集上映が、渋谷のル・シネマで行われる(配給はビターズ・エンド)。上映作品は『トリコロール 青の愛』『トリコロール 白の愛』『トリコロール 赤の愛』『偶然』『アマチュア』『愛に関する短いフィルム』『殺人に関する短いフィルム』、そして日本では劇場初公開となる『終わりなし』と『傷跡』の9本だ。全作品35ミリニュープリント&新訳字幕。

個人的には、公開済みの作品中唯一見逃していた『アマチュア』が見られるのが何よりもありがたい。大名作『ふたりのベロニカ』が入っていないのは不思議であり、非常に残念なことだが、今でもごくたまに名画座でかかったりすることがあるから、おそらくこの作品だけ前の配給権がまだ生きているのだろう。この企画と連動して、多分どこかで上映されるのではないだろうか。この作品は比較的ポピュラリティがあるだけに、リバイバルもさることながらハイクオリティでのDVD化を期待したい。代表作の『デカローグ』(全10話)は何しろ全部で10時間もあるし、最近日本最終上映と銘打って上映されたばかりだし、すでにDVDも出ているので、今回の特集に入らないのは仕方あるまい。

未公開2作品に関して言えば『傷跡』はキェシロフスキ自身が「ひどい出来」と断言しているので(『キェシロフスキの世界』より)、あまり期待しない方が無難だろう。『終わりなし』もかなり政治的な内容を扱った作品らしいので要注意だ(『ある党員の履歴書』というドキュメンタリーは、僕の手には余る内容だった。映像は今でもよく覚えているが)。


そしてこの特集上映に加え、キェシロフスキの遺稿(脚本)を『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァ監督/ケイト・ブランシェット主演で映画化した作品『ヘヴン』も、ほぼ同じ時期に公開される。ダンテの『神曲』をモチーフにした3部作として計画されたが、彼の死によって最初の「天国」だけが残されたという次第だ。キェシロフスキとずっとコンビを組んできたクシシュトフ・ピエシェヴィッチとの共同脚本であり、製作にはキェシロフスキの信奉者だというアンソニー・ミンゲラの名も見える。大傑作かどうかはともかく、決してファンを失望させるような作品にはなっていないことだろう。


冷え冷えとした、時には幻想的な映像の中に、人間の死と孤独、愛と喜び、運命と選択を描き続けたキェシロフスキ。誰よりも深く絶望し、誰よりも深く人を慈しんだ彼の映画が、再び日本で公開される。ましてやその幻の遺稿までが映画化され、新作として公開される…すでにこの世を去ってしまった映画作家を愛する人々にとって、それは夢のような出来事だ。

そしてこれを機会に、まだキェシロフスキ映画に接していない人々にも彼の魅力が伝わってくれたなら、ファンとしてそれ以上の喜びはない。


どれを見たら良いのかわからない? この9本の中でなら、悩むまでもない。『愛に関する短いフィルム』だ。
一番有名なトリコロール三部作は、少なくとも最初に見る作品としてはお薦めできかねる。『偶然』も素晴らしい作品だが、キェシロフスキらしさという点では、後の作品より落ちる。何はともあれ『愛に関する短いフィルム』、それが気に入ったら『殺人に関する短いフィルム』に進むと良いだろう。この2作は『デカローグ』の内の2エピソードのロングヴァージョンだが、やはりこちらの方が感動は深い。

『愛に関する短いフィルム』はデカローグ版とラストがまったく違ったものになっている。この違いをどう評価するかは難しい問題であり、「キェシロフスキの本音はデカローグ版の方にある」という意見にも確かに傾聴に値するものがある。
だが僕はこのロングヴァージョンのラストを心の底から愛する。それは「映画の奇跡」という言葉が当てはまる数少ない瞬間の一つであり、『ふたりのベロニカ』の数場面と並ぶキェシロフスキ映画の最高の瞬間だ。

さらに言えば、僕はこの『愛に関する短いフィルム』のラストシーンこそ、映画史上最高のラストシーンであると信じている。

『街の灯』のラストも素晴らしい。『ノスタルジア』や『ストーカー』などタルコフスキー映画のラストも驚異的だ。『第三の男』や『太陽がいっぱい』といった定番も捨てがたい。あまり知られていない作品では『離愁』のラストも、筆舌に尽くしがたい感動を与えてくれる。
だが、人間に対する厳しくも深い愛情、映画ならではのイマジネーション、そして喜びと悲しみの巨大な振幅を兼ね備えたこの映画のラストに及ぶものはない。

最近読んだ『シネマ頭脳』という本(なかなか面白いのだが、愕然とするほど誤植が多く、日本語としてまったく意味をなしていない部分さえある。フィルムアート社には校正係というものがいないのだろうか?)の中にこんな一節があった。
「映画会社は純粋に恋愛だけを描くことも嫌い、そこにミステリーやサスペンスやアクションやコメディなどの要素をつけたそうとする」。
まさにその通り。最初に書いた話ではないが、特にハリウッドの映画には商売上の理由から必ず不純な要素が紛れ込んでいる。見ている方もそれを了解しているから、頭の中で自然にそれらの要素をふるい分けしているのだが、いずれにせよ水で割った酒の中から酒本来の味を求めるような作業になることは否めない。

だが『愛に関する短いフィルム』に、そのような作業は不要だ。

そこに存在するのは、混じり気無しの純粋な「愛の映画」だからだ。


ファンは放っておいても劇場に駆けつけることだろう。だが今までキェシロフスキ映画を見たことのない人々にこそ、この素晴らしい映画作家を再発見して欲しい。必ずしも取っつきやすい作品ばかりではないし、エンタテインメント的な要素も薄い。だが彼の作品に溢れる鋭い人間洞察や、孤独な人々に注がれた深い愛情は、世界映画史上唯一無二のものだ。

もしそれに共感できたら、キェシロフスキという作家は、あなたにとって決して忘れられぬ存在となるだろう。

「映画芸術の粋を極めた名匠」としてよりも、おそらくは「魂の友」として。


(2003年1月初出)

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Comments

mixiから飛んできました。
バレッタさんと死闘を演じた?ぼのぼのさんですよね(笑)。お疲れ様でしたあ。
『ふたりのベロニカ』はたまらなかったです。
うーん、それにしても凄い解説。ためになります。

Posted by: manami | 05/13/2005 08:28

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