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04/23/2005

【本】『したたるものにつけられて』小林恭二

小林恭二の書評第6弾。


『したたるものにつけられて』(角川ホラー文庫)


小林恭二の自選恐怖小説集が角川ホラー文庫から出た。あくまでも「小林恭二流の恐怖小説」であり、唯一「葺屋町綺談」を除いて、まったくと言っていいほど怖くない。だがいわゆるホラーとは違う次元で、非常に面白いアンソロジーになっている。


「悲歌」は現代の東京人のライフスタイルを皮肉ったような内容。どことなく映画『世にも奇妙な物語』の「悪魔の首狩り」(フェリーニ監督篇)を想起させる。しかしこの作品、ほとんどリアリズムでありながら、途中で唐突に非現実的な描写が出てきて、そこが妙に浮いている。これはむしろ無しにした方が、一つの作品としてまとまりがよかったのではないだろうか。最後の写真のエピソードで、十分にメッセージは伝わっていると思うのだが。

「走る女」は、万引きを行って誰かに追われないと性的興奮を得られぬ女と、その女に魅入られた男の物語。小松左京の短篇にありそうな話だが、どこまでが現実だったのかわからなくなるラストと相まって、自分という存在の不安定さを感じさせてくれる。

表題作「したたるものにつけられて」はもっとも奇妙かつエロティックな作品。「わたし」とカメラを片時も放さぬ女のフェティッシュな生活を描いたもの。題材的にもテーマ的にも、先の2作と共通した部分があり、発表された場所こそ違うものの、この3作を一つのトリロジーと考えると、さらに興味深い。

「星空」は、惑星の衝突か何かで(明確には示されない)間もなく世界が終わるという状況下での、人々の姿を描いたもの。星新一がよく描いていたような話で新鮮味はないが、それでも面白く読ませる。特に最後の時を一緒に迎えるはずだった恋人を殺された男が「(恋人を殺した)あの女を生かしておいたら良かったと後悔した。(中略)あと何時間かひとりでいるのは耐えられそうになかった。雅人はアーミーナイフを手に、最期の時を自分と一緒に迎えてくれる女はいないか探し始めた」という部分は秀逸。この青年にとって大切なのは、死んでしまった恋人への思いではない。死に至る孤独を紛らわせてくれる相手なら、とにかく誰でもいいのだ。解説に書かれているとおり、この短編集を貫くキーワードは「自己愛」だが、それがもっともわりやすく出た一篇だ。

「流れる」は時代物だが、この短編集は時代物の方が確実に面白い。これも屈指の一編。舞台はある川沿いの村。その川にある日少女の死体が流れてきたことをきっかけに始まる悪夢のような年月を描く。グロテスクなユーモアが秀逸で、いかようにもシンボリックな意味を読みとれる。落語のようでもあり、残酷な民話のようでもある秀作。

「田之介の恋」は、次の「葺屋町綺談」と同じく歌舞伎役者が主人公。どうやら本当に実在したらしい澤村田之介という役者を主人公に、中国の怪奇談にありそうな幻想的な恋の顛末を描く。「手に入らない」となると急にそれが欲しくなる男の心模様がよく描けており、傲慢極まりない主人公に素直に感情移入できてしまう。

「葺屋町綺談」は自らの肉体を損なうことで何度も人気の絶頂に達した歌舞伎役者の姿を描く。前作の田之介同様、この自己愛の激しさには圧倒されるが、それにも増して恐ろしいのは、美が損なわれることに無上の快楽を見いだす観客たちの方だろう。この両者の姿には人間の底知れぬ欲望がシンボリックに描かれており、この短編集随一の傑作となっている。

「東昏候まで」はちょっと変わった作品で、中国の王朝における虐殺史をコンパクトにまとめつつ、最終的に史上屈指の暗君として知られる東昏候(不勉強なので私はこの人を知らない)が誕生するまでを描く。企画意図は面白いが、ちょっとこれを短篇で描くのは無理があったような気がする。もう少し長い小説として読んでみたい。

「ゴブリン」は「世界をぱんと弾けさせたい」という欲望を抱きながら生きてきた男の前に、ゴブリンが現れ「望みを叶えてやるが、それにはまず破壊すべき世界がなくてはならない。お前がぱんとやりたい世界とは一体何のことだ」と問いかける。男はその問いになかなか答えられない。この男とゴブリンのやり取りを通して、もはや「世界」を作れなくなった現代人の空虚な姿を描く。これは最初の「悲歌」にも一脈通じる内容で、短編集として一つの円環構造が閉じられたことになる。


全体に、話のアイディアそのものはあまり斬新とは言えないが、語り口の上手さはさすがで、まったく飽きさせない。普通のホラーを求めて買った人は怒るかもしれないが、各作品のクオリティも、短編集としての構成も、非常に優れた作品集。小林恭二の入門編としてはちょうどよい内容ではないだろうか。


(2001年9月初出)

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